30、揚羽への誕生日プレゼント
四時限目の授業が体育だったこともあって、屋上に行くのが少し遅れてしまった。
屋上に通じる扉を開けると、少し熱を帯びた風が屋内に吹き付けてくる。
すっかり人が増えてしまった屋上を見渡して、揚羽の姿を見つけた。
待たせてしまっていたらしい。
ボクが揚羽を見つけるのと同じタイミングで、揚羽もこちらを見つめていた。
屋上の端にあるベンチに歩み寄りながら声をかける。
「ごめん、少し長引いて」
「ハルくんはそれ以外にあたしに謝ることがあると思うんだけどなぁ」
朝のやり取りをまだ怒っているらしく、揚羽はつんと唇を尖らせたままそっぽを向いた。
そうしながらも、ベンチの隣は空けていてくれていることに思わず頬を緩めていつも通り隣にそっと腰を下ろした。
そっぽを向いたまま弁当を膝の上に広げる揚羽の肩を、トントンと叩く。
「揚羽」
「な、なに」
「誕生日、おめでとう」
ぶすーっとした表情でボクの方を向いた揚羽に、後ろ手にずっと隠してあった紙袋を差し出した。
揚羽は一瞬、面白いぐらいに目を丸くして固まると、徐々に状況を飲み込めたのかパッと笑顔になった。
「え、どうして、ハルくん、覚えてたの?」
「そりゃあ覚えてるよ。忘れてるわけないでしょ」
「だ、だって、朝からずっと」
「あれはなんというか、サプライズ、的な……?」
ジッと疑惑の目を向けてくる揚羽の迫力に負けて、ボクは目を逸らしながら「意地悪してみたかったんだ」と零した。
咄嗟に膨れっ面になった揚羽だったけれど、どうやら紙袋が気になるようで、広げようとしていた弁当箱を脇に置いて両手で丁寧にボクの手から受け取った。
「あ、ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
おずおずとボクを窺うように見上げながら聞いてくる揚羽に応えながら、ボクも密かに固唾を呑む。
大丈夫、気に入ってくれるはずだ。
いや、もし気に入ってくれなくても優しい揚羽のことだ、たぶん喜んではくれるはず。
……そうはいっても、ボクとしてはやっぱり揚羽が心から喜んでくれているところを見たい。
紙袋の中から手のひらよりも一回り大きい直方体の箱を取り出した。
購入時、プレゼント包装がなかったので百均で買った薄い赤と黄、紫色のタータンチェックの包装紙を巻いてある。
それだけだと物寂しかったので、フラワーリボンも付けておいた。
あまり手先が器用な方ではないので、自分比で言えば結構上出来だと思うけれど、やはりプロの人のそれと比べると見劣りする。
案の定、揚羽も取り出した箱を見つめて何やら不思議そうに見つめている。
「ハルくん、もしかしてこれって……」
「や、やっぱりわかる? ボクも折角ならプロの人にやってもらえたらなって思ったんだけど、そこ、プレゼント包装やってなかったから……」
「そっか……」
ボクが言うと、揚羽は小さく頷いてからおもむろに胸ポケットからスマホを取り出した。
一体何をするのだろうと訝しんでいると、ごく自然に、ボクが渡したプレゼントをパシャリパシャリとカメラで撮り始めた。
「えっと、何してるの」
「ハルくんから貰ったプレゼントを撮ってる」
「いや、それは見たらわかるんだけどさ。……その、あまり上手く出来なかったから撮られると恥ずかしいというか」
「えー、だから撮ってるんだよ。朝からあたしに意地悪したお返しっ」
んべっと小さく舌を出して言った揚羽に、ボクは「おい」と思わず突っ込んだ。
すると揚羽はそっとスマホを仕舞って「ていうのは冗談だよ」と照れ笑いを浮かべた。
「折角ハルくんが頑張ってパッキングしてくれたんだもん、写真に残しておかないともったいないでしょ?」
ね? と同意を求めるような視線に、ボクは顔を背けた。
どうやら包装自体は喜んでくれているようだけれど、それはそれで少し気恥ずかしいものがある。
隣からくすっと笑う気配がして、続いてペリペリとゆっくりと包装を外す音が聞こえてくる。
チラッと揚羽の方を見れば、真剣な表情で丁寧にテープを剥がしていた。
破かないようにしているのか、凄く時間がかかっている。
なんだかソワソワしながら待っていると、ようやく全てのテープを剥がし終えた揚羽が、「じゃあ、見るね?」と確認の声と共に包装紙を取り除いた。
「これって……」
中から現れたのは、クマのキャラクターがプリントされた、ピンク色を主体とした手帳型のスマホカバーだ。
以前、揚羽の部屋で彼女の勉強を見ていたときに部屋に置かれていたぬいぐるみと同じキャラクターのスマホカバーを見つけて買ったのだ。
高校生になってスマホを持つことになった揚羽に喜んでもらえるはず、というのも購入した理由の一つだけれど、実のところ自分がプレゼントしたものを普段から持っていて欲しいという下心もあったりする。
……ぬいぐるみを持っているぐらいだから同じキャラであれば喜んでくれるはずだけれど。
果たして揚羽は無言のまま、先ほど仕舞ったスマホを取り出してショップでデフォルトでついてきた水色のスマホカバーを外すと、ボクがプレゼントしたものと付け替えた。
そして、顔の近くにスマホを近付けてボクの方を向いて笑った。
「えへへ、どう?」
「……可愛い」
「ふぇっ!?」
なぜだか、突然揚羽が顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。
何かまずいことを言っただろうか。
自分の発言を振り返ってみる。
……。
何言っちゃってるのボク!?
「ああ、いや! スマホカバーが! だから!」
「わ、わわわ、わかってるよっ! ゆっくりクマ、可愛いよね!」
そのクマのキャラクター、ゆっくりクマって言うのかぁーなどということは頭の右から左へ抜けていく。
なんとか失言を誤魔化せただろうかと熱くなった顔を右手で押さえながら、指の隙間から揚羽の様子を窺う。
揚羽はスマホカバーにプリントされたゆっくりクマのイラストをジーッと見つめると、すーはーすーはーと何度か息を整えてから、おずおずとボクの方を見上げた。
「あ、あの、ハルくん。ありがとう」
「う、うん」
果たして本当に気に入ってくれたのかどうか見定めるだけの平静さを、今のボクは持ち合わせていなかった。
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