023.分解

5人揃ってデネブ先生に呼び出されたので、放課後、先生の執務室に向かう。


「ごきげんよう、皆さま。」


先生の机の上には高さにして30cmはあろうかという書類のタワーが3つ程並んでいた。

…もしかしてこれー…。


みんな同じ思いをして見ていたんだと思う。先生はうんうんと頷いて、「ご想像の通り、調査結果ですわ」と言った。

やっぱり!これ全部って、凄いな!?

一体どれぐらいの人数の調査を?!


「これ、全部ですか…いつまとめ終わるかな…。」


ハハ、と力なく笑うジェラルド。王子の笑顔に力がない。

同感である。これはそう簡単に終わる量ではない。


うーん…ここにいるメンバーで、一番こういった書類整理が得意なのは私だよね、間違いなく。


「失礼します。」


書類タワーを何枚か上から取り、書かれている内容に愕然とした。

いや、今思えば、そうだよね…と思うことではあるのだけど。

それから他の書類も見る。あぁ、やっぱりか…。

ここにある書類は自由形式で記述されており、私の知りたいことが全て調査されているのかが大変疑わしいのだ。

つくづく、前世の事務がいかに発達していたのかが分かる。


険しい顔をしている私に気付いたのか、ルシアンも書類を覗き込む。


「あぁ、これは…まとめるのが大変そうですね。」


どれどれ?と他の3人も集まってきて、書類を見る。


「最低限調べておかなければならないことすら、一目で出来ているのかが分かりません。」


不幸中の幸いは、ざっと見た感じ、調査対象が誰なのかが記載されていることだろうか…。


あぁ、スキャナーとかプリンターとかパソコンとか、OCRが欲しい!


「あの…こちらでの文書はどういった形で作成、管理されているのでしょうか?」


先日の議事録のこともあって嫌な予感しかしなかったが、王子やジェラルド、ルシアンの3人から教えられた内容は、思った通りの内容で頭痛がした。

聞いてる途中から遠い目をしてしまった。最後の方に至っては、もう少しで悟りが開けるのではないかという境地に達する程に、心が無になっていた。


…うん、こりゃ、こちらの方法でやってたら完了するのに来年になってそうだ。


「先生。お願いがございます。」


「どうぞ、おっしゃって。」


「変成術を教えて下さい。」


魔力の器が胸部、腹部以外にもあることが発覚した為、講義を受けていなかった生徒の遅れを取り戻す為、通常よりも変成術の講義開始が半月程遅れることになったのだ。


「変成術で何かを作ろうとなさってるのね?」


はい、と頷く。


先生は私が転生者だということを知っている数少ない一人だ。

私の知識や技術を世の中に上手く溶け込ませる為、王室が先生に命令をし、先生はその代わりに国内での魔道研究における立場を約束された。


そこから、デネブ先生に先んじて変成術の講義を5人で受けた。


変成術とは、分解と組成の2つに大きく分かれる。

まず、その物質を構成する要素に分解する。この時、魔導値が高ければ高い程、より細分化出来るとのこと。その最低ラインが、魔導値80なのだそうだ。逆も然りで、組成するのに必要なのは80以上の魔導値となる。

ふむふむ。


デネブ先生は私たちの前に液体を置いた。無色透明な液体。においもしない。


「これは海水です。これを分解します。」


そう言って、先生は液体から白い粉を取り出した。

真水と塩分に分けた、ということなのだろう。

塩の色はほぼ白で量が少ないから分からないけど、色は混じってないように見える。ミネラルはあまり含まれていないんだな。


「ミチル、おっしゃりたいことがあればどうぞ。」


じっと塩を見つめている私に気付いて、先生が促す。


「あまり詳しくないのですが、私が知る世界では、海水は主成分の96.5%が水で、3.5%前後の塩で構成されているのですが、先生が分解した塩の量が液体量に対して多いように見えましたので…こちらの海は塩分濃度が異なるのかなと思ったのです。」


何故、海水の塩分濃度なんかを知ってるかと言えば、生落花生を買った際に、海水と同じぐらいの塩水でゆがいて下さいと不親切な説明が書いてあり、海水の塩分濃度をネットで調べたからだ。


先生はふふ、と笑うと、もう1つ、液体を取り出した。

それからその液体も分解したようで、本当にごく僅かの茶色がかった粉が出来た。


「最初に分解したのは、ルスツォ湖の水です。湖ですから海水とは言えませんけれど。塩分の多い湖ですね。後から分解したのは近海から採取した海水です。」


おぉ、塩湖か!


「ひと口に海水と言っても、こうして分解した際に構成物は異なります。

魔導値が低い場合、100mlの海水を分解した際に、質量が減ることがあります。」


ええ!質量保存の法則は何処に?!


「その減った質量は、何処に行くと思われますか?」


何処に、いくのだろう?


ルシアンが「術者の内部に蓄積します」と答えた。


デネブは苦笑し、よくご存じですわね、と言うと、話を続けた。


魔導値が80に満たない者が変成術を行うと、その術式の途中で身体の内部に取り込んでしまうという。

変成術は魔力を出力することで行っているように見えているが、実は体内の魔力と混じる。

その際に、変質すべきものが体内に残り、魔力の器に蓄積していく。そしてそれを繰り返せば、最終的に術者は死ぬのだという。

怖ろしい!


だから、魔導値が80に満たない者には、変成術そのものを学ばせてはならないと国が決めているのだそうだ。

そりゃそうだ。死ぬんじゃ教えられる訳がない。


「魔導値が80を超えると問題がないのは何故なのですか?」


「魔力の揺らぎがない為です。」


揺らぎ?


「変成術を行う際、継続して出し続けなければならない魔力量というものがあります。それが80未満ですと、途切れることがあるのです。厳密に言えば65なのですが、安全であるとされるのは80以上なのです。その為、変成術を行える者は80以上と決められております。」


ほほー。なるほどねぇ。

術者も人間だから、体調やら精神状態やらで瞬間出力が不足する状態は十分にあり得るということだ。

そういった懸念がないのが80か。差としては15もある。

数字差で言うと、大きいとも言えるし小さいとも言えそうだけど、魔導値に関して言うならば、大きいのだろうな。


「ここにいる皆さまは全員100を超えてらっしゃいますから、何の問題もございませんので、ご安心下さいませね。

さて、皆さまも分解を行ってみましょう。」


ではまず、ミチルから、と言われた。


「ここだけの話ですけれど、私、分解も組成も、初回で成功してしまって、教師をしているのになんですが、方法をどう説明すればいいのか分からないのです。」


うふふ、とちょっと恥ずかしそうに言うデネブ先生。

やっぱりか!魔石作成の時もちょっと思ったんだよね、それ!


変成術は、魔石を作成出来るようにならないと出来ない。

さっきの魔導値が足りない人の話からしても、自分の中の魔力と混じるのか…一度体内に取り込む感じ?

それとも指先から出た魔力とだけ干渉する感じ?


変成術の本は、世の中に出回っていない。教科書もないという。

それは、魔導値が足りない人が興味本位で手を出さないようにする為、メモすることすら許されない。

親が子に教えることも許されない。

それでも、一定数の人間がその末路を辿るという。


両手を海水の上にかざし、目を閉じる。

体内の魔力を手の平から出して、海水に触れるのをイメージする。

そうすると、なんか、海水がそれぞの色に分かれているようなイメージが頭に浮かんだ。

2種類の、色が違うものが頭の中に浮かんだ。

それぞれを色分けして2つに分けてみたところで、先生に名前を呼ばれた。

目を開けると、透明な液体と、白い粉があった。


「さすがですわね。説明なしで出来るなんて。」


「いえ、イメージはしました。もう1つの海水でもやってみていいですか?」


大きさも違っていたから、ザルみたいなものを想像しても分離させられそうだなー。

許可をいただいたので、今度はザルをイメージして篩いにかけてみた。

そしてやっぱり出来た。


自分のイメージ方法をみんなに話す。色うんぬんは言わないけど。

多分、デネブ先生がイメージしないでも出来るように、分離方法は人によって違うのだろうと思う。

だから、なんとなーく、魔力で物質に触れるあたりを話してみた。


とは言え、ここにいるのはみんな優秀な人たちだった訳で、すんなりと分解してました。


デネブ先生はにこにこして、「本当に皆さま優秀ですわー」と喜んでいる。


「今日は分解に慣れましょう。明日、組成をすることにします。」


それから先生が色んなものを持って来てくれて、分解しまくっていて気付いたんだけど、これ、本当は先生が分解しなくちゃいけない奴を、私たちにやらせてない…?

ちょっとそういう雰囲気をにじませて先生を見ると、肩をすくませてうふ、と笑った。

やっぱりか!




分解後、おなかが鳴りそうなのを必死にこらえていたら、先生がブラウニーをくれた。

それを5人で食べていたら、ジェラルドが余計なことを言った。

ミチル嬢の作ったブラウニーは美味しかったな、と。疲れて気が回らなくなっていたのだと思う。

自分の婚約者が、別の男にお菓子あげてました、なんて聞きたくないことだ。

言った直後、ジェラルドは王子に肘鉄を食らい、モニカが笑顔で威圧を送って、ルシアンは視線でジェラルドを殺しそうになっていた。


先生が私の作ったお菓子を食べたいと言ったことで、他のメンバーも食べたいと言い出し、今、私は豆腐ブラウニーを作ってる、という訳ですよ。


ボウルに全粒粉、ココア、ベーキングパウダーを篩い入れ、オーブンの余熱を始める。

電気オーブンだから予熱が時間かかるんだよね。

そういえば、新居は電気オーブンかな、ガスオーブンだといいな。ガスオーブン、使ったことないけど、余熱がめっちゃ早くて、熱が逃げにくくて良いって聞いたし。

明日、ちょっとルシアンに聞いてみよう。

木綿豆腐、砂糖、豆乳、油を同じボウルに入れてなめらかになるまで混ぜまくる。あー、フードプロセッサー欲しいよー。フードプロセッサーがあれば一瞬なのにー。


混ぜることしばし。液体系がなめらかになったのを確認してから、篩った粉の入ったボウルに入れる。

ちょうどオーブンの予熱が完了したおしらせが鳴った。よしよし。

泡だて器で粉と液体を混ぜる。ぐるぐると。ちょっとボウルを斜めにして、気持ち空気が生地に入って重くならないように混ぜる。

粉っぽさがなくなったのを確認したら、型の上から、少しずつ生地を重力に任せて落としていく。

ちょっとずつボウルを型から離れるように高さを上げて、空気が生地に入るように。

ボウルを傾けても生地が落ちなくなったら、へらでボウルに残った生地を型に入れていく。ボウルに最後まで残った生地は空気を含んでなくて重いので、火が入りやすいように、生地の上に乗るようにする。

生地を型に全て入れ終わったら、型の底を3度程ぽんぽん、と叩いて大きすぎる空気が抜けるようにしてからオーブンに投入し、焼き始める。

そうだ、今度ルシアンにチーズケーキを焼こう。

アスコットタイも買いに行かなきゃだし。ピンもね!香水と時計もね!

誕生日もそういえば知らない!婚約者として、これはいかん。

そういうところを皇女にツッコまれてはいかんのじゃ。

顔も知らぬ皇女に、貴女、婚約者なのにそんなこともご存知ありませんの?とか言われてるのを妄想して、むかっとした。

これは、ルシアンを質問攻めにせねばならんな…。

ブラウニーが焼きあがるまで暇だし、質問表でも作っておこう。




ランチ後、研究室に来た私とルシアン。


「そんな訳で、お互いのことを知って、皇女が付け入るスキを与えないようにしたいと思うので、質問に答えて下さい、ルシアン。ルシアンも私に質問して下さいね。」


「それで、その紙を用意したんですか?」


「そうです。」


ふふふ、生年月日、趣味、好きな花、好きな色、好きなお菓子、好きな料理、好きな本、好きなスポーツ、これの反対で嫌いなものなど、です。

話しながら脱線していって、新たな情報を得る、なども考えられますからね。


「私への質問は、無意味だと思いますよ?」


む。

何でよー!せっかく色々書いてみたのに!


ルシアンは私の手から質問表を奪うと、質問を読んで言った。


「趣味はないですね。強いて言うなら、読書ですね。」


「え?でも、中学の時、よく図書室にいたじゃありませんか?」


「えぇ、ミチルに会う為に。」


「!」


え、今ちょっと、さらっと言ったけど?

いや、あの時から好きだったとは聞かされてるけど、図書室通い、私に会う為?

散々好きだなんだ言われてるのに、まだ慣れられなくて顔が熱くなる己が憎い!


「私のことを、本の虫だと思っていたでしょう?」


思ってました!

だってまさか自分に会う為に来てるなんて思う奴いないよ!

!キャロルなら思いそう!


「好きな花は、桃の花をミチルに贈ることでしょうか。結婚したら毎日薔薇を贈ろうかと思うのですが、本数で迷ってます。101本もいいですが、999本もいいなと。どちらがいいですか?」


「…っ!」


101本の薔薇は、これ以上ないほど愛してます。

999本の薔薇は、何度生まれ変わってもあなたを愛する。


毎日だと?!


「そんなにいりません!あと毎日も不要です!」


そりゃちょっと、記念日とかには欲しいけどさ。

結婚記念日とかに赤い薔薇とかさ。ちょっと想像しちゃう。


「分かりました、記念日ですね。」


「ちょっ、私の考えを読むのは止めて下さい!」


ルシアンが新たなスキルを身に付けそうで怖い!


「好きな色は青です。ミチルによく似合うので。

えーと、次は好きなお菓子ですか。チーズケーキが好きですが、ミチルが作ってくれたお菓子は全て好きです。

料理は、照り焼きチキンですね。あれは本当に美味しいです。

本は特にありませんが、最近は転生者関連の資料を父から借りて熟読してます。

スポーツは乗馬ですね。ミチルが乗馬が好きなので。」


ちょっとちょっとちょっと、さっきから全てに私が絡んでるんですけど!?


あわあわしてる私に、ルシアンは「だから、無意味だと言ったでしょう?」と言い切った。


「嫌いなものは特にないですが、一言で言えば、ミチルが嫌がるものですね。」


うぐ…ここまでくると偏愛すぎる!


「で、では、今度は私のことを知って…。」


質問表を私に返すと、ルシアンはにこっと微笑んだ。

な、なんだ?


「ミチルの好きな色は青と白と濃いめの緑ですよね。

お菓子はアップルパイ、マカロン、エクレア、シフォンケーキ。

料理は和食。特に魚の煮つけが好き。あとは五目煮と煮浸し。

本はミステリー小説。アンクルモアシリーズが特にお気に入り。

スポーツは乗馬とジョギング。見るのであればテニス。

白い花全般がお好きですよね?」


ひぃ…っ!

何で全部知ってんの?!


「父がミチルを調べた時の調書を、私も見させていただいておりますから。」


え、そんな趣味嗜好まで調べるの?!


「転生者かも知れないと思ってから、そういった点を重点的に調べたようですよ。」


あー…なるほど。

以前のミチルとは180度趣味嗜好が変わってるもんなぁ…。

今更ながらに己の迂闊さに頭痛い…。


お互いを知るつもりが、自分だけ相手を知らなかったっていうオチだし…!

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