第18話 キャンディー

 ナミは、俯いて唇を噛み締めると、膝の上でぎゅっと拳を握った。

(ここが託児所じゃないことは、言われなくても分かってる……)

 ナミは苛立っていた。

 単純にユイカを助けることができる方法を探しているのに、それが上手く行かない。ユイカの傍にいたいだけなのに、今よりも未来さきのことを話されてララとの会話は決裂してしまった。

「ナミさん……?」

 ナミが怖い顔をして黙っているので、ユイカは堪らなくなって声を掛けた。すると彼女ははっとする。

「あ……、ごめん」

 ナミは大きく深呼吸をすると肩の力を抜いた。そして彼に笑顔を向ける。

「とりあえず、帰ろうか」

 ララに帰れと言われたのだから、帰るしかない。それからどうするかは歩きながら考えようと思った。

 ユイカはそんなナミを見て戸惑いながらも頷く。

「……はい」

 ナミがユイカを連れてバックヤードから出ると、そこにはララの姿はなかった。

「あの、ララさんは?」

 ナミはレジに立っていたセツナに声を掛けると、彼は素っ気なく答えた。

「少し外に出てくるって」

「……そうですか」

 そう呟くと、ナミははっとしてセツナに言った。

「あ、あの、ちょっと今日はこれで早退します。ララさんは知ってます。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」

 するとセツナは、黒い前髪に隠れた緑色の瞳をナミに向けて小首を傾げた。

「不調?」

 体調のことを聞いているのだろう。ナミは軽く首を横に振った。

「いえ、そういうことではないのですが、ちょっと色々あって……」

 ナミはそう言って、顔を店の外に向ける。すると丁度目の前に親子連れの姿が目に入った。父親と母親の間に一人の子供。子供は父と母の手をそれぞれ握り、ジャンプをすると両親が腕を引っ張ってくれるので、さらに高く飛び跳ねていた。

「……」

 セツナは、親子連れに釘付けになってしまっていたナミを見ると、徐にレジの前に置いてあったキャンディーが入った袋を手に取り会計をする。すると、買ったばかりのそれを開けると、何個か手に取りレジ越しにユイカに手渡した。

「ほい」

 ユイカは目をぱちくりと開いてセツナを見た。

「え?」

「キャンディー嫌い?」

 戸惑いながらも彼は答えた。

「ううん」

「じゃあ、貰っときなよ」

 そう言われて、ユイカは小さな右手をセツナに差し出す。するとその手に綺麗な包み紙にくるまれたキャンディーを3つ握らせてくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 その時、外に気を取られていたナミが気が付いてはっとする。

「あの、セツナさん?」

「ちゃんと買ったから大丈夫だよ」

「あ、いえ、でもそうではなくて……私が買えばよかったですよね、すみません」

 すると、セツナはにこりともせずに言う。彼はいつだって笑わないのだ。

「別に俺がしたくてしただけだから。それに子供は大人からもらえる特権をもってるもんだよ」

「特権?」

「そう」

「……」

「あと、理由は何でもいいけど気を付けて帰りなね」

「理由?」

「不調じゃないんでしょ?」

「あ、えっと、はい。ありがとうございます」

 ナミがセツナに頭を下げるのを見て、ユイカも真似して頭を下げる。

「ありがとうございます」

「うん」

 店を出てからナミがユイカに「よかったね」と言うと、彼はにこっと笑って頷いた。余程嬉しかったようである。

(セツナさんって、子供好きなのかな?)

 ナミはそんなことを思いながら、ユイカと共に帰り道を辿るのだった。

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