第37話 そうだ、岡崎行こう。後編

藤川宿から出て車で走る事数十分、三菱自動車岡崎製作所が近づいてきた。この岡崎製作所は三菱自動車の国内でもとても重要な施設の一つで、生産工場と開発拠点がひとまとめになっている、日本の自動車メーカーの拠点の中でも極めて珍しいところだ。

この製作所の中にオートギャラリーはある。正門を通り、右側にある来客用駐車場へと入っていく。丁度ここでも5台分の駐車スペースがあったので5台仲良く並べて降りたとたんに皆で車5台を映す記念撮影。5人それぞれがカメラや、携帯のカメラを使って写真を撮りまくった。開発拠点で写真を撮る事なんて中々ないから、その時点でとても盛り上がった。 今回の為に持ってきた一眼レフカメラを駆使して、あらゆる角度からパシャリ、パシャリと写真を撮りまくる。 引いて5台と研究所が映るように撮ったり、5台のパジェロを1台ずつ撮り納めたり・・・・


「・・・いやあ、写真撮影が捗っちゃいますね(笑)」


「ほんとほんと(笑)こういう拠点で取れる事なんて中々ないからね~。僕も一眼持ってきといてよかったな~。」


と同じく写真撮影が趣味の山岸さんと談笑していた。


撮影タイムが終わった後は受付を済ませ、とうとう三菱オートギャラリーへと足を踏み入れた。係りのお姉さんから、お土産の下敷きを受け取ると、そこはまさしく楽園と言っていいほどの光景が広がっていた。

まず流れに沿って左のブースに入っていくと、三菱自動車の原点ともいえる球玉の名車たちが揃って展示されていた。オート三輪のみずしま号、国産初の四輪駆動車PX33のレプリカ、国産初の量産自動車三菱A型のレプリカ、そして戦後人気になったスクーター、シルバーピジョンなどが並んでいた。

特に私が食い入るように見ていたのはPX33レプリカだ。これは1935年に当時の陸軍からの要望で試作された、国産初の4輪駆動車(しかもフルタイム4WD車)であるPX33を初代パジェロをベースに1988年に復元したものである。元になった本物のPX33は5台のみが試作がされ、そのいずれも現存していないのだが、後の三菱自動車の四輪駆動車の技術の礎になった記念すべき車であった事から、約50年の時を経てレプリカが作られたのだという。なんとこのレプリカを制作したのはパリダカのワークスパジェロを手掛けたことで知られるフランスのソノート社なのである。実際、ここに展示されている個体の他にも数台が制作され、ラリー用に改造が施され、パリダカにも参戦していた。パジェロの先祖ともいえる車を目の前にして興奮を抑えられるはずもなかった。中を覗くと元のパジェロの名残であるトランスファーレバーが残っていたり、そこはかとなく面影があった。そして、軍用車とは思えない優美で流麗なフォルムに心底うっとりさせられたのだった。無論、ここでも写真を大量に撮った。

ふうみん先生がぼやいた。


「これほんとヤバいですよね・・・・私もパリダカバージョンは何度もビデオで見ましたけど・・・この個体のオーラ半端ないですよね。いいなあ。」


「すっっっごくわかります・・・。実際見てみると凄く風格ありますよね。ふうみん先生、思い切ってラリーカーの中古でも買っちゃったらどうですか?(笑)」


「うえええ!?そう言われても・・・ねえ(笑)・・・・・まあ確かにタイミングがあれば欲しい・・・かも(笑)」


なんて他愛もない会話をした。ネタで話を振ってみたけれど、ふうみん先生はガチで買ってしまいそうな気がする(笑)。


最初のブースを見た後はもう一つのブースへ移る。ここからは今回の本題(?)となるパジェロの特別展示のコーナーとなる。このコーナーの入り口にはまず、これまたパジェロの先祖の一つである、三菱ジープの展示から始まる。まだスリーダイヤのロゴもない最初期の2ドアタイプと、左ハンドルのロングホイールベースの5ドア車の二台が並んで鎮座していた。三菱ジープは元々、アメリカのウイリス社から製造権を得て、主に官公庁や自衛隊向けに生産したことから始まったのだが、その後販売権なども取り、ディーゼルエンジンの追加(なんとジープ×ディーゼルの組み合わせが誕生したのは三菱ジープから)、ボディもハードトップや5ドアなどのバリエーションも増加させ、本家のジープを凌ぐほどの独自発展を遂げ、そこで得たノウハウはパジェロをはじめ、三菱の4WD技術の礎となった一台である。


直接の血縁ではないにせよ、改めて眺めてみると、 とても感慨深いものがあると思った。5人で写真を撮ったり、ここでも少し語らった後、奥へ進むとそこには楽園(?)が広がっていた。1973年の東京モーターショーで参考出品されたレッドメタリックのパジェロⅠ、そして1982年に初登場した漆黒の最初期型パジェロメタルトップ、二代目パジェロのミッドルーフ、そして私の愛車と同じパジェロエボリューションの四台が一同に並んでいて、興奮のあまり私は、思わず「うおおおお!!!」っと声を上げてしまった。更に奥のラリーカーのブースにも、初代パジェロの最初期のラリーカーと増岡さんが初優勝を飾った3代目のラリーカー、そしてパジェロとして最後に出走したパジェロエボリューション2007年モデルなどが集結していた。

特に、パジェロⅠと初代パジェロの最初期型は見る機会がほぼ皆無に近いものだったから、見ていて鼻息が荒くなってしまった。三菱ジープをベースにシャーシに改良を加え、レジャーユースを見据えた装備を備え、来るべき時代を予感させたパジェロⅠ、そして洗練されたデザインにオールラウンドな走行性能を身に着けた初代パジェロ、37年にもなるパジェロの歴史の第一歩となった二台をようやく見れて興奮しないはずがなかった。

自分の大好きなパジェロの歴史がここから始まったんだと思うととても感慨深い。

そして、思想を曲げずにひたむきに進化してきた二代目、そして二代目のエボと続く歴史、そしてその進化を後押ししたラリーカーの展示は素晴らしいものだった。 ここでファインダーにその姿を納め、そして同じパジェロを愛する仲間と眺めて語らい、楽しむ時間はとても楽しいものだった。一通り見終わった後は横のMAGカフェでコーヒーブレイク。5人でテーブルを囲み、ひと休憩を入れた。


私はコーヒーをすすりながら、こう呟いた。


「いやあ、ほんと展示物が最高でしたね~どれも堪らなかった・・・。」


「ですね!本当に堪らない展示ばかりでした・・・・。子供の頃に見てたラリーカーもあんな間近に見れましたし・・・。眼福でした!」


とふうみん先生は反応してくれた。


「ほんとそうだねえ・・・。今回は改めてパジェロが世代を超えて愛されてるんだなあ・・・って実感したよ。俺ももう何だかんだ10年くらい乗り継いでるけど、改めて歴史の深さと素晴らしさを感じたよ・・・。ファイナルも大事に乗ってかなきゃなあ・・・。」


と田中さんも続ける。 私も深々頷きながら同意した。パリダカという競技での活躍、そしてユーザーからも愛され、鍛えられて支持され続けたパジェロの素晴らしさを改めて感じた。そして、

「折角だからもう一周してこようよ。俺も写真まだ撮りたいからさ・・・・・。」


山岸さんがぼやいた。


「ですね!あたしも見入ってばっかで写真撮れなかったからなあ・・・・・。な、凛子。もう一回回るか。」


「それもそうねえ・・・・。じゃ、もう一回行きましょっか!」


五人全員満場一致した後、また一同は展示スペースに行って見学をし、見学し終えた後はファミレスで二次会をやって解散となった。


同じ車を愛する者同士で集まるオフ会は改めていいなあ・・・と私は実感した。



続く。

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