第34話 立ち上がる

 廊下に散らばった野菜を段ボール箱に戻していく。ジェシカが手早かったお陰で、悲惨な状態だったはずがあっという間に片付いてしまった。放り投げた鞄もジェシカが拾ってくれて、ナミの手元に戻った。

「奇跡的にトマトは無事だわ」

 ジェシカは、ビニール袋の中に入っていたトマトをナミに見せて言った。

「本当ですね」

「その代わり、食パンが潰れちゃったけどね」

 そう言って、今度はトマトの下敷きになっていた食パンを見せてくれる。食パンは中央部分が思い切りへこんでいた。

「トマトが潰れるよりはいいです。焼いて食べれば同じですから」

「確かにそうね」

 ジェシカはくすっと笑う。

「それにしても凄い量」

 拾い集めた食材を見てジェシカが言った。

「本当ですね……。どうしよう」

「何も考えていないで買ったの?」

 ナミは頷いた。あのときはとにかく早く買い物を済ませたい思いに駆られていた。

「まあ、そういう時もあるよね。ねえ、良かったら買い取ろうか?」

「ええ!?」

 ジェシカは立ち上がり、腰に手を当てて食材を指さした。

「だってあんた、この食材ダメにする前に全部使いきれるの?」

「それは……」

「今日の夕食にも使えるしさ」

「でもお金貰うわけにはいかないので、よかったらあげます」

「そういうわけにはいかない」

 ジェシカが譲らないので、ナミも抵抗した。

「私もそういうわけにはいきません。ご飯作ってもらうのに、食材のお金まで頂けません」

 すると、ジェシカはにやりと笑う。

「あ、夕食行くっていったね?言ったよね?」

 さっきははっきりとした答えをくれなかったナミが、夕飯を一緒に食べる前提で話している。ジェシカはそれが嬉しかったようだった。

「ジェシカさん!」

「あはは!いつものナミに戻った!」

 ジェシカはそう言うと、玄関の方へ歩いていく。

「ちょっと財布とってくるから待ってて」

「本当にお金はいいですって。私、これ一回投げているんですよ?」

「じゃあ、二割引きでどう?」

 その提案に、ナミは唸った。買った食材を二割引きでジェシカに提供する。お財布には優しいし、ナミの気持ちにも多少整理がつく。しかしそれでいいのだろうか。

「う、うー……ん」

「よし、決まり」

 だが、ナミが迷っているのを見るとジェシカは二割で買い取ることを決めてしまった。

「えっ」

「悩んでいるってことはそうした方がいいってことでしょ。年上がそういってんだから、厚意には甘えなさいって」

 そういうと、ジェシカは財布を取りにナミの部屋を出て行ってしまった。部屋に残されたナミは、小さな声でお礼を言った。

「……ジェシカさん、ありがとう」

 ナミはある程度片付いた廊下を見渡すと、ゆっくりと立ち上がった。

 するとその時、外の方でジェシカが子供たちと話をしている声が聞こえた。どうやらカイルの弟・マイロも帰って来たようである。

(ジェシカさんも完璧じゃない……失敗があったんだ……)

 だけど、カイルはジェシカを恨んでいる様子はまるでない。今より小さいころの出来事だから忘れてしまったことなのかもしれないが、それでも彼は母親と楽しそうに会話をしている。

(大丈夫かな、私も……)

 ナミは手を胸の前で組んでぎゅっと握った。

 怖い。ユイカに拒絶されることが怖い。嫌われたくない。

「でも、向き合わなくちゃ……。ユイカが来た理由も、預けられた理由も分からないけれど、それでも私の所にユイカが来たんだから」

 ナミは鞄を持って玄関を開けた。

 ユイカを迎えに行くために。

 

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