018.擬態失敗

魔石作成の授業では、私とモニカが補助をし、更に魔石を作れる生徒が増えた。


ルシアンのクラスでは王子とジェラルドとルシアンが補助を。

当然の如くキャロルはルシアンに補助してもらおうとしたらしいが、そこはデネブ先生が補助したらしい。

キャロルさんは魔力量が多くて制御が難しいでしょうから私がとかなんとか。

さすがっス。


王室から特別なお計らい、というのがあって、私たち5人が自由に使っていい部屋が用意された。

研究に使ってね、というもので、元は教員用の物だったが、丁度空いてる部屋があったので、そこを使わせてもらえることになった。

私たち5人は、ランチを食堂で食べると早々に研究室に入って、外部をシャットアウトすることにした。

何故なら…。


「ルシアン様!この後教えていただきたいことがあるのですが!」


「先生に聞いて下さい。」


この、にべもなくされてるのは、勿論キャロルだ。

何をどうなってそうなったのか、キャロルの精神状態は華麗にも?復活し、またルシアンの周囲をうろつき始めた…。

そんな訳で、キャロルからの避難所として研究室に逃げることが常となった。


キャロル、まだルシアンのこと諦めてなかった!

恋する乙女は強いと言うか、一途と言うのか何なのか。


前世で私の死亡原因になった、恋愛脳こじらせて不倫の末のど修羅場を作り出した後輩が思い出された。

あー、何か似てるかも。

真実の愛がどうのとか、運命がどうのとか明後日なことばかり言って働かなくて、いつもその尻拭いをやらされて腹が立っていたことまでフレッシュに思い出して来ました。

同じ系統であるなら、キャロルもその内私に刃物でも突き付けたりするのかな。

…はっ!まさかそれで転生を?!またそれで?!

ちょっと呪われ過ぎじゃない?!


「どうかしましたか、ミチル嬢、表情が険しいですよ?」


王子が心配そうに声をかけてきた。

…あ、そうだ。

今は5人で研究室にいるのだった。


「…申し訳ありません、ちょっと、過去のことを思い出しておりまして…。」


ルシアンはスッと近付いてきて、心配そうに私を見つめる。


「大丈夫ですか?記憶の混乱などは?」


混乱?

確かに思い出したくないことを思い出してもやもやはしてるけど、混乱はしてないな。


私は首を横に振った。


「大丈夫です。」


それならいいのですが…と歯切れの悪い言い方をするルシアン。こんなルシアンは珍しい。


「ルシアンこそ、大丈夫ですか?」


「私はミチルが心配なだけですから。」


お茶が入りましたわ、とモニカに声をかけられたので、部屋の真ん中にある6人がけテーブルに座る。


「そろそろ、話してもいいだろう?」


ジェラルドがそう言って王子、ルシアン、モニカの顔を見回す。


「?」


何の話だろう?

あ、もしかして研究についての話だろうか?


王子は戸惑った表情のまま、ルシアンは変わらない。

モニカはふぅ、と一息ついて、賛成しますわ、とジェラルドに言った。


心なし、空気が重い…ような…?


仕方ない、と王子も言うと、顔を上げて私を真っ直ぐに見た。


「ミチル嬢、君は転生者だと聞いたのだが、間違いないだろうか?」


「!!??」


「…本当にそうなのか…。」


ああ、あまりにびっくりしてごまかすことさえ出来なかったよ。

突然のことに、なんか喉が渇いてきた。


「父が、ミチルは転生者の可能性があると言い出したのです。」


話し始めたのはルシアンだった。


アルト侯爵か…それなら、あり得そう。

迂闊にも侯爵の前で中国茶入れちゃったりしてるし。

でも、それだけで転生者とは判断しないと思うんだけどな…。


ルシアンの話によると、ルシアンと私の婚約時にアレクサンドリア家のことを調べた結果、私があの家の中で異色であったこと、ある時を境に全く別の人格に変わっていることなどがまず、侯爵に報告されている。


貴族の令嬢らしからぬ言動は、破天荒なようでいて、別の根拠に基づいているということが分かったこと。

破天荒に思い当たる節しかなくて冷や汗が出る。


別の世界の記憶があるからこそ、魔道に関する別の視点があるのではないかとのこと。

先日の魔石を加工してうんぬん、もこの辺に含まれるらしい。

アルト家での馬に人参、なんかもそう。蹄鉄もバレてた。


…でも、それで私を転生者だと思うのは…いや…ちょっと…外部知識を持ち込み過ぎたか?

と言うか、いつからそう思っていたんだろう?

いつから私を、侯爵は試していた?


よっぽど私は険しい顔をしていたのだろう。

王子が慌てたように否定した。


「あぁ、勘違いしないで欲しいのは、転生者だからと言って私たちは気にしない、ということなんだよ、ミチル嬢。

そもそも私たちは、今のミチル嬢しか知らないから、以前のミチル嬢がどうのとは思わないし、以前のミチル嬢だと、大変失礼ながら、これほどお近付きにはなっていないと思う。」


困ったように王子が言う。その横でジェラルドもうんうんと頷く。モニカも。


あぁ、そうか。

前世の記憶を取り戻したのが中学の入学式だから、みんなは今の私が入ったミチルしか知らないのだ。


「転生者という存在は、ごく稀に存在するが、そのことは基本的に秘匿される。国の上層部しか知り得ない情報だし、記録に残っている前回の転生者は100年以上前だ。

その文献を侯爵は読んで知り得ていた為、ミチル嬢のことにも気が付いたようだった。

私たちは侯爵から教えてもらって、転生者の存在から、ミチル嬢がその可能性があることを知った。」


ほほー。私が初の転生者ではないのか。


なんかちょっとホッとして、モニカが入れてくれた紅茶をひとくち飲む。美味しい。


「転生者が持つ技術や知識は、この世界には無い画期的なものが多い。転生者が現れた場合は、その国の王族やそれに準ずる重鎮の血族との結婚が推奨される。

ミチルの場合はルシアンとの婚約がこれに該当するね。

皇国に気付かれる前に我が国がミチルを取り込めたのは僥倖だと言える。」


ってことは、皇国に気付かれたら私は…。

ひぇー、なんか聞いてると皇国関連はロクなのがないんですけどー!!


「ミチルの場合は、婚約してから転生者だと気付いたと侯爵は苦笑していたよ。

だから、ルシアンの目が素晴らしかった、と言うべきかもね。」


「転生者でも何でも構いません。私はミチルがいいのです。」


あまりにもはっきり言い切るルシアンに、さすがに王子とジェラルド(と私)は顔が赤くなった。

モニカはいつものようにうふふ、と嬉しそうだ。


君の、前世の話を聞いてもいいだろうか?と王子に聞かれたので、私も諦めて話すことにした。


前世の話、と言っても何を話していいのやら。

仕方がないので、民主主義国家で、王政ではない、というような話はした。

ただ、王家に該当するものはあり、国民は最大限の敬意と尊敬を基本払っている。


階級制度は存在せず、魔力も存在しないが、魔道具のような高度な技術がそこかしこに存在し、それにより国民は安定した生活が送れている。


前世では電気、というエネルギーが存在し、この世界の魔力のようなものだが、人から抽出するものではない、というような話もした。


「そんな世界なら、みなが幸せに生活出来そうだね。」


「いいえ?」


みんながぎょっとする。ルシアン以外。


「人の欲望には際限が無く、貧富の差も激しく、国同士が争うことは勿論のこと、宗教が異なる為に起きる戦争もあります。

ちなみに私は、男女関係の縺れに巻き込まれる形で命を落としました。」


殺された、と言ったものだから流石のルシアンも心穏やかではいられなかったようで、私の手を握ってきた。


「私のいた国は一夫一婦制で、婚姻関係にない異性との関係は不道徳と看做され、法律により罰則の対象となります。

既婚の上司と独身の後輩が不貞を働き、上司の妻が職場に乗り込んで来て修羅場になり、刃物を持ち込んで…それに巻き込まれて絶命、です。」


淡々と話すことでもないんだろうけど、淡々と話すしかない過去の話なんだよね、これが。

もう何もかも終わったことだから。


「他は何を話せばいいのか思いつきませんので、質問していただいたらその都度お答えします。」


ルシアンの私の手を握る力が増す。


「大丈夫ですよ、ルシアン。」


何が大丈夫かは自分で言っててよく分からんけど。


「そんな辛い過去を背負ってらしたんですね。」


辛い?

うーん…辛くなかった訳ではないし、面倒さも大変さもあったにはあったんだけど…。


「前世の私は、あまり良い人生を送ってはいませんでしたけど、不幸だった訳でもないですし、悔いみたいなものは無いのです。

目標みたいなものもありませんでしたし、特別大切な人もおりませんでした。

今はとても恵まれた環境にいて、目標もありますし、そうですね、今は幸せです。」


10代の少年少女にはちょっとショッキングな内容だったみたいだ。

なんかこっちのほうが申し訳なくなってきた。


「ミチル様は何処か達観してらっしゃると思っておりましたけれど、そう言った記憶がおありだったからなのですね。」


「現在の肉体の年齢よりも上の年齢でしたからね。」


…んー、そういえば、これ、ルシアン大丈夫なのかな?

身体こそ若いけど、中身は…。


私の視線に気付いてルシアンがにこっと微笑む。


「ミチルの達観した精神構造は好きですし、恋愛に関しては経験値が低いそのアンマッチさが大変好ましく思えてますので、安心して下さい。」


「!!!」


恥ずかしくて思わず顔を手で覆いたいのに、ルシアンが片手を掴んでるので、片方しか隠せない!

くそう!


ジェラルドがこほん、と咳払いをした。


「あー、続きは二人の時にしてくれ。

まぁ、そんな訳だから、ミチル嬢。気にせず過去の知識や技術はオレたちに披露してくれ。それをどう活用していくかは一緒に考えたり、ものによっては上に確認してもらうから。」


それと、申し訳ないが、アレクサンドリア伯には内密で頼む、と言われたが是非も無い。

あの愚物になんてとんでもない。


「おっしゃりたいことは理解しております。私もその考えは最初からありません。」


色々やりたいと思っていたけど、結婚するまで我慢するしかないかーと思っていたので、この状況はウェルカムだ。


私は儲けたいとか名声も別に欲しくないし。

自分に必要なものを作りたいだけだ。それが広がって、更に改良されるなら良いことだし。


「ミチルはまず、変成術で何をしたいですか?」


うーん、まずは生活の充実を図りたいなぁ。

中国茶器セットを作ったり、ハンドミキサーを作ってシフォンケーキ作ったり?


「私自身、大したものを作りたいという欲求はないので、前世で便利だったものを作ることになるかなぁ、と思ってます。」


「それだとまず、茶器ですか?」


みんなが首を傾げる。

何故茶器?と疑問に思ったのだろう。


「作ったらご馳走しますよ。美味しいト国茶。」


「ト国茶って不味いなって思ってたけど、淹れ方が違うのか…。」


ジェラルドが渋い顔で言う。あまりの渋さに思わず笑ってしまった。


ト国茶自体は国内に普及しているものの、淹れ方を知らない為、流行ってはいない。


「ただ、あの淹れ方を毎回は出来ませんから、もっと簡単に淹れられる茶器も作らないとですね。」


それは良いですね、とルシアン。先日以来、ト国茶にハマっているらしい。


「それが上手くいけば、ト国茶が流行るかも知れないね。他国でもト国茶の飲み方が我が国と同じであるなら、流行る可能性は高い。

ト国茶の独占契約を我が国が結ぶのはありか…。」


おぉ、輸入貿易だわー。


「皇国から独占禁止法が施行されるまでに沢山稼がないとですね。」


全員が同時に、独占禁止法…と呟いた。


「皇国ならやりかねないな。」


…本当、皇国って…。


「最初から皇国抱き込めばいいんじゃないですか?

それか、各国との間の関税率を関係性に応じて変えるのもありですよね。皇国だけ一番低くしておくとか。」


って言うか、こっちの世界の貿易ってどうなってるのかなー。

関税とか。

そう言えば貨幣価値とかってどうなってるんだろう?

銀行ってあるのかな?


いきなりジェラルドにガシッと両肩を掴まれた。


「!」


「ミチル嬢は貿易の玄人なのか?!」


ルシアンとモニカが無言でジェラルドの指を私から一本ずつ外していく。

ジェラルドもハッと気付いて手を離し、すまない、と謝ってきた。大丈夫ですよ、と答える。


「玄人ではないです。前世では、割と一般的な知識ですね。」


識字率や、知識や常識という意味で、前世はこちらの世界とは比べものにならない程に水準が高い。

ただ、知ってるけれど、プロではないからなー。

精々、平等交易の為にそういったものがしばらくしてから出てくるよー、ということが言える程度だ。


モニカはため息を吐くと、「女性でありながら、この知識の豊富さ…。ミチル様の前世は凄い世界だったのですね。」


こちらの世界が前世で言うところの1920年代ぐらい(ダウン●ンアビーぐらいかなと推察)の文化だとするなら…。


「そうですね、100年後ぐらいが私のいた世界でしょうか…。」


しかも近代の100年の進歩は凄まじいからなぁ…。


100年後、とジェラルドは呟くと額に手を当てた。


王子が久々に黒い笑顔をして、「ミチル嬢が他国に転生していたらと想像してしまって。ふふ…」と笑った。


王族、未来の王からすれば、他国の文化レベルが100年単位で向上した場合、その国の進歩の方向性にはよるだろうけど、自国が割りを食う確率は上がり、出遅れてしまうことは想像にかたくない。


今回の転生者は私みたいな一般人だからいいけど、もっと凄い人だったら…王子のような黒い笑顔も浮かぶというものだろう。


そう考えると、確かに転生者は、程度によるだろうけど、囲い込みたくはなるかもね。

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