祝言でのひとコマ (本編176話)

「幸せなお二人の門出を祝って……乾杯!!」

『乾杯!!』


 広間は一気に賑やかになり、祝詞代わりだと言って井上さんが郷土歌を歌い始めれば、近くに座る人達が合いの手を入れる。

 数人が立ち上がりノリと勢いだけで踊り出せば、笑いまで沸き起こった。

 出身地が様々なせいか、各々の郷土歌を披露しては盛り上がる中、お酒が入りいつも以上に陽気になった沖田さんが言う。


「近藤さ〜ん。そろそろ、いつものアレ、見せてくれませんか〜?」


 “アレ”が何かを知っている隊士達は、沖田さんと揃って近藤さんを促し始め、“アレ”が何かを知らない新入隊士達は、不思議そうな顔で近藤さんに注目する。

 よし、と頷いた近藤さんは居住まいを正し、片手で握った拳を見せながら力強い声を上げる。


「いざ、参るっ!」


 おめでたい席だからか、いつも以上にノリノリなご様子。

 もちろん、握り拳は無事近藤さんの口に収まり、歓声が上がる広間はより一層盛り上がる。

 そんな中、向かい側に座る永倉さんが、原田さんに向かってわざとらしく悔しがってみせた。


「左之〜! 俺より先に幸せになりやがって……裏切り者め!」

「悪いな、新八。骨は拾ってやる。まさと一緒にな」

「おいっ!」


 幸せアピール全開の笑顔でかわされた永倉さんは、隣に座る藤堂さんに泣きついた。


「平助ぇ。左之なんか放っておいて、今度飲みに行くかー!」

「新八さんの奢りなら行くよ」

「共に慰め合おうってのに、俺が奢るのかよっ!」

「オレは別に傷ついてないし。むしろ、やけ酒で酔った新八さんを連れて帰らなきゃならない手間賃を、上乗せしたいくらいなんだけど?」


 一連のやり取りを眺めていた沖田さんが、にこにこしながら二人のやり取りに割って入る。


「じゃあ、手間賃を払わなくてもいいように、人手を増やせばいいんですよ。こうやって……」


 何やら嫌な予感を感じ取った永倉さんが制止しようとするも、沖田さんは口元に手を当て遠慮なく叫ぶ。


「みなさ〜ん。新八さんが今度、飲みに連れて行ってくれるそうですよ〜」


 おおー! とどよめきが起こる中、永倉さんが慌てて問い詰めるも、沖田さんは笑顔でしれっと言い放つ。


「みんなが新八さんを担いでくれますから、これで潰れても安心ですね」

「一緒に俺の懐事情も潰れるだろう!」


 そうは言っても、外野はすでに盛り上がっている。

 もう、なるようになれ! と撃沈する永倉さんに、隣に座る斎藤さんが無言で杯を差し出すのだった。


 楽しい宴は続き、時間の経過とともに酔っ払いが量産されていく。

 そしてそれは、主役の原田さんも例外ではなかったようで、突然、自分のお腹をポンと叩いた。


「俺様自慢の腹の傷が疼く!」


 そう言って立ち上がるなり、諸肌を脱ごうとする原田さんを土方さんと山崎さんが止めに入った。

 何が何でも腹踊りをしようとする原田さんを押さえつけながら、土方さんが言う。


「主役が腹出そうとしてんじゃねぇ。嫁さんもいるんだ。今日くらい大人しく座ってろ!」

「腹出すー? ……はら、だ。……俺は、原田だぁー!」


 突然、両腕を上げて叫び出した原田さんの後頭部を、土方さんが容赦なく叩いた。


「いってえ!」

「うるせぇ、酔っぱらいが! とにかく、今日だけはやめておけ!」

「原田さん、一家の大黒柱がお腹出して風邪でも引いたら大変ですから。はい、座りましょう」


 山崎さんらしい忠告に促され、頭を抱える原田さんが踞るように着席すると、広間はどっと笑いに包まれた。

 そんなどこまでも楽しい宴は、まだまだ終わりそうにないのだった。

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