第16話 相談
ナミは準備を整えると、ユイカを連れて「スイピー」へ向かう。空は良く晴れていて、太陽の強い朝日の光はシュキラの町を白っぽく浮き上がらせていた。
ナミが住んでいるアパートは丘の上の方にある。「スイピー」はそこから十段ずつある階段を三つほど下りて丘の中腹辺りに来ると、大きい通りに出る。そこを西側に五分ほど歩いてゆけば、「スイピー」に辿り着く。
ナミはユイカが持っていたリュックに、氷水を入れた水筒とティッシュやハンカチを入れて持たせる。着替えなどは重くなるのでナミの部屋に置いていくことにしたが、ユイカが持ってきた大切なものはそのまま入れてやることにした。
(写真が入っているのかな……)
ナミはユイカのリュックの中に入っていた、手帳くらいの大きさの茶色い革のケースを見ながらそう思った。だが、見る気はなかった。きっと仲の良い家族写真が写っているはずだ。そしてそれを見て、自分は多分素直に祝福できないだろう、とそんなことを思った。
(嫌な女……)
ナミは心の中でそう呟く。ユイルに好きな人ができて結婚したからユイカがいるのに、その過程を喜べない自分がいる。それがナミの悪い所であり、自身ですら嫌悪するところだった。
ナミはゆっくり息を吸って長く息を吐きだすと、笑顔を取り戻しユイカの手を取った。
「じゃあ、行こうか」
温かくて小さな手が、ナミの手を強く握り返す。
「うん」
(今は、この手にその温もりがあればいい……)
ナミはそう思いながら、ユイカと共に職場へと向かったのである。
本来の出勤時間から一時間半ほど遅れて「スイピー」に着くと、店の外の掃除をしていたララがナミとユイカの姿を見るなり目をぱちくりとさせていた。
ナミはララがどんなことを言うのかを想像しながらも、あえて普段通りに挨拶をした。
「おはようございます、ララさん。すみません、遅くなりました」
「おはよう、ナミ。そして――」
ララはちらちらとナミの隣に立つ少年を見た。
「この子が電話の子、よね?」
「はい。そうです」
ナミの肯定に、ララは自身の好奇心を好奇心をさらけ出した。
「へえ!」
ララはユイカと同じ視線になるようにしゃがむと、名前を尋ねた。
「名前は何て言うの?」
「ユイカ・イルクラナスです」
「ユイカ君か。ねえ、年はいくつ?」
「六才です」
ナミはこのときユイカの年をはっきりと聞いて、「ああ、やっぱりあの時に生まれた子供なんだ」と納得した。
「六歳か。それにしても、しっかりした子だね」
「そうですね。教育が行き届いているみたいです」
ナミがララに同意すると、彼女は立ち上がって言った。
「とりあえず、お店の中に入って話をしましょうか。セツナ、悪いけど店番お願い」
すると、お店のレジの所にいた黒髪の青年がこくりと頷く。セツナは童顔のせいで分かりにくいが、ナミよりも二つ年上でこの店の同僚であり先輩だ。彼は物静かで、言葉足らずなところはあるが、ナミが失敗したり分からないことがあっても怒ったりしない。いや、怒ることはあるが、言葉で八つ当たりしたり嫌な態度をとったりはせず、きちんと注意すべき点を注意してくれるし、上手くできると褒めてくれるのだ。ナミが針子として働いていた時に、自分よりも年上のお姉さま方が気にくわないといちいち文句を述べたり、一つ駄目なことがあると全て悪いときめつけられてきたことに比べると、セツナの接し方はとても好感が持てた。
「すみません、セツナさんお願いします」
ナミもレジの前を通って店の奥に行くときセツナに挨拶をすると、彼は静かに頷いた。
「うん」
彼はユイカのことがあまり気にならないようで、ナミ達が目の前を通って行ったあとは、いつものようにゆっくりとレジの周りの整理をし始めるのだった。
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