第9話「メシアの直感」

 「……嬢ちゃん……」

 

 リーサがメシアの前から姿を消して数時間。ベッドから見える外の景色は、夕焼けと色を変え始めている。そんな外を眺めながら、メシアは自分の身体から毒の効果が完全に消えた事を確認する。

 

 「よし……!」

 「何処へ行こうと言うのかしら?メシア」

 「っ……!?」


 メシアがそう呟いた瞬間、入り口で腕を組んで微笑むフレアが立っていた。


 「……久し振りね、メシア。怪我の具合がどうかしら?」

 「フレア……本当に久し振りね。何しに来たのよ、あんた」

 「あらあら、お見舞いに来てあげたのに随分な物言いね。私の愛娘を止められず、のうのうとベッドで寝てるのにぃ?」


 フレアは挑発するような笑みを浮かべて、ベッドに座っているメシアの顔を覗き込む。その行動に苛立ったのか、メシアは嫌悪感を包んだ表情を浮かべて言った。


 「冷やかしに来たのならさっさと帰れ!アタシは忙しいんだ!」

 「あら、そうなの?私にはそうは見えないけれど?」

 「ぐぬぅ……で?何しに来たんだよ」 

 

 メシアは不貞腐れながらフレアに問い掛けた。そんなメシアを見ながら、フレアは肩を竦めながら告げる。


 「私の愛娘が、私の剣を持ってあなたの家に来た盗人を討伐しに行ったわ。あの人は仕事で知らないけれどね」

 「自分の娘を危険に曝すなんて、正気の沙汰とは思えないな」

 「それは私も同感ね。けれど、シェスカも居るし問題は無いと思うわ」

 「シェスカ?……あぁ、あんたが雇ったメイドか。本当に大丈夫なんだろうな?」

 「盗人程度に負ける程、私の娘は柔じゃないわ。それにあの子、あの人の血も受け継いでいるのよ?あなたも感じたんじゃないかしら?」


 フレアにそう言われた瞬間、メシアは出て行った時のリーサの様子を思い出していた。見た目は可愛らしい黒髪を揺らす少女だった彼女が、出て行く瞬間に見せた一面。その空気を目の当たりにしたメシアは、頬を指先でなぞりながらフレアに告げる。


 「確かに11歳とは思えない圧だったな。あんたらの間に産まれた子供っていうのは、あれで納得出来たよ。けれど、それと実戦は違う。経験の深いアタシらなら、それを痛い程に理解してるはずじゃないのか?」

 「そうね。いくら圧力が優れていても、いざ戦う時に萎縮しまっては意味が無いものね。……けど」

 「……?」

 「私の娘、リーサはそこら辺に居る子供と一緒にしない方が良いわよ?あの子は幼い頃から、剣術指南を受けていたのよ。もし萎縮せずに動けたのであれば、実力差が開いていても対処するはずよ」

 「何だよ。偉く自信満々に言うじゃねぇか。何か勝算でもあるのか?」

 「勝算?そんなの無いわ」

 「じゃあ何でそんな自信満々なんだよ」


 メシアがそう問い掛けると、フレアは口角を上げながら髪を耳に掛けながら言うのであった。


 「――私の娘だからよ」

 「はぁ……」


 そんな事を言うフレアに溜息を吐きながらも、メシアは感じていた。彼女の娘であるリーサが、また笑顔で自分の前に現れてくる。そんな未来が絶対に来るという確信が頭の中で巡っているのである。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その頃一方……リーサを背後へと控えさせているシェスカは、未だに盗賊と対峙していた。振り下ろされる斧には土属性の魔法が付与され、威力も強化されている為に一撃一撃に重みが生じる。

 その重みに耐えながらも、シェスカは反撃の隙を突く形で間合いを作っていた。


 「――はぁあ!!」

 「おらおらぁ、どうしたぁ!!」

 「くっ……(迂闊に近付けば攻撃は当たるのに、彼の圧力に負けて踏み込みが当たらなくなってしまう。何よりも、これ以上の威力を出せば洞窟に支障が出る恐れがある。お嬢様に危害があっては意味が無い)」

 「余所見してんじゃねぇぞ!!ごらぁ!!」

 「しまっ――!?」


 背後へと視線を向けたシェスカは、身を包んでいた警戒心が薄くなってしまった。その隙を見切った男は、威力をさらに上げて思い切りの良い薙ぎ払いを繰り出した。

 回避するのが間に合わないと判断したシェスカは、両手を盾にしながら防御魔法を展開して防ごうとした。だがしかし、その威力は防御魔法を貫き、重い一撃がシェスカへと直撃してしまった。


 「がはっ……ぐっ……」

 「ハッハッハ、少し傷付けちまったが、手加減して損は無かったなぁ。これで売る前に遊んでもバレない程度にはなってるし、俺様の配慮は完璧だなぁ。ハッハッハ!」

 

 ――火の精霊よ、我が敵を撃て!


 「んぁ?」


 倒れたシェスカに近寄り、手を伸ばした男。その手がシェスカに触れる寸前、小さい声で唱えられた詠唱が男に耳に入る。動きを止めた男は、入り口の奥へと視線を向けたその時だった。


 「――フレアショット!」

 「……お嬢、様……」


 威力は小さいが素早い牽制が出来る弾丸魔法。それを放ちながら、リーサがシェスカの元へと駆け寄った。フレアショットを放つ者が誰なのか、それを理解した瞬間に男はニヤリと笑みを浮かべて言った。


 「ハハハハ、これは良い。上玉が上玉を連れて来やがった。この二人を売れば、俺様は遊んで暮らせるだろうな!ハッハッハ」

 「……お疲れ様でした、シェスカさん。後は私がやりますから、少し休んでいて下さいね」

 「お嬢様……!」

 「スリープ眠れ


 何か言いたそうなシェスカだったが、それを遮るようにリーサは眠りの魔法をシェスカに付与した。寝息を立て始めたシェスカを壁へと背中を預けさせ、リーサは溜息混じりに男の方へと振り返って言った。


 「……お待たせ致しました。ここからは、私が貴方のお相手を致します」

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