034.理解不能な人々

「そんな顔してないで座ったら?」


そんな顔させてるのは、ゼファス様ですけど?

内心ツッコミを入れながら、ゼファス様の正面に座る。


「お忙しいでしょうに、どうなさったのですか?」


突然ゼファス様が至星宮にやって来た。先触れは来たけど、いついつ行くからねー、みたいな事前連絡全くなし。

いや、ゼファス様はいつもそうなんだけどね。それがゼファススタイルなのか、皇族とはそう言うものなのかは不明だ。


「ミチルに会いに来たんじゃないよ。イルレアナ様に会いに来たの」


カッチーーン。

あー、そうですかそうですか!


私の横に座っている祖母が、ふふふ、と微笑む。


曽祖母とゼファス様の祖母は姉妹だ。血統が近い。

その祖母に会いに来た、って言うのは筋が通ってるけどさ、ユー! そんな殊勝な人じゃないでしょ!


「左様でございますか」


いらっしゃると聞いて、お菓子を作ったって言うのに、そんな事言うんだったらあげませんよーだ。

お菓子を片付けようとすると、ゼファス様が止める。


「ちょっと、それを何処に持って行く気?」


慌てている。

ゼファス様の好きなお菓子だからね。しかも皇都にはないお菓子。


「会いに来て下さると言うので作りましたけれど、不要なようですし、後で皆に振る舞います」


「それなら振る舞う相手は私でも良いんじゃないの?」


お菓子の入ったお皿を抱えながら、顔を背ける。


「養子縁組が解消された途端、そのようにそっけなくなられたゼファス様なんて、知りませんわ」


失礼します、と言って立ち上がろうとした所、祖母が止めた。


「レイ、そんな事を言って聖下を困らせてはいけないわ」


「お祖母様、ゼファス様がいつも私に意地悪をおっしゃるのですよ?」


そこの所誤解しないでいただきたい。

私としては養子縁組が解消されようと、ゼファス様とはこれまで通り付き合っていきたいのだ。せっかく一度はご縁があって親子になった訳なんだし。


祖母はうふふ、と笑うと、貴女もまだ子供ね、と言われてしまった。

いやいやいや! 天邪鬼なのはゼファス様ですから!


「それに、聖下、とちゃんとお呼びしなくては駄目よ?」


「いや」


祖母の言葉をゼファス様が否定する。


「ミチルに聖下なんて呼ばれたら、痒くなる」


いよいよおかしくなったらしく、ほほほほほほ、と祖母は笑い出した。


「レイ、意地悪しないでお菓子の皿を置いてちょうだい。私もいただきたいわ」


そう言われてしまったら抵抗出来ない。


「はい、お祖母様」


「ちょっとミチル、随分イルレアナ様には従順じゃない? 私の言う事は聞かないのに」


「お祖母様はゼファス様みたいな意地悪をおっしゃらないですもの」


お皿をテーブルに戻すと、祖母は私が作ったお菓子を口に入れた。笑顔で美味しいわ、と褒めてくれるので、嬉しくなる。その点、ゼファス様は黙々と食べて、何も言ってくれない。

食べてると言う事は、気に入ってるって事なんだけどね。本当にゼファス様ってば素直じゃない。いいけど。


「ところで、聖下」


流れるような所作で紅茶を飲む二人。うーむ、さすが皇族といった感じです。

なんちゃって皇族な私とは品格が違うわー。


「なんでしょう、イルレアナ様」


「レイから、かつての祈りを復古させようとしてると聞きました」


その通りです、とゼファス様。


「と言う事は、他の公家は名を継いだのですね?」


アウローラが知っていると言う事は、知識の共有をしている、本家であるラルナダルト家出身の祖母が知らない筈はない。


「そうです。全ての家が名を継ぎました」


「アレクシア陛下はまだ退位はされてらっしゃらないのですね?」


「次の皇位継承者が決まりませんから」


そうなのですね、と祖母は答える。


「では、皆様、錬成術を会得なさったと考えてよろしい?」


ラルナダルト家は錬成術の代わりに歌うけど、他の家は錬成術を行い、魔素を魔力に変換して捧げる。


「……ようやく三人、会得したと聞いています」


ほほほ、と笑うと祖母が言う。


「なんと心細い事。ラルナダルト家の後継者である私の可愛いレイは、心身を危険に晒されていると言うのに」


?!

お祖母様ってこんな性格だったっけ?!


「……おっしゃる事はごもっともです」


珍しく神妙な顔をするゼファス様。


「絶対に、全員に錬成術を覚えさせます。ご安心下さい」


「頼みましたよ。公家としての本来の役割も忘れ、為すべき事を成せないのなら、公家と名乗るのをお辞めになったらよろしいわ」


「返す言葉もございません」


……怖いヨー。


祖母はこちらに向き直ると、私の手に自分の手を重ねて優しく微笑んだ。


「良かったわね、レイ。聖下がお約束して下さったわ。これで何があっても大丈夫ですよ」


約束させた、の間違いじゃないですか、オバーサマ……。


不意に祖母は思い出したようで、手を小さく叩いた。


「私、ソルレと約束をしていたのを忘れていたわ」


ゼファス様に「申し訳ありませんわ、聖下」と謝って部屋を出て行ってしまった。

聖下と祖父を同列に扱う程耄碌はしてないだろうから、あれは適当な約束を作って出て行ったんだろうなぁ……。


「ミチルの祖母とは思えぬお方だな」


「どう言う意味ですか、ゼファス様」


「言葉通りだ。あの方は骨の髄まで皇族だ。人をどう扱えば良いのかを心得てらっしゃる」


あー、それは確かにそうかもね?

魔王様オトーサマと話してる時も、魔王様オトーサマと上手く渡り合ってるなーって思うもんね。


セラが新しい紅茶を私とゼファス様の前に出す。


「私には優しい祖母なのですけれど」


言いながらお菓子を口に入れる。

おっ、サクサクに出来てるじゃないですかー。美味しいー。この完成度は自画自賛しても許されるレベル!


「ミチルは無自覚に人の心に入り込むよね」


ゼファス様にも言われた。


「たまにそのような事を言われるのですが、私、そんな器用な事は出来ませんよ?」


そんな特殊技能があったなら、前世だって違う人生を送ってただろうし、今生だって嫌がらせなんて受けなかったのではー?

単純に、私が貴族らしくない、って事なんじゃないカナ。

物珍しい的な。


「そのままで良いんじゃないの? ミチルがイルレアナ様のような皇族になるのは世界が逆転してもありえないだろうし」


「さすがにそれは酷くありませんか? お父様」


お父様呼びしたら、ゼファス様がきょとんとした顔をした。


「公式的には親子ではありませんけれど、これからも親子だと私は思っております」


「あっ、そう。じゃあ、これからもこき使ってあげるよ」


そう言ってゼファス様は、お菓子を何個もいっぺんに口に放り込んだ。


「もう! せっかくお父様の為に作ったのですから、もっと味わって召し上がって下さいませ!」


「私の為なら、どう食べても良いって事でしょ」


「屁理屈!」


「五月蝿い、馬鹿娘」


そう言って、泣きそうに笑うゼファス様に、私は笑顔を返した。




ミチルと違って忙しい、と余計なひと言を放って、私が作ったお菓子を持ってゼファス様は皇都に帰って行った。

さっき良い雰囲気になったじゃん! と心の中で私は叫ぶ。

まったく、あの天邪鬼め。


「ミチルちゃんに会いたかったのねぇ、聖下」


しみじみとセラが言う。

メインは別にあって、私の事はついでだろうけど、会いたいと思ってもらえているなら、嬉しい。


「養子縁組の解消も書類上で行われてしまって、お会い出来ないままでしたから、今日はお会い出来て良かったですわ」


安全面を考慮されて、私は至星宮から出してもらえない。

私のようなひきこもり人間じゃなかったら、嫌になると思うんだよねー。

家、大好き!な私は、宮の中で好きなように生活しております。


「公家の方達、錬成術の習得に手こずってらっしゃるのね」


錬成術を習得しないと祈りは捧げられないと言う。となれば錬成術は必須だ。

そもそも、錬成術が出来る人間が少なくて、出来た人間の中でも優秀だった人達を選んだのが公家の始まりだったのを考えれば、会得はかなり難しいのだと言う事が分かる。

そんな中、歌えば錬成術と同等とか、そこだけチートですんません。ズルしてすんません、って感じです。


「ミチルちゃんのお祖母様ってヤリ手よね」


それはゼファス様とのやりとりの事だろうか?

とっとと錬成術覚えて来い!(意訳)と言ってたもんね。


「私は祖母の優しい面しか知らなかったので、少し驚いておりますわ」


祖母が猛者だった件。


「愛されてるわねぇ」


「そうですね?」


大切にはされてるな、うん。それは分かってます、はい。


「次々とオーリーの侵入者は捕獲されてるわよー☆」


「そうなのですか?」


取っ捕まえて情報引き出すとか何とか言ってた。


「意外な事を言ってるみたいだけど」


意外?

なんだろ?


ほうじ茶ゼリーをセラが出してくれたので、練乳をかける。さっき甘いのを食べたから、気持ち控えめに。


「どうも、イリダの王族がイリダの国家転覆を狙ってるらしくて、それをこっちに持ち掛けて来たみたいなのよね」


ほわっつ?!

自分の国を転覆?!

いや、聞いてる感じだとイリダはかなり頭おかしいなって思うけど。王族でないイリダの民が、この国はおかしい! だから変えてやる! 王家なんてぶっつぶせー! おー! ……っていう展開ならね、納得するんだけど。


「その王族は自分が王になって国を変えよう、と言う気持ちは無いと言う事ですか?」


王族だけど王位を継げそうにないからって事?


「どうもそんな簡単な話では無いみたい」


王になれば済む、という簡単な話ではないと言う事は、然程王に権力がないか、それ以外にもしがらみがある、と言う事だろうか。

古くからある国なんかではよく見られるものだよね。

王の暴走を止める為に作った組織が、月日が経つにつれて形骸化して、権力を欲してとか、変化を好まない集団とか、色々あってもおかしくない。


セラが教えてくれた、王の立場、王族と上級国民、オーリーの上級貴族の腐敗っぷりは酷く、聞いてるだけでお腹いっぱいになった。


「そんな国にあって、そのオメテオトルと言う方は、随分良心的なのですね?」


「ルシアン様の見立てでは善良とは言い難いけど、大局で見れば善人に分類されちゃうのかも知れないわね」


何十年、何百年後の人は、そのオメテオトルと言う人の判断を英断とするのかな。


「オメテオトルと言う方は、その彼の事を愛してるのですね。国を滅ぼすのもその方の為なんでしょう?」


「愛なのかどうかは分からないけど、彼の為、と言ってるらしいわよ」


彼氏さんはどんな人なんだろう?

彼氏さんの為に国を滅ぼしたいんだって。彼氏さんはイリダの人じゃないとか? それとも下級国民? いや、でもそれなら別に国を滅ぼす必要ないよね?


「なんでしょう……全然分かりません」


「オメテオトルの事?」


頷く。


「不思議じゃありませんか? 国を滅ぼすのは彼の為なんですよね? それが本当だとするなら、彼が何者なのかは大事だと思うのです。

仮定の話ですが、彼がオーリーの民だとした場合、彼を救う為にイリダを滅ぼす、これはあり得ませんよね。イリダとオーリーが分かれたら、関係は元々最悪なんですから、良い結果になるとは思えません」


そうね、とセラは頷く。


「彼がイリダの下級国民だった場合、彼を召し上げるだけで解決しますよね。イリダという国が崩壊したら王族としての立場を失い、これまでの圧政のツケが回って来ますもの、国を滅ぼす必要が無い」


うんうん、と頷くセラ。


「そう考えると彼はイリダの王族だと思うのです。それも、王になってもおかしくない程の立ち位置の」


「それはどうしてそう思ったの? 上級国民ではない理由は?」


「上級国民だったとしたとしても、同じですわ。召し上げれば良いだけ。国が滅べば双方ともにこれまでの全てを失います。継承位が低い王族であった場合も同じです。

むしろ王位を狙った方が良いでしょう。二人の王族が手を組んだ方が可能性が広がります。

でも、それでは解決しないと言う事は、そもそもその必要が無い程高位だと思いました」


なるほどね、と、納得した様子でゼリーを口に入れる。練乳かけ過ぎじゃない?


「ミチルちゃんの考察は、ルシアン様とは違うから面白いわ」


面白い?

えっと、それは褒められてると思って良いの?

ルシアンの考えはもっと論理的なんだろうなー、きっと。


「王位を狙える高位の王族が二人揃って、自分の国を滅ぼす。民族そのものを滅ぼす事が目的では無く、自分達が王になる気も無い、となると本当に世直しをしようとしてるようにも見えますが……イリダですから、そんな単純な話では済まないだろうとも思ってしまいます」


「そうなのよ。何を目的としているかが全く見えて来ないの。単なる破滅思想の持ち主ではなさそうだし。

ルシアン様はオメテオトルとその彼の思想は気にしていないようだけど」


さすがルシアン、ブレませんね。

実際、相手がどんな思想の持ち主だとしても、やろうとしてる事が確定しているならそれ目掛けて行動するのは間違いでは無いだろうし。


「オメテオトルはイリダに対して何とも思っておらず、彼がイリダ王室を良く思っていないのでしょうね」


「それが有力よね」


その点だけ見ると、その彼と言う人も良い人そうに見えてしまうんだよねぇ。

咽喉に魚の骨がつっかえてるみたいな、何だかスッキリしない。

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