オカルトアワー～都市伝説怪奇譚～Ｐ版

1-4.end

　そして朝を迎え、いつも起きる時間に目覚まし時計が毎朝の仕事を忠実に果たすと、少年はむくりと起き上がり目覚まし時計を止める。朝日が入り込む窓に向かいながらノビをする。

　いい目覚めだ。昨晩のあまりにも現実離れした体験は、もしかしたらすべて夢だったのかもしれない。そんなことを考えながら、机の上のコーラの缶を傾け、一口、口に含む。

　そのコーラは、もう完全にぬるくなっていた。昨晩のコーラと同じように……。

　その日の昼過ぎ、まさに夏真っ盛りというような炎天下の中を少年は歩いていた。

　少年の通う高校は、この日で学期が終わり、明日から夏休みということでいつもより早く学校が終わったのだ。夏休みも十回目ほどとなる。しかし何回経験しても、『夏休み』という言葉の響きだけで、何があるというわけでもないのだが、心がうきうきとするものだ。足取りもどことなく軽くなる。

　そうして、最寄り駅から自宅への道を歩いていた。自宅がある住宅街に入ったところで、どことなく違和感を覚える。立ち並んだ民家の中に見慣れないものがあるのだ。民家ばかりが並ぶ中に、石の柵で囲われ、その中に木々が立ち並んだ場所がある。少年はこの場所に生まれた時から住んでいるし、この道は毎日のように通っている。当然昨日も通った。しかし、こんな所にこんなものはなかったはずだし、一晩で建つようなものにも思えない。

　違和感を晴らすためにもう少し近づいて、よく調べてみることにした。その場所は、広さは他の民家と大して変わらないようだ。そこを囲っているのは、やはり石の柵。中を覗いてみるが木々が立ち並んでいるうえに、低木も多く、外から中を窺うことは難しいようだ。そのまま、ぐるりとその場所の周りをまわってみると、石の柵が切れている部分があった。入口だと思われるその場所には、朱に塗られた大きな鳥居が建っていた。

　やはりここにはこんなものはなかったはずだ。少年は少々悩んだ末、中に入ってみることにした。鳥居があるなら神社だろう。入り口もあいているし、神社なら勝手に入っても怒られることもないはずだ。そう考え、鳥居をくぐった。

　中に入り少年は瞠目する。広さが外をまわった分と比べて明らかに広い。立派な拝殿までは五十メートルはありそうだ。左右にもずっと広い。拝殿まで続く広い参道の中ほどには、これまた立派な手水舎もある。入口の鳥居も含め、神社であることは間違いなさそうだ。

　その手水舎の手前で、参道をほうきで掃除している人がいる、この神社の関係者だろう。話を聞いてみようか、と少年は思った。いつもならそんなことはしないが、この時は好奇心が優った。

「あの……、こんにちは。この神社って前からここにありましたっけ？」

掃除していた人がこちらに振り向く。スーツ姿の上からかっぽう着を着た女性だ。どことなくアンバランスにも見える。

「え……？」

彼女はこちらを見て驚いたように目を見開く。

「あなた……、人間、ですよね？ここが見えるんですか？」

　彼女の口から出てきた言葉は少年の質問に答えるものではない。はっきり言って意味不明、とも取れる言葉だ。しかし、ある意味昨晩の経験をした後の少年にとっては、それは答えともいえるものであった。

　この世のものではない。少年の脳裏に昨晩の出来事が再生される。何か嫌な予感がしつつも、もう一つ思い出したものがある。目の前の女性を見ると、長い髪……、その髪はなんというか銀色、銀髪というのだろうか、その髪を肩のあたりでまとめている。そして、その顔は少年の頭に衝撃的な出来事と共に焼き付いた顔と一致した。

「もしかして、昨晩、僕を助けてくれた人？」

「……昨晩？いえ、私は……。あっ、もしかして……」

「おーい、ただいま帰ったぞ～」

　少年と向き合う女性が言葉に詰まっていたところ、少年の背後から声がやってきた。その声は、やはりというか、少年が昨晩、聞いたものだった。振り向けば、そこには今まで向き合っていた女性と似た顔、しかしこちらは眼鏡をかけ、Ｔシャツにジーパンだ。髪の毛はオレンジがかった金髪。手には買い物の帰りなのか、ビニール袋を提げている。

　その声の主は、少年の姿に気づくと、まるで旧知の友に出会ったように目を輝かせ、こちらに近づいてきた。

「おお！お主、昨夜の少年じゃあなかろうか！」

　手を取り、ぶんぶんと振り回す。手に持ったビニール袋もがさがさと音をたてながら上下に揺さぶられる。

「また会えるとはのう！しかもここで！」

　少年は急な出来事に驚きつつも、その言葉を何とか理解しようとする。

「やっぱり昨晩の人なんですか？それに、ここの人なんですか？」

「ああ！そうじゃよ。ふむ、こうなるともう無関係とはいかんじゃろうの」

　握っていた手をはなし、少年のわきを通り、かっぽう着の女性と並んだ。並ぶとますます似た顔だ。

「まず、わしの名前は天子（てんこ）じゃ！天子様と気軽に呼ぶがよいぞ！」

昨日、少年と共に戦った、眼鏡をかけた金髪の女性がそう名乗る。

「そしてこっちが妹の……」

「天子姉さんの妹の空子（くうこ）です。あっ、様なんてつけなくていいですからね？」

続いて今出合った、銀髪の女性が名乗った。どうやら姉妹であるらしい。それならば顔が似ているのも合点がいくというものだ。

「お主の名前も聞いてよいかの？」

「あ、七生、七生駆人（ななおかると）です」

「カルトか、ふむ。よろしくの」

そうして自己紹介を終えた後、天子の顔が笑顔からほんの少し神妙な顔つきになる。

「それと、昨夜の質問にも答えてやらねばなるまいの」

「昨夜の……、あなたが何者かという話ですか」

「そうじゃ。次に出会ったときに、という約束じゃったからの」

　そう言って天子は空子に目配せをし、二人で同時に片足を軸にして、くるりと体を一周させた。すると足元から煙が立ち上り、二人の姿を隠した。

　その煙が晴れると、二人の頭には、三角にとがった獣のような耳が、腰の後ろ側にはふわふわの毛が生えた尻尾が生えている。

「わしら、化け狐の怪奇ハンターなんじゃ」

　もはやわけがわからない。あっけにとられた駆人は、口をぽかんと開けて、二人に現れた耳や尻尾を見つめるしかない。

「ここで立ち話もなんですから、続きは部屋で話しましょうか」

「お、そうじゃな。よし！カルト、ついてくるんじゃ！」

　天子はまだ衝撃冷めやらぬ駆人の手を取り、拝殿の裏手の二人の自宅へと引っ張っていった。

　駆人のタダでは終わらない夏が、幕を開けようとしていた。