七、旅立ち

 白くかすむ光に、夜の漆黒は薄められてゆく。

「そうか、旅立つのか……」

「ん……わたしもお母さんを助けたいから」

 クルトは老夫妻に告げた。

 里が結界に閉ざされれば、出入りは容易ではなくなる。この地に残るか、去るか。里の住人はいずれかの道を選ばなくてはならない。

 このまま里に残っては、新たな道は始まらない。広い世界に出れば、母を救う方法が見つかるやも知れない。

――自分こそが、母を救う一つの望み――

 もっと力を得て、自分の力でその道を見つけたい。クルトはそう固く決意したのだ。

「一度発動したこの石の力を動かすには、強い魔力が必要だ。けれど、クルトならきっと得ることが出来るよ」

「ん…………!」

 エルフの魔法石を手渡して言うコナル氏に、クルトは強く頷いた。

 一度里を去れば、発動した結界以上の魔力をもってしなければ入り口は開かれない。力を得るまで戻ることは許されない、それは決意の旅立ちに相応しい。

「はるか東方には、神々や妖精と人とが平和に共存する地があるという――。果てしなき世界をその澄んだ瞳で見れば、道はきっと見つかるじゃろう」

 じっとクルトの瞳を見つめて頷く大コナル老人。

「若きバルドよ、この里の詩をとわに語り継いでくれ。ホイル・ウォアの里とダナンの神々は、それを想う者のいる限り決して消え去ることなく、いつもその者と共に在る」

「はい、きっと……!」

 続ける大コナル老人に、リアンも強く頷いた。



 闇と光の狭間のような空に、光の粒が舞っていた。

 カラスウリの灯明を手にした人々の見送るなか、最後の馬車が神殿前の広場を走り出した。

 霧の向こうに霞んでゆく村を、馬車の最後尾で寄り添い合い見つめる少年と少女、そしてローブ姿の紳士。

 去りゆく馬車をじっと見送っていたグレン導師は、手にした宝石箱に輝く一つの石に目をやり、その蓋を閉じると、ゆっくりと神殿に入っていった。

     :

     :

 ――遠く過ぎし道 郷里ふるさとは見えず

   遥か仰ぐ空 往く宛は知れず

   歩みは果てしなく

   歩みは果てしなく

   遥か遠く 遥か遠く

   旅路は永遠とわに尽きず


   遠く過ぎし日は 美しき追憶ゆめ

   遥か仰ぐ空に 祈願ゆめを託して

   刹那ひとときの出逢いの

   追憶ぬくもりいだいて

   廻る時に心委ね

   この譜面うたを紡ぎゆく


   廻り廻る風 その遥か彼方

   永遠に変わらぬ安息地ふるさとは在るのか

   時は廻る 永遠に

   旅は続く 永遠に

   遥か遠く 遥か遠く

   歩むは果てなき旅路みち――

     :

     :

 遠ざかってゆく谷間に、里の影は見えなかった。

 谷は、一面に立ちこめた深い霧に覆われていた。


 物語は始まった――

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