―番外編― 逆タイムスリップ②

 浅葱色の羽織に身を包み、現代の街を闊歩する。

 ……どこからどうみてもコスプレをした集団にしか見えないけれど、団体ということも相まって、必要以上に目立って仕方がない。


 行き交う人達の、遠くから向けられるちらちらとした視線が正直痛い。

 藤堂さんも気がついたのか、後ろから私の袖を引っ張り訊いてきた。


「ねぇ、春。ここはアンタの故郷なんでしょ? ここの人達もオレらこと知ってるんだね」


 私の“故郷”に間違いはないけれど、建物の材質とか景観とか……江戸時代のそれとは全く違うのに、そこは突っ込まないのだろうか……。

 山崎さんがぽろっとこぼした一言を、すんなり受け入れた藤堂さんに正直びっくりするけれど、どうやら他のみんなも似たような感じだった。


 武士はいつ如何なる時も決して動じない、とか……そういう精神なのか?


「ここでも、壬生狼みぶろなんて言われてそうな雰囲気だな」


 そう苦笑するのは井上さんだった。

 確かに、普段巡察していても人の方が捌けていくもんね……。けれど、それとこれとはちょっと……いや、かなり意味合いが違うかもしれないけれど。




 しばらく歩いていたら、スマホを手にした二人組の女性に声をかけられた。


「新選組のコスプレですよね? 私達も新選組が好きなんです! 写真撮らせて下さいっ!」

「えっと……すみません、写真はちょっと……」


 さすがにそれはマズイような気がして断りを入れるも、一人の女性が頬を赤らめながら土方さんを指差した。


「わぁ、土方歳三!? すごーい、本物みたいにカッコいい!」


 みたい……というか、本物なのだけれどね……。


「あっ! こっちは近藤勇!? あはは、似てる似てる~!」


 似てるも何も、本人なんだってば……。


 随分とテンションの高い二人に気圧されて、局長、副長が揃って言葉を失う中、沖田さんが近藤さんの名前を口にした女性を無言で睨みつけながら、刀の柄に手をかけていることに気がついた。


「ちょっ、お、沖田さん!?」

「土方さんはどうでもいいですけど、近藤さんまで呼び捨てにするなんて……これ以上の無礼を働くようなら斬ってもいいですか?」

「いや、ダメですからっ!」


 抜刀、ダメ、絶対!!

 どうどうと沖田さんを宥めていると、その女性が沖田さんの前へと一歩歩み寄った。


「へぇ~。アナタが沖田総司役なんだ~? アタシの推しも総司だけど、総司はこう、もっと愛嬌があって人懐っこいイメージだよ?」


 うん、だからね、あなたの推しだというその沖田総司は、目の前にいるんだけれどね……。


 普段は確かにそんなイメージだけれど……ちらりと見やった今の沖田さんは、人懐っこいとはほど遠い、冷たい視線で女性を見つめていた。

 うん、嫌な予感しかしない。


「あのっ、すみません! 私達はこの辺でっ!」


 そう言い置いて、再び沖田さんの背中を押しながらみんなで逃げるようにその場を後にする。

 残念そうにする女性たちの声も聞こえなくなった頃、井上さんに声をかけられた。


「春、良かったのか? あの女子おなご達は何か用があったんだろう?」

「大丈夫です。写真が撮りたかっただけみたいなので」

「しゃしん?」

「あー、えーっと……。ふぉ……ふぉと、がら……?」


 写真を指す古い言葉があったような気がして、首を傾げつつ記憶の片隅に浮かんだ言葉を口にしてみれば、どこか目をきらきらと輝かせた近藤さんが、閃いた! とばかりに声を上げた。


「ほとがらか!?」

「あ、そう、それです。ほとがらです」

「そうか。まぁ、ほとがらは時間がかかるからな。先を急がねばならん今は無理だろう」

「いえ、スマホだから撮影自体は一瞬なんですけど……」

「すまほ?」

「さっきの人達が手に持っていた、これくらいの小さなやつです。あれですぐ撮れるんです」


 手で大きさを示して見せるも、近藤さんは信じていないらしく、微笑むように大きな笑窪を作った。


「いや。写真鏡はあんなに小さくはないぞ?」

「しゃしんきょう?」

「んむ。これくらいの箱でな、暫く待てばその姿形を写し出すという不思議な箱だ」


 これくらい……と、両手でその箱の大きさを形作ってくれる。どうやら写真機のことっぽいけれど、室内であるならまだしも持ち運ぶには不便な大きさだ。

 そう考えると、撮影がメインではないのに、あの大きさで色々なことが出来てしまうスマホって、本当に便利だなぁ……としみじみ思う。


 スマホの機能を語って反応を見てみたい気もするけれど……色々とややこしくなりそうなので、ひとまずあれが写真鏡なのだと説明した。

 ほんの一瞬で撮れるのだとも教えれば、もはや少年のような顔で驚いていて、横で一緒になって話を聞いていた井上さんまで興奮気味に声をあげた。


「春のじだ……いや、故郷では、あんな小さな物で撮れるのか!?」


 もう、“故郷”ではなく“時代”と言ってしまっても、みんな大して驚かないような気がするけれど。

 みんな順応性が高過ぎるし!


 そんなことを思っていたら、突然、山崎さんが目の前に立ち塞がり、私の手を取ったかと思えば自らの両手で労るように優しく包み込んだ。

 驚く私とは反対に、山崎さんはどこかほっとしたような表情で私を見下ろしている。


「写真鏡は魂を吸い取るという噂を聞いたことがあります。春さんが無事で本当によかった」


 さすがは新選組が誇る優秀な監察方。仕事柄、色々な噂を耳にするのかもしれない。

 でもね、誰もが手軽に写真を撮れるこの時代、それが事実だったら現代人とっくに滅亡している。

 今頃、世界中が人類滅亡の危機で大騒ぎだよ!


 ところで、私の手はいつ解放してもらえるのだろうか。

 や、山崎さーん!


 擽ったいけれど、曇りないその笑顔に振りほどくことも出来ずにいると、土方さんの怒気を含む声とともに私の腕をめがけて手刀が飛んできた。


「おい! 早く行くんじゃねぇのかよ」

「痛っ! 何するんですか!」

「あー、悪ぃ。手元ガ狂ッタ」


 なんで棒読み! わざとか? わざとなのかっ!?

 土方さんを思いきり睨み付けるも、その肩越しに公園までの距離を記した看板が見えた。


 よし、公園へ行こう!


 目的地も定まったので歩みを再開する。

 看板の指示通りに角を曲がれば、さっきまでの騒がしい大通りとは違い、片側一車線でガードレールもなく、人も車もまばらで急に落ち着いた雰囲気になった。


 目立ちたくないのでこれは好都合、などと思っていたら、背後から来た車が軽くクラクションを鳴らして走り抜けていった。

 振り返れば、車道側に大きくはみ出していた永倉さんが原因だったらしい。


 というか……一ついいかな?

 全員揃って手が左の腰にあてがわれているのだけれど、一体何をする気だったんだ?


「永倉さん。危ないからもっと端に寄って下さい。足元の白い線から外に出たらダメですよ」

「何でだ? 道幅はこんなに広いんだから、もっとゆったりすればいいだろう。ところで、あの音は何だったんだ?」

「音は……気にしなくていいです。とにかく、決まりだからダメです!」


 どうも納得がいっていないような顔なので、例えを出して説明することにした。

 永倉さんが車に轢かれては大変だからね!


「局中法度だってちゃんと守らないとダメですよね? それと一緒です。歩行者はこの白線の内側を歩く。それがここの規則なんです」


 今度は納得してくれたみたいで、改めて歩みを再開すれば全員きちんと白線の内側を歩いてくれた。

 これなら安心して公園へ向かうことが出来る……はずだった。


 気がつけば、どういうわけか誰もついて来てはいなかった……。

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