072.それは、どこまで?
軟禁生活5日目ッス。
軟禁生活とは言ってもですね、私の日常はあんまり変わらないんですよね。
食事が全部自作になるのと、ルシアン以外と会えなくなるぐらいで。あとは度を超えたいちゃいち(自主規制)、コホン、そもそも基本が引きこもりだし、使用人も限られた人ぐらいとしか会ってないから。教会とか皇城以外、行かないしね。
……我ながら、ちょっとあかん気がした。今更だけど。
ルシアンから皇都を出てからの事を聞いた。
全ての黒幕は殿下の従兄弟?のレペンス枢機卿で、レペンス枢機卿に恋をした正妃が父親と夫である皇帝を裏切り続けていた、というものだった。
レペンスって何か聞いた事あるなと思っていたら、ゼファス様が話してた人だ。美貌だとか言ってたけど、どうせゼファス様は超えないだろう。あと、リュドミラが花を踏み潰してた所を見ちゃった人。実はフラグ立ってたー。気付いてなさすぎる、自分……。
現代日本でならありきたりな高貴な方達の愛憎ドロドロ物語な感じです、ハイ。
しかもこの正妃というのが絶世の美女で、人を虜にする天才だったようで、虜に成り下がった人達が皇帝と殿下にお顔真っ青な事を仕出かしていたらしい。
でもですよー? レーフ殿下の兄なんだから、皇帝だって美形だと思うんだよねー。そんな皇帝よりも美形って事? ほぉ? ゼファス様と張り合えるかも? 遠巻きに見学させていただきたいですわー。
それはさておいてですよ、子供が出来ないようにとか、悪意あり過ぎる。真っ黒ですよ、漆黒の闇ですよ。中二病もたじろぐレベルです。
だってその為に皇帝と結婚したんだよ? ベッドにもインしちゃう訳ですよ?
貴族だから愛のない結婚はあるよ。ありまくりですけど、最初から罠に嵌める為に結婚するとか。
ちなみに大公が国家反逆罪で逮捕された事により、正妃の立場は大変ビミョーになった模様。いくら本人が直接的な行動を起こしてなくても、無罪とは思わんだろー。
限りなく黒に近いグレーですよ。それに避妊薬の事もある訳だしさ。
だからまぁ…こう言っては何だけど、お亡くなりになって、良かったような気もスル。
生きていたら生きていたで、何故と問い質したくなり、亡くなっていたらいたで、もう理由を知る事が出来ないと嘆く事になる。それだけの事があった、って事なんだよね。
それに、色んな意味でタダでは済まないでしょう。
オレの純情を弄んだのかとか、言われて、刺されたり?
……人の気持ちをどうこうしようとか、あかんですよ。
……で、レペンス枢機卿の狙いはお約束の通り帝位。
祖父母は皇帝夫妻で、普通なら枢機卿の母親は皇女として育てられる筈なのに、女児を産んだ正妃に怒った皇帝に追い出されてしまい、祖母の実家でも不遇な状況に置かれた挙句放逐されたらしいから、恨み骨髄なんだろうな。
何も知らずぬくぬくと生きている皇帝兄弟に恨みを持ち、本当だったら自分があの場所にいた筈だと鬱屈した思いを抱いていたんだろう。ありがち!
でもさもありなん、とも思う。皇位継承権を持てなかったとしても、一代限りの公爵になるとか、公爵家の跡取り娘と結婚とか、普通に輝かしい未来があった筈だし。それが全部失われればね、恨むな僻むなと言っても難しいよねぇ……。
幸か不幸か、レペンス枢機卿はカテドラルに勤務するようになり、大公の娘と出会ってしまった。しかも、大公の娘は自分に好意を寄せてきた。
でも、正当な皇位継承権を持つ人がいるから、それは叶わない夢で。叶えるには皇族の男子を皆殺しにするしかなかったと言う事らしい。
……いや、諦めろよ、と言いたい。でも、手が届くと思ってしまったんだろうなぁ……。
そいつが分不相応の望みを持った所為で皇帝がトチ狂って、ルシアンの命を狙った訳だし。
兎にも角にも、ルシアンが無事で本当に良かった。
"もし"を考えると心が冷えてくるので止めておくけど、本当にとんでもない事に巻き込まれてしまったのだ、このイケメンは。
そっと手を伸ばしてルシアンの頰に触れる。私から触れたからか、嬉しそうに微笑むと、私の手の上に自分の手を重ねた。
「無事で本当に良かった……ルシアンの身に何かあったらと思うと……」
ゾッとするし、とりあえず皇帝殺しに行くよね。
いや、私より先に
事の起こりは正妃が男子を産まなかったから起きた悲劇、な訳だけど……仕方がないとは言え、理不尽だよねぇ。
「私が前世で教わった話を聞いていただけますか?」
「うん?」
「私、あまり詳しくはないのですけれど……」
勿論、と答えると、ルシアンは私のこめかみにキスをした。それから頰に。
「性染色体というものがヒトにはあって、女性はXX、男性はXYなのです。
女性から片方のXを、男性からはXもしくはYのどちらか片方を受け取ります。
Xを2つ受け取ればXXで女性が生まれます。男性からYを受け取ればXYとなり、男性が生まれます」
胎児は最初、女子の身体というか、XXとして誕生し、ある程度成長するとSRY遺伝子が男子なのであれば、片方のXがYになり、身体とか脳が男子になるとか何とか、そんな話も授業で聞いた。
ここから先は分からないし、記憶もあやふやな部分もあるし、もっと別の発見もあったかも知れない。
歴史も違ってるみたいだし。聖徳太子が冠位十二階を制定したんじゃないとか何とか。
「先々帝の妃が皇女を産んだ事で追い出されたのは、妃の所為ではない、と言いたいのですか?」
そうですそうです!
この説明でよく分かりましたね、ルシアン! 凄い!
嬉しいので拍手する。
ふふ、とルシアンは微笑む。
「あちらと同じように私達にもそう言ったものがあるのであれば、お妃様の所為ではないのにと思ったのです」
ルシアンの手が私の髪を撫でる。
「ミチルは優しいですね」
アレ? そんな話だったっけ?
違うよね? 遺伝子の話をだね?
「皇帝も痛い目に遭った訳ですし、さすがに対策するでしょう」
確かに。
これでやらなかったらアホの子だ。
「殿下は無事に皇帝と和解出来たのですか?」
「したのではないでしょうか、あの様子ですし」
ん?
したのではないでしょうか、ってどういう事?
「大公とレペンスを処分して直ぐに私は帰途に着いたので。父上達はご存知だと思いますが」
レペンスをやっつけて直ぐって…それって…。
ルシアンの顔を見ると、困ったような顔になる。
私を抱きしめる腕に力が入り、おでことおでこが触れる。
「最後までいた方が良いのは分かっていますが、前回の時のように体良く事後処理を押し付けられたくありません。
そもそも私の命を皇帝が狙うのを止めさせる為だけに行った訳ですから、そこまでする義理もありません」
それに、と言葉を区切ると、私の頰にキスをした。耳にも口付けが落ちる。それが、とても心地よい。
「ミチルとこれ以上離れていたら、死んでしまう」
「……っ!!」
きゃーっ!
きゅんきゅんするーーっ!!
ルシアーンーーっ!
…………唇を噛み締め、我慢する。忍耐。辛抱。深呼吸。鼻血セーフ。よしオッケー!!
はぁ、このイケメンは本当に危険です。
常に試されてる気になるわー。殺されるわー、いつか本当に息の根止められるわー。
ルシアンが言うように、またルシアンが優秀だからとか言う勝手な理由で足止めを食らったら、私も頭おかしくなって、迎えに行ったな、うん。
どうもこんにちは! うちのルシアン返して下さい!って。
こう言う時、気の利いた事が言えたらな、と思う。
私も辛かったんだよって言いたいんだけど、何だか上手く言えないのだ。
それっぽい事は言えるんだけどね。そんなの意味がないし、ルシアンには速攻でバレるし。ちゃんと伝えたい気持ちを、言語化するのが難しい。
「ミチルも私と離れている事を、寂しく思っていてくれていたのだと分かって、嬉しい」
髪に、額に、こめかみに、何度も何度も口付けが降ってくる。くすぐったくて、嬉しくて、目を閉じる。
もっとして欲しい。
「……ルシアンに会いたくて、無事なのか心配で……危険な目に遭っていないか……」
夢の中で、ルシアンは何度も、顔の分からない黒い集団に襲われた。その後どうなるのかまでは見た事がない。襲われて切りつけられた所でいつも目覚めるからだ。
「夢を見るのも怖くて、それでシャツを、お借りしました。少しでもルシアンを感じていたくて」
結局シャツは悪夢を防いではくれなかったけど、起きている時の私の気持ちを慰めてくれた。
ちなみにこの前のシャツはいつの間にか回収されてしまい、私の元にはない。本体がいるからもう良いだろう、という事か。
「会った時に、随分痩せたと思いました。
ごめんなさい、ミチル。心配をかけて」
大きくて温かい手が、私の髪を撫でる。髪を指で梳いてゆく。温かくて、気持ちよくて、ほっとする。
「無事に帰って来て下さったのですから、もう大丈夫です。それに私は、待っていただけです」
役立たずだから、待つ事しか出来ない。
もっと色々出来るようになりたいなぁ。なりたいけど、何が出来るんだろうか。それに、こういった事がまた起きる想定というのもなぁ。ないに越した事はないし。
「……申し訳ない事に、ミチルが私を思ってこんなに痩せてしまった事や、私のシャツを抱いて寝た事が分かった時、嬉しくて堪らなかった」
え。
……あぁ、まぁ、君、ヤンデレだものね。
「離れている間も私の事を考えていてくれた事が、嬉しい。貴女の心を独占出来ていた事に、胸が震えます」
うっとりした顔で言う事がこれか。これなのか。
ヤンデレすげぇよ。
そこに行きついちゃうんだもの。予想外だよ、本当に……。
「もう、こんな思いは嫌ですよ?」
これに味をしめて? 定期的にハラハラさせられてはかなわんので、釘を刺しておく。
ルシアンは頷くと微笑んだ。
「えぇ。ごめんなさい、ミチル」
ご機嫌ですね……。
謝罪ではないな、うん。
ヤンデレの懐は深いよ……言ってて自分でも意味不明だけど。
「源之丞殿と、軽い挨拶しか出来なかった事は、少し心残りです」
源之丞様も行ってたの?!
一体何人行ったの帝国に?!
ツアーか?!
「源之丞様も行かれたのですか?」
「どうしてもとおっしゃられて。
皇都で私を騙すような形になった事が、許せなかったのでしょうね」
そう言ってルシアンは苦笑いを浮かべた。
責任感強そうだもんね、生真面目と言うか。
「源之丞様は皇都にお戻りになるのですか?」
この前の話では帰国すると言っていたような??
ルシアンは首を横に振った。
「あのまま帰国なさると思いますよ。と言うより、もう逃してもらえないでしょう」
逃してもらえないとか、ちょっと不穏なんですけど?
そうか、源之丞様は燕国に帰るのか。
燕国、一度行ってみたいなぁ。
年を取って、子供達に爵位を譲ったら、ルシアンと燕国に旅行するとか?
あ、それ良い! 名案!
「いつか、二人で燕国に行きたいです」
「いいですね、是非」
キスをされた。
おしゃべりは終わりらしい。
「ミチル」
耳元で囁かれる。心臓の鼓動が早まる。
「愛してますよ」
ところでこの軟禁生活、あと何日続くんだろう?
そんな事を薄ぼんやり考えながら、ルシアンのキスシャワーを受けていた。
「……何を考えているの?」
責めるような目を私に向ける。
ぎくり。
まさか、あと何日軟禁されるのかとか思ってたなんて言えない。
嫌なんじゃないよ。嫌なんじゃなくてね、ただ、シンプルにそう思っただけなんです。
……あと何日、こうしていられるのかな、って。
なんだかんだ言って、ルシアンは公を捨てていない。なんて事はない。今は新年の休暇中なのです。
その期間、私と二人っきりになっているだけで。
当然だと思うし、それが正しいと思ってる。
……私は少しずつ、わがままに、なってきている。
「私に、飽きた?」
「何故?!」
それはこっちの台詞?!
私が即答したので、安心したのか、笑顔になる。
あぁ、この笑顔。
好きだ。胸が締め付けられる。
本当好き。
「私が飽きられる事はあっても、ルシアンに飽きる事はありませんわ」
「それこそ、あり得ない」
唇が重なる。
甘い。
甘くて、柔らかくて、甘い。
あり得ないって思っていたのに、不意に自分の中に芽生えてきた衝動に、少し戸惑う。
信じられないと言う思いと、破廉恥だ! という思いと、最近色々慣れてきたからかも知れないな、と、色んな思いが頭の中を駆け巡る。
ルシアンを食べたい。
でも、そんな事言えない。言えないし出来ない!!
願望って言うか?!
ルシアンの瞳をじっと見る。
頰に触れて、顎のラインを指でなぞって、人差し指と中指で唇をなぞる。
「……珍しい、ミチルがこんな、煽るように触れるのは」
煽る?!
いつもユーがしてる触り方じゃないの。っていうかアレ、やっぱり煽ってるのか……。ドキドキするもんな……。
唇に触れる私の指にキスをする。
ひぇぇっ。煽られてるぅぅぅっ!!
「……私を食べたくなった?」
?!
エスパーか?! やっぱりエスパーなのか?!
くすくすと楽しそうに笑うと、耳にキスされた。
「ミチル、私を食べて?」
あぁ、コレに似たシチュエーション、マンガとかで見た事あるよ。
散々耐えに耐えた男子が、美女に押し倒されて、好きにしていいのよ、とか言われちゃって、理性が吹っ飛んで、好きな子を裏切っちゃうの。
……いや、私の本命はまごう事なく、目の前のイケメンですけどね? 裏切る相手いなくね? え? じゃあ、食べて良いって事? 夫婦だって散々ルシアンも言ってるし……ってああああああああ!! 何考えてるんだ私!
「手強い」
困ったようにルシアンが言った。
「ミチルの理性を飛ばすのは、本当に難しい」
?!
「ミチルは簡単に私の理性を崩すのにね?」
そんな事はない。いつも必死な思いで理性と戦ってるというのに……っ。
そう、本当に、必死で!!
「……ルシアンの理性、そんなに直ぐに崩れていないと思いますけれど……」
私の言葉に、額に手を当ててカウチの背もたれに寄りかかり、長めの息を吐く。
「??」
ルシアンはいつも、理性的だよね??
「……無自覚が過ぎるのでは?」
「無自覚?」
何の事言われてる? 私、何か変な事言った?
え?何だ何だ?
「力が抜けます。もう、本当に、貴女という人は」
私を抱きしめていた腕が下される。
えっ! えっ!
待って待って!
呆れられた?!
「る、ルシアン、私、何か失礼をしてしまいました?」
ぎゅっとルシアンの胸にしがみ付く。
ルシアンはじっと私を見つめる。
えええええっ! 何ーーっ?!
「私の事、好き?」
「好きですっ」
大好き!!
「でも、私を食べたいとは、思わないのでしょう?」
瞬間的に熱が頭にのぼってくる。
「ま、またそうやって、ルシアンは……っ」
「私はミチルの全てを自分の物にしたい。いつだって貴女は私を誘惑して、私の理性を崩してくるのに。
ミチルは気まぐれに私を食べるけれど、私のように理性を失いそうになってる姿なんて見たことない」
えっ、今までのって、食べてる認定されてるの?!
私の中での食べるって、あの…っ。
け、穢れてる、私! 思考が爛れてるぅぅぅっ!
「ほら、今もそうやって、別の事を考えてる」
エスパーしすぎだから!
ルシアンは私の髪を優しく撫でる。
心なしか呆れてる感じだ。
うぅ……っ!
「……ルシアンの言う、食べると言うのは……」
恥ずかしいので顔は俯いたままですよ。
「……ミチルが自発的に私を閨事に誘うだけでも、嬉しいですよ。口付けも。私の衣服を脱がしてくれる事も。徴を付けて下さる事も」
ぬぁ……っ!
イケメンがそう言った事を口にするだけで、恐ろしい破壊力だな……。
……要するに、ですよ。
この言い方からして、やっぱり食べる、というのは最終形はそこなんだな。
だけど、ルシアンとしてはそこまでいかなくても、私がルシアンに何かするとか、つまり、私がルシアンを求めてる、という事が重要だと。
……このっ、乙女思考めっ!!
「……それなら出来るかも……」
思わず零してしまった私の言葉に反応し、ルシアンの手が私の頰を両手で挟んで顔を上げさせる。
「さ、最後までは……あの……」
無理です、と小声で訴える。
「途中まででも全然構いません。
それにしても、まさか食べると私が言ったものだから、最後まで出来ないと思ったという事ですか?」
普通、そう認識すると思うけど?!
顔を掴まれているなりに頷く。
「……確かに、私の言い方はよくありませんでした。
あわよくばと言う願望を口にし続けた結果、ミチルから愛を受けられなかったと言う事ですね」
愛って!!
顔が熱い。
やばい、このやりとり、恥ずかしい!!
ふふ、と黒い笑顔が向けられる。
「私も、まだまだですね……」
何が?!
何を目指すの?!
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