002.アドルガッサー王家とラルナダルト家

馬車の揺れが少し大きくなる。

ちらりと窓の外を見て、馬車が傾斜のある道を進んでいる事が分かった。


「代々続いてきた名前……ですか。

ミチル、貴女のお祖母様はどちらのご出身なのですか?

私の知る中に、"レイ"という名を継ぐ一族は、ディンブーラ皇国圏内にはいません」


え。そうなの?

っていうか、ユーの頭凄くない? そんな事まで覚えてんの?!


「それが、よく分からないのです。祖父の話では平民だ、との事でしたが、祖母の振る舞いからしても、貴族として生きて来た事は間違いありません。

魔力の器という意味でも、祖母は平民ではなかったと思います。父も、兄も姉も、魔力を保持していました。私もそうですし。

祖母の、本当の名からしても、貴族であったと思います」


本当の名? と聞き返されたので、私は頷いた。


「以前、アビスに探して欲しいと頼んだのですが、見つかっていないのでしょうね。

私の祖母、イリーナ・アレクサンドリアは本当はイルレアナ・レイと言うのだそうです。家名の部分を聞き取れなかったのが残念ですが、確かに家名を口にしていましたから、貴族なのでしょうね」


聞こえたの、"ト"だけだったからなぁ。

珍しい音ならまだしも。


なるほど、とルシアンは呟いた。


「……突然お祖母様の事を思い出したんですか?」


「ルシアンが皇都にいらっしゃらなかった時に、カーネリアン先生のご病気を何とか出来ないかと模索していた際に、皇宮図書館に入ったのです」


「皇宮図書館。存在は知ってましたが…ミチルは皇族になったから、入れるようになったと言う事ですか?」


頷いた。

あの厳密なんだか緩いんだか分からない基準により、私は皇族認定されてるらしいよ


「そうなのです。皇宮図書館の司書に名乗った所、二人が、あ、司書は二人いるのですけれど、ハルとエルと言うのです。その二人が突然、私の事をレイ様と呼び出して……最初はどなたかと勘違いしてらっしゃるのかと思ったのですが、私の名前はミチルだと認識しているのです。

その上で、私をレイと呼ぶのです。何度も何度も呼ばれた所為なのか、よく分からないのですが、その日の夜にお祖母様の夢を見たのです」


返す返すもよく分からん二人だった。しかもなんかちょっと人間離れしてたし。

本当に、何だったんだあの跳躍力。


「皇宮図書館の存在を何処で知ったのですか?」


「お父様から教えていただきましたの。私が以前皇城の図書室で見つけた魔力の本を覚えてらっしゃいますか? あの本の下巻について魔道研究院の院長に尋ねたら、教会にあるのではないかと言われたのです」


「では、あの本は元々皇宮図書館所蔵の物だったと言う事ですか?」


「はい。えっと、エザスナ・レミ・オットー様と言う方が借りたままになっているようです。お父様のご親類の方でしょうか? 本は皇城の図書室にありましたから、返す場所をお間違えになったのかも知れませんね」


二度程ルシアンは頷いた。


「……ゼファス様は教皇であり、皇族でもありますからね、皇宮図書館の事をご存知でしょうし。

あぁ、でも、少し分かってきました。ありがとう、ミチル」


分かってきた?? 何を??


尋ねようとした私の唇に、ルシアンの人差し指が触れた。


「そろそろ、離宮に着きますよ」


窓の外を覗くと、大きな湖と真っ白い離宮が見えた。




馬車から降りた私は、ルシアンにお姫様抱っこされて離宮に入った。

またこの離宮に来るとは思わなかったなー。


「今日は邪魔者が来ませんから、安心して下さいね」


にっこり微笑むルシアン。

……その邪魔者って、もしかして、アドルガッサーの王太子の事じゃないよね?


サロンに着いた私は、アビスにさっきの事を尋ねてみた。


「アビス、以前お願いした、探して欲しい人の事を、覚えていて?」


アビスの動きが止まった。

……あ、もしかして忘れてたとか?


ティーポットをテーブルの上に置くと、アビスはルシアンの方を見た。ルシアンが頷く。

ん?


「……ご報告が遅くなりまして申し訳ございません。

ご主人様がお探しの方は、同じ名前の方が多く、絞り込めておりません」


まぁ、イリーナ、なんて何処にでもある名前だもんね。


「イルレアナ、という名前はアドルガッサーでよく見られる名です。もし、イルレアナ・レイとおっしゃる方と、イリーナとおっしゃる方が同一人物なのでしたら、アドルガッサーご出身か、ご両親などの近しい方がアドルガッサーご出身なのではないかと」


ほぅほぅ。


「イルレアナ、もしくはイリーナという名前の貴族令嬢を探しました所、現在のアドルガッサーで30人程、少し遡ると20人程、更に遡ると20人ほどおります」


アドルガッサーではメジャーな名前なんだなー。でも、祖母は本当の名前と言っていた。

本当の名前はイルレアナで、カーライルに来てからイリーナと名を偽った?


「何故アドルガッサーに多いのでしょうね」


「アドルガッサーに昔から伝わる話がありますので、その所為ではないかと思われます」


話? と聞き返すと、アビスは頷きながら給仕を再開し、カップに紅茶を注いだ。


「女神マグダレナが特別に愛された姫として有名なのは初代女皇となったアウローラ・フセ・ディンブーラ様です。今でも人気のお名前です。

アドルガッサーではもう一人おりまして、その方がイルレアナ・ディンブーラ様です。アドルガッサー王家の姫で、ディンブーラ皇室にお輿入れなさった方です」


確かに、アウローラという名前の令嬢、クラスに絶対一人はいた。


「この2人の姫から名をいただくと、幸せになるとアドルガッサーでは信じられているのです」


なるほどねー。

験担ぎ的な奴と言うか、子の幸せを願って、と言う奴ですね。イルレアナ姫の場合は玉の輿ですね、きっと。


「調べた結果を紙に記しましたので、お持ちします」と言ってアビスは部屋から出て行った。そして本当に直ぐに戻って来た。


リストに書かれた令嬢達の名前を、指でなぞるようにしながら、一人ひとり見ていく。……って言っても、どう探せば良いのか分からないんだけどね。

名前の横にはざっくりとした年齢が書かれていた。おぉ、これは有り難い。


祖母は60歳を過ぎていると思うので、そのあたりから探していく。

"レイ"と付いている人は一人もいない。

名前の横に×が付けられている人がいる。


「アビス、この方は?」


「その方は、後継者がいないと言う事で、爵位をアドルガッサー王に取り上げられてしまい、取り潰されてしまった家になります」


イルレアナ・ラルナダルト。公爵令嬢。

なくなってしまった家、と祖母は言っていた。


「いくら後継者がいないとは言え、令嬢がいらっしゃったのなら、養子を取るなり手段はあったでしょう。

公爵家を簡単に取り潰すなど、考えられない」


ルシアンの指摘はもっともだった。よっぽどの犯罪を犯さない限り、公爵家をそんな簡単に潰せる筈がない。そんな事はいくら王族だろうと許されない。


「ラルナダルト公爵家は、アドルガッサー王家よりも歴史が古く、国内の貴族にも影響力を持つ貴族だったようです。アドルガッサーに王家二つあり、と言われていたとの事ですので、その影響力はかなりのものであったかと。

ラルナダルト家は王家を立てておりましたから、表面上の衝突はなかったようですが、王家がラルナダルト家を面白く思っていなかった事は周知の事実でした」


ははぁ……それは、やりづらいだろうなぁ。

いくら自分を立てていたとしても、王家からすれば顔色を常に伺わねばならないんだろうから。


「この離宮も、本当はラルナダルト家所有の物であったと聞いております。時の王妃がこの離宮を大変気に入った為、譲ってくれとラルナダルト家に頼み込んだものの、ラルナダルト家は受け入れませんでした。

それを恨みに思った王家はラルナダルト家嫡子が不慮の事故で命を落とし、養子を取り、令嬢と婚姻を結ばせようとした所、王家が頑なに認めなかったと」


ええええええええっ?!

逆恨みじゃない、ソレ?!

何それ!

王太子には申し訳ないけど、アドルガッサー王家嫌いだわー!


「イルレアナ嬢の消息は不明です」


ただでさえ兄を失って悲しんでいる所に、そんな仕打ちを王家がするなんて。非道だ。鬼の所業だよ……。


「さすがにこの件はアドルガッサー王国内の貴族から反発を買い、王家への求心力が失われたと聞いております。

当時の王には世継ぎがおりませんでしたから、世継ぎを作ることに注力させると言うのを建前にして、まつりごとから王家を引き離したようです。

王は当然反発しましたが、ラルナダルト家を強引に潰した事で、国の大半の貴族が王家に背を向けました。これにはさすがの王家も逆らえば自分達が危ういと思ったのでしょう。

それからアドルガッサー王家はお飾りであり、ラルナダルト家の片腕と呼ばれていた侯爵が仕切っているとの事です。

王太子は王家の復権を望んでいるようですが、無理かと」


悪い事したら、報いがあるのさ!当然さ!

その右腕の侯爵家、グッジョブですよ!!


「ディンブーラ皇国圏内において、王家が不当な理由で貴族を罰する事は認められていません。先細りする貴族の血を絶やさぬようにと命じられているにも関わらず、正当な理由もなく公爵家の存続を妨害したのは、王家に対して十分な罰則が与えられる事由に該当します」


おおぅ……なんだか話が大きくなってきたよ?!


「侯爵は多分、直ぐにイルレアナ嬢を見つけ出すつもりでそのような甘い処置をしたのでしょうが、悪手でしたね。

ミチル、もし貴女のお祖母様がラルナダルト家の令嬢だったとしたら、どうしたいですか?」


イキナリ決断ですか?!

無理難題すぎるよ?!


「私自身は何も知らない事ですし、辛い思いをさせられた訳でもないので、どうしたい、と言う事もないのですが……」


あぁ、でも、そうか。

祖母が言っていた宮というのは、もしかしたらここの事なのかも?


「……祖母は、私に、美しい宮を見せたいと言っておりました。もし本当に、ここが祖母の言う宮なのだとしたら、私は祖母の願いを叶えているのですね」


私に見せてあげたいと言ってた。

だから、祖母の言う宮がここなら良いなぁ。


不思議なもので、そうかも知れないと思うだけで、この離宮に対する愛着と言うか、親近感のようなものが湧いてくるから不思議だ。


「……そうですね」


ルシアンは微笑むと、私の頰を撫でた。


「明日にはここを発とうかと思いましたが、気が変わりました。しばらく滞在しましょうか」


なして?


「良い機会です。お祖母様が愛されたという離宮を、ミチルも愛でてはいかがですか?」


「いえ、まだ祖母がそのラルナダルト家出身かどうかも分かりませんよ?!」


ちょっとちょっと! 話の展開が早いよ!!


「せっかくですから、ミチル殿下を歓迎する夜会でも開いていただきましょう」


「?!」


「私も調べ物がありますし。アビス、用意を」


かしこまりました、と答えるとアビスは部屋を出て行ってしまった。


「ルシアン? 何を考えてらっしゃるの?」


「取り立てて特別な事は考えていませんよ。もし、ミチルのお祖母様が、真実、ラルナダルト家の令嬢であったなら、あるべきものはあるべき所に収めた方が良い、ぐらいのものです」


その、あるべきものをあるべき所へ、っていうのが曲者だと思うんですけど?!


じとっとした目で見ても、ふふ、と笑ってはぐらかされてしまった。


「大丈夫、何も心配する事はありません」


心配しかないけど?!

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