044.塞翁が馬

「何しにいらしたんですか。」


言ったのはルシアン。

言われたのはラトリア様。


「約束してなかったからと言って、実の兄にそれはいくらなんでも酷くないか?」


「礼儀のなっていない兄を持った覚えはありません。」


更に追い討ちをかけるルシアン。

相変わらず容赦ない。


「礼儀とかじゃなくて、単純にミチルとの時間を邪魔されて苛立ってるの間違いだろう。」


「そこまで分かってるならお帰り下さい。」


冷たい目で兄を見つめる弟。

でもいつものことだから、兄もめげないんだよね。

兄もメンタル強いなー。それともMなのかな…。


「今日はミチルが欲しがっていた青磁の器を持って来たんだ。窯出しをして、問題ないことを確認したからね。」


青磁の器?!


「ラトリア様、本当ですか?!」


お義兄様、と言い直された。

そうでした。びっくりして間違えました。


「お義兄様、青磁の器が出来たのですか?」


そうだよ、とラトリア様は後ろの従者が持つ箱をちらりと見る。


あぁ、もしかしてその箱に?!


ささ、こちらへ、とルシアンを無視して勝手にサロンに案内する私。


ルシアンも早く、と手を引っ張る。


仕方ない、といった顔でルシアンはため息を吐いた。




サロンにラトリア様を案内する。

程なくしてリジーがほうじ茶を運んで来てくれた。


ラトリア様が従者に目配せをすると、従者は頷いてテーブルの上に箱を置き、そっと蓋を開けた。


青磁のティーカップ4脚と、デザートプレート4枚がテーブルの上に並べられた。


あの透明感のある翡翠色をした器が、目の前に並んでる。

あぁ、触れてみたいけど、壊したらいけないから触れない。

でもでも、見れるだけでも嬉しい。凄いキレイ!


「発色の上手くいったものを是非ミチルに受け取ってもらいたくてね。」


「!?」


そんな!まさか!!


「私がいただけるのですか?!」


ラトリア様はにっこり微笑む。


「ろくろや磁器、絵付けなどを教えてくれたミチルに、何かお礼をしたいと思っていたら、ルシアンから青磁の釉薬の作り方のメモをもらってね。

ペックたちと必死に作ったんだよ。

だから是非、ミチルに受け取ってもらいたい。」


「ありがとうございます!とても嬉しいです!」


前世から大好きな青磁の器を、自分の為に作ってもらえるなんて!!


「ルシアン、ルシアンがお義兄様に釉薬の作り方を伝えて下さったのですね。ありがとうございます。

私、大切に使いますわ!」


早速食後のコーヒーに使いたい!!


「こんなに喜ばれてしまうと、またプレゼントしたくなってしまうねぇ、ルシアン。」


にこにこしながら声をかけるラトリア様に、ルシアンが吐き捨てるように言った。


「さっさと帰って下さい、兄上。」


「兄上、さすがに泣くよ?」


うん、これは泣いていいと思うよ。


「鬱陶しい。」


鬼過ぎる、この弟…!


半ベソをかいてるラトリア様を夕食に誘い、料理長が腕を振るった和食を堪能して、ご機嫌を直したラトリア様は帰って行った。


私は青磁の器を洗いながら、ルシアンにさすがに今日のラトリア様への態度は冷た過ぎると苦言を申した。


「ミチルを驚かせたかったので、出来上がったら私にだけ教えて下さいとお願いしていたのです。

それを…。」


あぁ、それであの態度ね…。

それなら納得です。

さすがにラトリア様もあそこまで冷たくされるとは思ってなかったんだろう…。


「ミチルの驚き喜ぶ顔を独り占めしようという私の計画を台無しにして下さったお礼は、いつか何処かで返します。」


それはもうにっこりと、黒い笑顔を浮かべるルシアン。


こわっ!

弟は許す気なさそうですよ、お義兄様!


話の方向性変えておこうかな…。


「私は幸せ者ですわね、そんな風に喜ばせたいと思って下さる方に囲まれてるんですもの。」


そう言ってルシアンにコーヒーを出す。


「珍しいですね、ミチルがコーヒーを入れるのは。」


「ルシアンはお茶よりもコーヒーのほうがお好きみたいですから。」


ふふ、とルシアンが微笑む。


「ミチルが淹れて下さるなら、何でも好きです。」


「ありがとう、ルシアン。」


これで少しは機嫌も…。


「でも兄上のことは許しませんよ?」


駄目でした!

力及ばず!!

成仏されたし。




*****




無事、4人とも昇級が決まった。

その報告に研究室に集まった。


それなのに、王子の顔色が優れない。


「モニカ、殿下はどうされたのですか?」


お茶を淹れがてらモニカにこっそり尋ねる。

モニカも困ったようにため息を吐く。


「それが…明日、ト国の使節と会談があるのですけれど、独占契約に持ち込む材料が見つからないらしく…。」


なるほど…。


その件については王子に一任されてるみたいだけど、王子もまだ若いから、舐められそうだしなぁ。


「一度や二度で了承を取り付けようとはせず、根気よくお話するしかないのではないでしょうか。

確かにト国茶の独占契約を結べたら、素晴らしいことですけれど、まだ用意しなくてはならないものが多いのですから、焦らず。

急いては事を仕損じる、と申しますし。」


ちょっと生意気をいってしまうけど、交渉のテーブルについてくれてるだけで可能性はあるのだから、後は首を縦に振ってくれるものを探すしかない。


そもそも、他の国はト国茶を美味しく淹れることに関心がないのだから、ト国としてもうちとの契約を切りたいとは思ってないだろう。


「そうですわね、焦ってはいけませんわね。

ありがとう、ミチル。」


そう言って息を吐くモニカ。

彼女は王子の婚約者になってから、王太子妃としての教育も本格化していると聞くし、こうやって王子のフォローもしているから、忙しいだろうと思う。


「とんでもありませんわ。

あ、そうですわ。私、お義兄様とルシアンに青磁の器を作っていただいたのです。

青磁は元々ト国にある器。見れば会話が広がるかも知れませんわ。

会談の席で青磁の器をお使いになってみませんか?」


「まぁ、そのような大切な器をお借りしてもよろしいのですか?」


「大切にお使いいただきたいのは勿論ですけれど、私は何もお手伝い出来ませんから、出来ることはさせて下さいませ。」


淹れたお茶を持ってテーブルに戻り、王子とルシアンに説明をする。

ルシアンからもらったものなので、ルシアンの許可を得なくては。


「構いませんよ。」


王子は少しだけほっとしたように、笑った。


「ありがとう、ミチル嬢。申し出、受けたいと思う。

夜に使いを送る。」


話のネタから広がるものもあるだろうから、気負わずに望んで欲しいものだ。

王子からすれば初の外交なのだろうし、どうしても力が入ってしまうだろうけど。




それで、どうして私はここにいるのだろうか…。


私は今、王宮の謁見の間に立っております。

ルシアンと私とラトリア様の3人が急遽王命で呼び出されてしまったのだ。

な、何かしちゃった?!


気が気じゃない私を他所に、ルシアンとラトリア様は余裕の表情である。

2人は以前から王にお目にかかったことがあるから、慣れたものなのかも知れない。


「大義である。面をあげよ。」


顔を上げ、初めて王と対面する。

王子と同じ色彩を持つ、30代半ばのイケメンだ。


王より一段下に王子が立っていて、にっこり微笑んでいる。


お義父様もいた。宰相だから当然か。

手でも振って来そうな笑顔をこっちに向けてる。

悪い話では…なさそう…?


「昨日行われたト国との会談において、無事、独占契約を取り付けることに成功した。」


?!


いかんいかん、感情を表に出してはいかん。


っていうか、話の展開についていけないよ?!


「ジーク、説明せよ。」


王子は頷いた。


「はい、陛下。」


こちらに向き直り、王子が話した内容は、驚きの内容だった。


ト国では青磁の器の作成方法は特定の村だけが知る秘密で、だからこそ価値を維持し続けていたのだそうだ。

それが、流行病でその村がわずかな者たちを残して壊滅し、口伝だった青磁の作り方が失われてしまったと。


他の陶磁器を扱う職人に青磁の作成を命じたものの、思うような結果が得られず、ト国としては大変困った状況に陥っていたようだ。

諸外国への輸出品としても人気のあった青磁が作れなくなり、かと言って素直に作成方法が分からなくなりましたとも言えず。


如何ともしがたい状況だった所に、うちの国との会談で青磁の器が出て来たと。

しかも、ト国では作らないティーカップとデザートプレートの形で出されたのを見た使節は、カーライル王国で青磁の釉薬を作れるようになったことに気付き、契約に至った、ということだった。


「青磁の作り方はアルト伯爵夫人からレンブラント伯爵へと引き継がれたことは、フレアージュ侯爵令嬢から聞いている。

レンブラント伯爵、青磁の作り方を、使節に伝授してもらうことは可能だろうか?」


ラトリア様は、いつものふやけた感じとはうってかわって、キリッとしてる。

違和感。


「国益に繋がるのであれば、是非もございません。」


王は鷹揚に頷いた。


「レンブラント伯爵には改めて褒美を遣わそう。

以上、大義だった。」


一斉にみんなが頭を下げた。私もそれに倣う。


…このやりとり、私とルシアンがいる意味ってなんだろう?

いや、ルシアンは次期宰相だからいいとして、私ですよ、私。


「さて、ようやくお目にかかることが出来たね、ミチル・レイ・アルト伯爵夫人。」


ひえっ!

いきなり来た!?


慌てて深くお辞儀をする。


「宰相や王太子からは話を聞いている。もっと早くに会いたいと思っていたのだけれど、宰相が許してくれなくてね。」


なんか随分砕けた口調になってるけど、なんで?!


「あぁ、すまないすまない。

力を抜くが良い。ト国との交易についてはもう話は済んだから。」


いやいや、そうもいかないでしょ?!

王様相手にそんな、じゃあどうもー、なんてやったら不敬罪で即逮捕だから!


「何事も準備というものがございます。陛下のその行動力は賞賛に値しますが、時と場合によりますので。」


直訳すると、お義父様の言葉は、ワガママ言ってんじゃねーよ、って感じか。


「それはそうだが、100年振りの転生者で、アルト伯爵夫人はこれまでどれだけの事案に関与した?

燕国との交易、ギルド、今回の件、全て国益に直結する内容であるのに、礼も言わせてもらえんとは。

いくらなんでも一国の王として傲慢であると思われてもおかしくない。」


「夫人が転生者であることをまだ公開出来ぬのですから、仕方ありません。」


王様相手にお義父様ってば引かないね。さすがだね。


「では何故、今回の招聘は許可した?準備が整ったと思って良いのか?」


「御意。」


おぉ、リアル御意。

私もちょっと使ってみたい。


「アルト伯爵夫人、宰相の許可は取れた。

王太子の婚約者とも親しく付き合ってると聞いている。

また遊びに来るが良い。」


「…ありがたきお言葉、頂戴いたします。」


えぇー、王宮に遊びに来るとか緊張するから嫌だなぁ。

あ、でも、モニカは将来王太子妃になって、王妃になるんだから、会うとしたら王宮なのか。


「アルト伯爵。」


王がルシアンに声をかける。


「そちの妻に褒美を与えたいのだが、夫人は大変無欲と聞いている。

直ぐにとは申さぬ故、褒美を考えておくように。」


「かしこまりましてございます。」


礼をするルシアン。


あぁ、ルシアンがカッコいい!

いつも紳士な対応だけど、こういう仕える姿というのもステキだね!




この後、二言三言会話をして謁見が終了し、王子から器を返してもらって屋敷に戻った。


あー、緊張したー。


ほっとしてカウチに寄りかかる私の横に、ルシアンは座る。

くすくす笑ってる。


「緊張しました?」


「しました。あのような至近距離で拝謁するとは思いもよりませんでしたわ。」


「陛下は以前からミチルに会いたいとおっしゃってましたからね。さすがに今回は父上も断りきれなかったようです。」


そんなやりとりしてたね、確かに。

準備がどうのとかも言ってたけど。


「陛下から何を賜りましょう?ミチル、何かありますか?」


「…贈り物は苦手です…。」


国王からの褒美のスケールがそもそも分からん。


「では、私が適当に考えておきますね。」


王からの褒美を適当て!


「お、お願い致しますわ…。」

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