030.知己と海老と危険なシタギ

「凄まじい独占欲だな」


ルシアンの事だよね。


「私は幸せですわ」


「その所為で嫌がらせも受けていると聞くが?」


「今は皆さま殿下に夢中のようですので、問題ありませんわ。殿下には本当に感謝しております」


その点については心から感謝します、殿下!


殿下はちょっと強引なリードをする。私が下手だからかも知れないけど。でもまぁ、踊りやすいかな?


「伯爵からの一方的な婚約の末の結婚と聞き及んでいるが」


どこまで調べてるの。ルシアンに興味津々すぎない?

替え玉にする為にそこまで調べるもんなの?

お飾りの妻かどうかって事?お飾りじゃなかったら替え玉にした時に面倒って事?


「とんでもございませんわ。私、心からルシアンを愛しておりますもの」


慕ってるとは言わないぜ。

って言うか、本人にすらここまで直球で言った事ないかも?!

いや、でも、死ぬほど好きは、言ったな…。

……帰ったら言おう、うん。そうしないとお仕置きサレソウ…。

お仕置き駄目、反対。あの破廉恥被害は防がねば!ベビードールネグリジェ制覇とか、目指してないから!


「そなたから見て、私はどう見える?」


「ルシアンに似た方だなとしか」


至近距離だから気付いたけど、ルシアンよりちょっと目がオレンジというか。ルシアンは本当にキレイな金色の瞳をしてるんだよね。

吸い込まれそうになる。

あと、殿下の方が顔立ちに男っぽさがある。


殿下は苦笑する。


「それだけか?」


「殿下の事をよく存じ上げませんし」


興味ありませんし。

殿下に興味なんて永遠に湧かなさそうだし。


「先程私の周囲にいた令嬢達は、私の事をよく知りもしないだろうが、私を慕っているそうだ」


容姿とご身分を慕ってるんでしょうな。間違いなく。


「貴族とは、そういうものでございましょう」


貴族の結婚は基本、政略ですからね。恋愛でどうこうなんて、基本ありえないし。皇族は言わずもがなだよね。

セラから教えてもらったけど、アルト家はあえて恋愛結婚にこだわってるらしいよ。理由を聞いた時はさすがアルト家、と思ったけど。でも、その結果、幸せならそれでいいと思うけどね。


「だが、そなた達は違うのだろう?」


「殿下も奥方を愛して差し上げれば良いのでは?」


いない、と殿下が言った。


「私はまだ、妃を一人も迎えていない」


22歳の皇族が、妻を一人も迎えてない?なんと珍しい!

それは、皇国の令嬢達は血眼だよねー。もしかしたら正妃になれるかも知れないんだもんね。


「立候補してみるか?そなたのような美しい淑女なら、大歓迎だが?」


揶揄うような目をして殿下が言った。


「私は既に夫を持つ身ですわ」


何言ってんのかなー、この人は。

本当やだなー、こうやって揶揄われるの。真に受けちゃうから苦手なんだよね。

自分で言うのもなんだけど、冗談が通じないタイプなのよ、私…。


「見た目も変わらないし、身分ならそなたの夫より私の方が上だ。鞍替えしても良いのだぞ?」


あはは、もう本当。

調子に乗るなって言いたい!


もうちょっとで曲が終わりそうだ。

早く終わってー。この問答いやだわー。なんか試されてるみたいで本当いやだわー。


「私が最も欲しいものを下さるのは、世界広しと言えどルシアンだけですわ」


「最も欲しいもの?」


怪訝な顔をする殿下。


よし、曲が終わった!


「お相手をさせていただき、光栄でしたわ、殿下」


カーテシーをしてさっさとその場を去り、こっちを見ているルシアンの元に向かう。

踊ってる時もルシアン、ガン見してたし…。


脚に何かが触れた。


「!」


脚を引っ掛けられた!

ヤバイ!転ける!!

しまった!ルシアンに集中し過ぎて、またしても周囲に注意を払うのを忘れてた!!


衝突に備えて目をつぶったのに、痛くない?

アレ?


「…大丈夫ですか?」


そっと目を開ける。


「あ、ありがとうございます」


転けそうになるのを支えてくれた腕の持ち主を見る。

そこには切れ長の目をした、男性が立っていた。

長い黒髪をポニーテールのように一つにまとめている。


「ミチル!」


ルシアンとセラが駆け寄って来た。

気が付いたら、オリヴィエ様がいつのまにか来ていて、私に脚をかけた令嬢の前に立ち、修羅の形相で令嬢を見下ろしている。オリヴィエ様の後ろに仁王が見えるよ?

…令嬢は真っ青である。うん、まぁ…同情はしない…。


ルシアンは私を抱きしめると、私を助けてくれた男性に笑顔を向けた。

…おや?珍しい反応だ。


「源之丞殿、ご無沙汰しております」


知り合い?


「ご無沙汰しております、ルシアン殿。

皇都にお戻りとは聞いていましたが、ご挨拶にも伺わず、大変失礼しました」


ゲンノジョウと呼ばれた男性も笑顔で応対する。

こちらこそ、と引き続き笑顔なルシアン。


「??」


頭の中が?マークでいっぱいの私に、ルシアンが紹介してくれた。


「ミチル、こちらは燕国から留学に来ている、源之丞・高畠殿です」


おぉ、まさかこっちの世界で日本名?を聞くとは。


「初めまして、タカバタケ ゲンノジョウ様。私、ルシアンの妻のミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトでございます」


ゲンノジョウさんはきょとんとした顔をした。


「夫人は、燕国にお詳しいのですか?」


「ほんの少しだけ存じ上げているだけですわ」


それから源之丞さんと話した事には、源之丞さんは燕国から留学でディンブーラ皇国に来ている学生で、来年には燕国に帰るらしい。

ルシアンに古武術とかを教えてくれたのが、この源之丞さんとの事。って事は、強いって事だ。


「では、源之丞様は武家のご出身なのですか?」


そうでなければ古武術は知らんだろうし。


源之丞さんはまた驚いた顔をして、「奥方は、本当に我が国の事をよくご存知ですね」と言った。


燕国ってどんな感じなんだろう。私の知る日本とは違うのだろうか?

うわー、気になるー。色々聞いてみたい!


「ミチル、今度源之丞殿を屋敷にご招待しませんか?私も、久々に源之丞殿と話がしたいですし」


「勿論ですわ」


賛成です!


「それは嬉しい。ご招待いただけるのであれば、喜んで参ります」


まさか、夜会でこんな和やかな会話が出来るとは!


源之丞さんは丁寧に90度お辞儀して、去って行った。

おーぅ、じゃぱにーずオジーギですよー。懐かしい!


「ルシアンのお友達を、初めて見ましたわ」


私の率直な感想にルシアンが笑った。


「確かに、友人と言うと、ジークとジェラルドぐらいですね」


とか言いながら、私も友人って、モニカぐらいしかいない!

あとは…アレクシア姫?


セラとオリヴィエ様がやって来た。


「オリヴィエ様、先程はありがとうございました」


お礼を言って笑いかけた所、オリヴィエ様は首を横に振る。


「専属護衛騎士ともあろうものが、対応出来ておらず、本当に申し訳ありません。己の不甲斐なさが恥ずかしい」


まだ専属護衛騎士じゃないですから!オリヴィエ様は近衛騎士ですからね?!


「そんな事ありませんわ、オリヴィエ様がいらっしゃるだけで、私、どれだけ心が救われる事か」


オリヴィエ様が突如両手で顔を覆ったから何があったかと思ったら、セラが「感動してるみたいよ」と教えてくれた。


感動て…。


「そういえばミチルちゃん、今日は珍しい料理があるらしいわよ。行ってみましょうよ」


珍しい料理?


「行きましょう、ミチル」


ルシアンに手を引かれ、その珍しい料理とやらがあるテーブルに向かう。

テーブルにはグラスに入った海老の姿が。ボイルされて頭は剥かれて、殻も尻尾以外は剥かれてる。


「海老ではありませんか」


「あら、ミチルちゃん、知ってたの?驚かせようと思ったのに、つまらないわぁ」


手袋をしたまま食べるのもあれなので、手袋を外し、海老を口に入れる。お、ちょうど良い塩加減ですなー。美味しー!


「ルシアン、あーん」


嬉しそうに口を開けるルシアン。

あ、コラ、指は食べないで。


海老の尻尾部分はグラスに残しておき、回収に来た人に渡す。

ハンカチで手を拭きながら、海老を使った料理をアレコレ思い出していた。


「美味しいですね、エビと言うのですか?」


「そうです。美味しいでしょう?

さ、ルシアン、あーん」


気に入ったようなので、もう一尾、ルシアンに食べさせていたら、周囲の人達が赤い顔をしていた。

あーんしてるからではなく、あーん後の私の指をルシアンが舐めたからであろう。反応してはいかん。絶対ルシアンはわざとやってるから、反応してはいかんのだ。ここで反応したら夜が大変な事になるからね!ミチル負けない。

頑張るわ、スルー検定!


珍しい料理って言ってたから、海老は手に入りにくいんだろうなぁ。って、皇都は内陸だもんね。海老は確かに難しそう。

生きたままオガクズの中に入れて輸送してくれんかな。

そうしたら、エビチリとか、海老フライとか作れるのになー。

海老マヨも好きだなぁ。


そう言えば、ヨーロッパの方で、海老が可哀相だから冷凍庫で凍らせて眠るように死なせてから調理しよう、みたいな話があったけど、あれはなんなのかね。

そこまで言うなら食べなきゃいいのに。それが一番海老が可哀相な目に合わないと思うんだけど…。


……眠るように、死なせる…?


「!」


「ミチル?どうしたのですか?」


ルシアンが私の顔を覗き込んで聞いた。


「クロエに…是非試してもらいたい事を思いついたのです」


分からないけど、試す価値はあると思う!

人は、雪山などで危機的状況に陥ると、手足を捨ててでも、内臓のある胴体の体温維持に注力すると言う。

深海に潜った場合もそうなるって聞いた事ある。




夜会を程々に切り上げて屋敷に戻った私とルシアンは、入浴も済ませ、後は寝るだけ、という状態だった筈、です。


それなのに…っ。


「それで、殿下とは一体どんな話を?」


そう言って、仄暗い笑顔を浮かべるルシアン。

怒ってる!大変ご立腹です?!


ねぇ、ルシアン!

何で、右手と左手にそれぞれ、ネグリジェ持ってるの?!

ミチルの身体は一つよ?!

それに私、もう夜着は着用しておりますから!


「えぇと、何でしたか…大した話ではありませんでしたから、あまり記憶に残ってなくて…あぁ、私とルシアンの結婚について少し言われましたけれど…」


「独占欲が強いですとか、私が一方的にミチルに言い寄ったとか、そう言う話ですか?」


あれ?何で知ってるの?


「そうですわ、ですから私、否定して…」


はっ!

そうでした!ルシアンの事を心から愛してるって殿下に言ったんでした!


ルシアンは手に持っていたネグリジェを手から離すと、私との距離を詰め、私の夜着の紐に手をかける。


ピンチ!!


紐を解かれた時に備え、夜着をぎゅっと掴む。これなら、解かれても、直ぐにはだけない…筈!


「否定して?」


ちゃんとルシアンに言わなくちゃ、と思うのに、本人を目の前すると恥ずかしい…!!


「あの…」


「うん?」


ルシアンの唇が頰に触れる。

あああああああ、早く言わねば!


「あの…」


このまま、目が合わないままの方が言いやすいかも、と思った瞬間、ルシアンが私の目を真っ直ぐに見つめた。


いやーーーっ!

言いづらーーーいっ!!


「言って?」


顔が熱い!

まだ何も言えてないのに、発熱が凄まじい!


「ルシアン、目を、閉じて下さいませ…」


お願いすると、ルシアンは目を閉じてくれた。

ほっ。


「…心から…ルシアンを愛しております、と、殿下に答えました」


パチっ、とルシアンが目を開けた。

物凄い驚いた顔をしてる。


う…っ!

恥ずかしいから、そんなにじっと見ないで!


強引に重ねられた唇に驚いて、目を閉じた。

角度を変えて、何度もキスされる。


夜着の紐に触れていたルシアンの手が離れた。


セーフ!


「それ以外には何を?」


頰やら耳やらにルシアンの唇が触れる。くすぐったい!


「あとは…ルシアンから自分にくらが…え…」


しないか、って…。


「鞍替え?」


「あの、勿論、お断りしておりますわ。私の欲しいものを下さるのは、ルシアンだけですから、だから…っ」


ルシアンは私の首に軽く噛み付く。


「!」


「ミチルの欲しいもの?」


慌て過ぎて言わんでいい事まで言ってしもうた!言ってしもうたよ!!お願い時間よ戻って!!


「る、ルシアンだけが持ってるものです。でも、秘密です…」


ルシアンはにっこり微笑んで、ネグリジェを再び見せてきた。


向かって右側は、めっちゃ丈の短い奴で、それ、別の意味で隠す気ない奴…!

あああああ、でも、左側の奴よりはマシなのかも。だって、左側の奴、既にネグリジェの枠を超えてる!

ぶ、ブラの部分と下着がつながって…?!これ、片方脱がしたら自動で下も脱げるんじゃないの?!何故連動させる?!

誰だこんなの考えた奴出て来い!!本当許さん!そして絶対フィオニアが買ってきたに違いない!今度、今度会ったら、殴る!

絶対ぐーで殴る!!


「こちらの方が、お好みみたいですね?」


そう言って、ルシアンが私の前に出したのは、左側の奴…。


ひいっ。


「ミチルの秘密、知りたいです」


艶っぽい目で、ルシアンが私を見る。


あばばばばばばば。

それは、それだけは言えません!


そっと手を伸ばし、破廉恥を超えて、犯罪まがいのベビードールを受け取る。


まさかそうくるとは思ってなかったようで、ルシアンは目を大きく見開く。


「あ、あっちを…向いて下さいませ…」


涙出てきた!


あぁ、もう!

殿下嫌い!!!

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