目の前の手を取るか取らないか<ロイエ視点>
目の前に組み敷かれている男を、ルシアン様は無表情に見下ろしてらっしゃる。貴族は表情に感情をのせないように訓練されるものだが、どうしても瞳までは隠せない。もしくはそれを利用して目で牽制する、などもある。
その点、アルト家の男は瞳にすら見せない。
用意しておいた椅子に腰掛けると、じっと男を見つめる。男もまた、ルシアン様を睨んでいる。魔素の為に男の目は赤い。
男は燕国の手引きで大陸に入り込んだイリダの間者だ。
帝国に侵入した間者は、わざと泳がされている。魔石の為に人を襲うのか、別の目的があるのかを見極める為だ。マグダレナの民を襲おうとした所を影達に捕縛される事が多い。
「ようこそ、マグダレナの大陸へ」
そう言って微笑むルシアン様に、男の身体が強張るのが分かる。自分が始末される事を覚悟したのだろう。
「目、耳、鼻、口、皮膚、ありとあらゆる器官が毒を体内に取り込む。毒は身体の中に入り込み、内側から腐らせる。そなたの目の赤みは毒に対する拒否反応だ。
女神マグダレナの加護を受けないそなた達にとって、この大陸はいる事すら辛いだろう。毒の濃度はかつてない程に上がっているから」
男は何も答えない。
「創造神より力と誇り高き心を授けられたオーリーの民が、招かれもしない場所に入り込み、その大陸に住む罪もない民を殺して魔石を奪う。
我等が認識する誇りと、オーリーの誇りは異なるようだ」
男はぐっ、と奥歯を噛み締めようとするが、自決出来ないように猿轡を噛ませている為、それは不可能だ。
所持品は全て回収し、口の中の自決用の毒も取り出した。
「イリダの犬」
男の目に怒りが滲む。
オーリーへの侮辱の一つとして使われる言葉だ。
「イリダの為に毒に侵される事も厭わずにマグダレナ大陸に侵入し、イリダの快適な住環境を守る為に、罪なき者を屠り、魔石を奪って主人に献上する。忠犬ぶりには頭が下がる」
ハハ、と笑うと、ルシアン様は目の前で魔石を立て続けに数個作って見せた。男の目が揺れる。
目の前で欲しくて堪らない魔石が、いとも簡単に作られていく。
「その忠犬ぶりへのご褒美として、魔石をあげようか」
欲しい? と楽しそうに尋ねるルシアン様を、男は悔しそうに見上げる。
ふっ、とルシアン様の顔から感情が消える。
「この程度の挑発すら流せないのか?
さすがに消耗品も尽きて粗悪品を送って寄越したのか。それとも我等が侮られているのか」
ルシアン様が目配せすると、男を組み伏せていたアビスが猿轡を外し、魔石を口の中に放り込ませた。
男は抵抗しようとするが、口を押さえ、身体を拘束されている為、そのまま飲み込まされる。
体内の変化に気付いたのか、男は驚きを隠せない顔でルシアン様を見る。
手っ取り早く魔素に侵された毒を解毒するなら、魔石を口にする事だ。魔力を含む食物を口にすれば和らぐと言う事は、魔力の結晶である魔石を口にすれば良い。
これまで魔石は食用では無いと誰もが思っていた。思い込みと言うものだ。
「そなたは影に向かない。それが何故ここにいる?」
男は答えない。
「アスラン王はそなた達を道具として送っているのか?」
「違う! アイツはそんな奴じゃない!」
思わず答えてしまったのだろう。男は慌てて口を閉じたが、もう遅い。
「侵入者の水準が下がっているのか、アスラン王が慕われているのか。
私が伝え聞くオーリーの王は、贅沢を極める為に己が民が苦しむ事になんら良心の呵責を覚えない、と言うものだが、今の反応からして、噂は噂に過ぎないようだ」
男の目に怒りはもう無い。ただ、じっとルシアン様を見ている。
「選択肢を用意した」
指を一本立てる。
「イリダの犬として消耗され続ける」
二本目の指を立てる。
「名誉を守り、マグダレナに滅ぼされる」
ルシアン様はにっこり微笑んだ。
「我等と共にイリダを滅ぼす」
男の目は指からルシアン様に移る。ごくりと息を飲んだのが見てとれた。
ルシアン様は立ち上がると、男に言った。
「あぁ、死にたければ死ぬと良い。選べないままでもいずれ結論は出る。その時にどうせそなた達オーリーの民はイリダの捨て駒として死ぬだけだから」
男は床をじっと見つめていた。
何人も捕縛した間者の中から、ルシアン様が選んで会われた男は、名を名乗った。
殺すなと命を受けた為、魔素の侵食が進み過ぎないように様子を見ていた。
三日後、男が口を開いた。
「ドレイクという。第三部隊の長を務めている」
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