害虫<アビス視点>
「ぐはっ!」
目の前で大量の血を吐き出して絶命した男を、父は冷徹に見下ろす。
「何匹だ」
「これで十二匹目かと。入り込んだのは三十と聞いております」
「己が領分を弁えないとは、創造主に似て傲慢な」
絶命している男はマグダレナの民では無い。かと言ってイリダの民でも無い。オーリーの民だ。
だが、この男はただ命じられただけだ。
「宗主様にしては珍しく、随分と強引な手段に出られたと思っておりましたが、この装置の所為ですか」
そうだ、と父は簡潔に答えた。
足元に転がる携帯式の機械の中には、大量の魔石が入っている。乱暴に機械を破壊すると中から魔石を取り出し、腰から下げた皮袋に無造作に入れた。
「大地から搾取するより、マグダレナの民から採取する方が効率的である事に気が付いたのだ、あのゴミ共は」
虫にしてはよく頭が回る、と吐き捨てるように言う。
「今はこうして、マグダレナの民の命を奪い、魔石を入手しているが、この大陸を侵略する為の準備が整えば、民を生きたまま捕獲するだろう」
「奴隷ですか?」
「いや……燕国の多岐家から礼として届いた書状によれば、生かしたまま装置に繋ぎ、ひたすら魔石を輩出する電池にする計画のようだ」
非道さに吐き気がする。
かつてオーリーの民とイリダの民の戦いは、五分と五分の戦いだったそうだ。
力があり、恵まれた肉体を持ち、恐れを知らないオーリーの民は、死ぬ事を恐れずにイリダの民を屠った。
対するイリダの民は、肉体こそ恵まれはしなかったが、頭脳はあった。傲慢な迄の自尊心と探究心もあった。創造主の現し身としてよく出来ていたと言っていい。
長引く戦争に先に疲弊したのはイリダ側だった。
イリダは禁じ手を使った。
己の大陸に大量の毒を散布したのだ。如何に屈強な肉体であっても、内側から壊されればひとたまりも無い。攻め込んで来たオーリーの兵士達は、次々と絶命した。
形勢は面白い程に簡単に逆転したと言う。
イリダが勝ち、オーリーは敗けた。
だが、どちらにも癒しようの無い傷跡が残った。
イリダはオーリーの民を毒で汚れたイリダの大地に移住させ、自分達はオーリーの大地に移り住んだ。
決死の覚悟で遠く離れたマグダレナの民に、オーリーの難民が漂着し、被支配層となった。
他にも逃げた者達がいた。自国のやり方に付いていけなくなったイリダの民とオーリーの民。その子孫がト国であり、燕国であると言う。
「イリダはオーリーの大地で発展していった。オーリーを奴隷として使う事でな。
贅沢を覚えたイリダの王侯貴族達は、資源を有限とは思わずに湯水のように使ったと聞く。当然資源は枯渇する。
目を付けたのは、マグダレナの大地だ。
皇国はオットー家の守りにより侵入が出来ないが、帝国とギウスの守りは紙のようなものだ。易々と侵入されたのだろうな」
宗主様はいつ、その事実に気付いたのだろうか。
それを父に尋ねる。
「宗主はイリダがマグダレナに目を付ける事は分かっていたようだ。
皇帝兄弟に巻き込まれて帝国に来た際に、貨幣を偽造する機械があった。その機械の動力は、大地からだった。
定期的に機械を移送したのは、皇帝から逃げる為だけじゃ無い。動力が足りなくなったから動かしただけだ」
「まさか、その機械はイリダの?」
「愚か者は生きているだけで罪になる」
愚かな大公は何も考えずに、口車に乗せられてその機械を受け入れたのだろう。
大公に与していた貴族、商人は一人残らずクリームヒルトにより殲滅した。
動きを知られる前に先に商人を皆殺しにしたのだ。商人がイリダの息のかかった者であるなら、当然の事だった。
「実験としては十分だったろう。
イリダの目論見が外れたのは、思ったよりも直ぐに大地の魔力が枯渇した事だ。
そしてそれは、宗主の目的を早めなければならないきっかけになった」
「それと、ご主人様を目立たせる事に、何の繋がりがあるのですか?」
「歌うだけで魔力を倍増させられる美しい金糸雀がそこにいたら、どうする?」
背中がゾワゾワと粟立つ。怒りで頭に血が上っていくのが分かる。
「本来は宮殿の奥底に閉じ込めて守るべきお方なのだ、あの方は。
だが、その前に危険を犯しても取り戻さねばならんものがある。命を懸けよ、アビス。あの方を絶対に傷付けられてはならん。あの方がいなければ、この大地は滅ぶ」
何度も目にした奇跡。
ご主人様が歌うと、空気が喜びに震え、力を注がれた大地は歓喜して花を咲かせる。
あの力を、イリダの屑共の遊興を維持する為に消費しようなどと。
「この命にかえましても」
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