第26話 沈み込む魔王

魔王が美味しそうにカフェオレを飲み、リラックスしている。

そして。


『なんだこの至極の飲み物は』


と呟いた。

はははは。全て僕が作り、僕が挽き、僕が煎れた最高品質なコーヒーと、わざわざ (ロックと世界旅行中に)ボルカリド国で手に入れてきた牛乳、そしてドラゴンの国産のはちみつを使っているからな!美味くないわけがない。


「カフェオレです。魔王さん。はちみつもっといりますか?」

『うむ』


魔王の前にはちみつの瓶を置くと、スプーンで全てカフェオレに注ぎ入れ、残ったはちみつをスプーンで掬い取って舐め尽くした。


あれ魔王ってこんなに甘党だったかな。


『このはちみつも貰おう』

「交渉次第ですかね」

『俺様が寄越せと言っているのだ。寄越さぬか』

「今は僕が此処の主です。すべての権限は僕のです」

『こんな屈辱生まれて初めてだぞ』

「ありがとうございます」

『誉めておらん』


ソファーに沈み込み、カフェオレを飲む。

威厳なんぞどっかに行ったらしい。

ソファーから全く動こうとしない。


「で、魔王さんはなんで来たんでしたっけ?」

『ああ……、………』


佇まいを直そうとして、ソファーから起き上がれないことに気付いた魔王が諦めた。


『俺様のありがたい誘いを何故断った』

「それですか」


それしかないけどね。


「戦争なんかめんどくさいからです」

『魔王相手にバッサリいくとはな。ただの阿呆か、勇者か』

「ただのナマケモノです。精神年齢おじーちゃんなんで動きたくないんです」

『ふ、たかが人間なんぞがよくわからんこと抜かしよって」


カロカロとコップの氷をかき混ぜる。


『戦争というのはいわば動物や魔物にとっての縄張り争いと同じだ。それをめんどくさいで終わらせればすぐに食われて終わるぞ』


一理ある。

けど。


「僕は精霊と共に生きます。限られた大地と調和しながらゆっくりのんびりしていたいんです」

『貴様とは考えが合わんようだ。そもそもの生存理念からしてな。なるほど、ラビリンガスが泣くわけだ。お前は人としての生き方を捨てている』

「バッサリいきますね」

『そうであろう。一目見て理解した。貴様は人の身でありながら人として生きておらん。その身に宿る魔力は普通であれば人間なんぞが扱えるような代物でもない。その魔力を支配するのにどれ程の苦労を要したのかはすぐにわかった』


フムフムと、僕も近くの椅子に腰かけてタピオカミルクティーを飲んだ。

タピオカが少し固い。改良の余地あり、と。


『故に、貴様は強い。心も、技術も含めて』


魔王が机に空になったコップを置く。


『だからこそ惜しい。俺様のモノになるのならば、貴様になら世界の一部を領土として分け与えてやる。もちろん階級も優遇しよう。貴様の使い魔達も待遇を良くしてやり、常に全力を出せるようにしてやろう』


世界の一部を領土としてって、凄い条件だな。

昔の僕ならこれでホイホイ着いていっていたかも。

理想の楽園が作れるって。


でも、ちょっと遅かったかな。

僕はすでに理想の楽園を手にしている。


「申し訳ありませんが、辞退致します。それに──」


僕は知ってるんだ。

そんな都合の良いことは起きない。


「領土を手に入れる前に、僕が参加しちゃうと世界が焦土と化しちゃうので」


墨化した土地を復活させるのはとても骨が折れるんだ。

やりたくない。


そんな僕の言葉を聞いて魔王が腹を押さえて爆笑した。

それこそ涙が出るほど。

てか、ツボり過ぎじゃない?


『はぁー、こんなに心のそこから笑ったのは久しぶりだ。わかった。今回は諦めてやる。ただし──』


紫色の瞳が煌めく。


『最後には俺様のモノになる』


ソファーに沈み込みながら魔王は言い放った。


「はいはい。ところでそのソファー欲しいですか?」

『欲しい』

「はちみつは?」

『くれ』


魔王の手ががっちりソファーを掴んでいる。

手放さないぞと一目見てわかるくらい。


にやにやする。絶対この魔王はこのソファーを王座に持ち込む。クククク、面白い光景だろうな。そのまま士気低下しろ。


「これお土産です」

『うむ。ご苦労』


はちみつを黄金の容器に入れて上げた。

この魔王はこういうゴテゴテしたものが好きだからな。


『ん?』


はちみつを受け取り、さあ帰ろうとしたときに魔王が第二のトラップに引っ掛かった。

人間をダメにするソファーに座った誰もが引っ掛かる恐ろしき罠。


“ソファーから立ち上がれない罠”である。


あまりにも柔らかすぎてお尻が沈み立ち上がるための力が全て分散されてジタバタするしかない。そして無惨にもがいて諦め、再びダメになるという悪循環。

案の定魔王がバタバタしてる。

カメラで撮影したかった。


『おい』

「はい?」

『起こせ』

「はいはい」


差し出した手を握って立たせてやる。

どさくさに紛れて接触での干渉魔法発動させてきた。ほんと油断ならないわ。


ソファーを袋に入れて手渡す。

満足そうだ。多分心の中で『貢ぎ物』という言葉が浮かんでいるのだろう。


空間解除をすると、森の外の広場の風景に切り替わる。

ちょっと残念そうな魔王。もう一回干渉チャレンジしようとしてただろ?そうはさせない。


『また来る』


そうして魔王は帰っていった。


嵐が去った。

はぁー、まったく。余計なことしてくれちゃって。


振り替えると皆総出で森の修復作業に取り掛かっていた。

壁も抉れているところもあるし。


「直すか…」


シャドウの心のケアもしないとな。

一部記憶削って改変して大丈夫かな。


「あー、めんどくさい」


めんどくさいと言いつつも、今後のために結界をより強度を上げるために向かった。

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