第三勢力<バフェット当主視点>

「ふむ。」


報告書の内容に、思わず声が出た。


皇女にウィルニア教団という如何わしい集団が接触を図っていることは、皇女の侍従から報告を受けて認識していた。

薬物で人心を失わせ、洗脳していく危険な集団だ。


カーライル王国がウィルニア教団に落とされたハウミーニア王国との国交を断絶してから、時折気にはかけていたが、周辺諸国への拡大の仕方が異常に早かった。

計画的としか思えない広まり方だった。

背後に誰かが付いているのだろう。


外堀を埋める用意周到なやり方に、最初はアルト家当主の策かとも思った。国交断絶もパフォーマンスで、実体はアルト家の手の者かとも疑った。

ただ、アルト家はマグダレナ教会の後見になり、ウィルニア教団との対決姿勢を明らかにした。

ウィルニア教団とマグダレナ教会が両方アルト家の配下にあるとしたら、これにより皇国全体の国力を削ぐ結果を生むだろうが、それによるメリットがカーライル王国にも、アルト家にもない。

あの国は境界線にある辺境国だ。

その気になれば、寝返ることなど造作もない。

寝返る為の置き土産のつもりかも知れないが。それにしては規模が大き過ぎる。


女帝は遠くない未来、ウィルニア教団と手を組むだろう。

皇子も16歳になる。そろそろ皇位継承権の順位を取り戻そうと動く頃合いだ。

そう考えると、皇女を聖女として祭り上げ、ウィルニア教団の影響力を用いて皇国内の権勢を取り戻そうとするのは、火を見るよりも明らかだ。

ただ、皇女は教団を現時点では受け入れていない。

知れば女帝は皇女を聖女にしたがるだろうが、そうすればマグダレナ教会に付くアルト家とは敵対関係になる。ルシアンに溺れている皇女が受け入れるかどうか。


マグダレナ教会の新教皇として立ったのは、女帝側でも、我らバフェットの息のかかった人間でもない、影響の及ぼしにくい皇族だった。

マグダレナ教会の力の付け方によっては、皇国内に第3の勢力が生まれることになる。

厄介なことをしてくれるものだ。

ただでさえ、混乱を来している皇国に、更に別の力を入れようなどと。


アルトとしてはらしくない策だ。

最近表に出始めた嫡子の策だろうか?まだ能力は未知数だが、やはり稀代の天才と言われる現当主には及ばないということか。

とは言え、お手並みとしては悪くない。この馬鹿げた混乱劇を全て丸く収める策を打ってきているのだ。それが実現すれば、マグダレナ教会は強大な力を持つ。

しかもその後見として、アルト家が力を持つのだ。

そうなれば、女帝もバフェット家も、アルト家を手に入れることは不可能になる。

これまで、何度となくアルト家と繋がりを持とうとしたが、さすがというべきか、こちらの誘いには全く乗って来なかった。


アルト家が嫡子の妻にと迎え入れた娘は転生者で、既に有効な知識をこの世界にもたらしている。

誰もが欲しがるこの娘を、転生者としてではなく、ルシアンが溺愛しているという話は有名だ。

その娘を排除しろと皇女が教団に命じたと、侍従が報告してきた。

皇女の比にならない程の利益をもたらす存在を、嫉妬からそんな命令を下すなど、愚かにも程がある。

易々と転生者が命を奪われることはないだろうが、アルト家をいずれ掌中に入れた時の為にも、取っておきたいコマではある。

貸しを作るのも悪くない。

第三勢力として立てさせない為に、むしろこちらから近付くのも悪手にはならぬだろう。

バフェットは皇国内にしか影響力を持たない。教会を取り込めれば、皇国影響下にある国々にも力を持つことになる。


古来より存続する教会とバフェットが手を結ぶ。

アルト家にも近付けるだろう。

新教皇とアルト家当主は旧知の友人だ。

転生者の知識にも近い位置にいける。

悪くない。

マグダレナ教会に近付くのは、バフェットにとっても不利益はない。

これまで政治に介入せず、立場を守ってきたオットー家をこちらに引き込めるチャンスにもなるかも知れない。

どう見ても悪手にはなりそうにない。


その為には、女帝の自滅の筋道をお膳立てしてやらなければな。

侍従を通して女帝に、皇女が聖女であると知らせ、その力に飛び付いてアルト家と女帝は決裂する。

その後、教団の不正を暴けば、偽聖女として皇女と女帝の立場は更に危うくなる。

そこにもう少しの圧力がかけられれば、皇子と皇女の皇位継承権を剥奪出来る。

そのまま、長男を立太子すれば、終わりだ。


私は侍従宛の手紙を認め、城に送らせた。




数日後、女帝は高らかに己の娘が聖女であることを発表した。

私は笑いが止まらなかった。

焦りのあまり、あの女が簡単に罠にかかったことに。

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