あきらと慎二 4

それでまずは、そのまま家に帰った。

慎二がいいって言うから待っててもらって軽くシャワーもして、日常あまり着ることのないTシャツに腕を通す。

昼飯どうする、なんて話をしたのは昼をとっくに過ぎてからで、どこに向かったかといえば近所の牛丼屋だった。


「……デートって言うからてっきり……」

「へ?あきら好きだろ、牛丼」

「ああ、うん」

好きだよ牛丼。

安くて早くて美味いしな。

「俺この辛いやつ。お前払ってくれるんだろ」

「いいよ。じゃあ俺はこっちのおろし乗せ」

注文して待つか待たないかのうちに牛丼ふたつはやってきた。

ふたりして少しだけ湯気のたつそれに手を合わせる。

箸かスプーンかで揉めることはもうない。

俺は箸派。慎二はスプーン派。

「意気込んでデートとか言うから、てっきりすげえ豪華な食事でも待ってるかと思ったのに」

口の中には慣れ親しんだいつもの安い味。

仕事っていう気分にならないな、これ。

「お前相手にそんなことするかよ」

慎二は口の中から米粒を噴き出さないように口を閉じたまま肩で笑った。

「そりゃ初めましてに近い相手ならそうやってするだろうけどさ、あきら相手に今更それはないだろ。好きなもの食いたいじゃん」

「ま、そりゃそうか」

「それにあきらさ、基本的にいつも休みらしい休みってないじゃん。わざわざ疲れるようなことするよりは、好きなこと好きなだけするのが一番かなって」

言われて思わず目を丸くした。

なんだ、こいつ本当に俺のこと考えてくれてんだな。

「なに、じゃあ俺は今日お前に半休もらったってこと?」

「そうだよ。やっと分かったか。フルコースが良かった?」

「昼からは嫌だしお前にそれやられんのも嫌だし実際やられたらドン引きだったかもな」

慎二はとうとう声を出して笑った。

汚ない汚ない。

客少ないから余計目立ってる。

「汚ねえなあ」

「なあ、これ食ったらどうする?あきら何したい?」

「そうだなあ」

聞かれたところで全っ然浮かばない。

いつもこの時間、こんなにのんびりすることないからな。

大体社長と弁当つついてるか、ひとりで車でおにぎり食ってる。

敢えてやりたいことと言えば。

「寝たいかな」

「え、俺と?」

「いやいや一人でな。お前発言と場所を考えろ」

「デートだってば。そうかそうかキスじゃ足りなかったか」

「よーしこれ食い終わったら今生の別れだ」

「謹んで発言をお詫びします」

あほみたいな会話を真面目な顔して繰り広げて、やっぱりあほだなって自覚して笑ってしまう。

「だって俺は決めたんだよ」

「何を」

「俺は本気であきらをおとしてみせる」

「……は、」

いきなりの宣言に動揺して箸から肉がこぼれ落ちた。

慎二は口をもぐもぐ動かしながら、ピシッと俺にスプーンの先を向けた。

行儀が悪い。

「昨夜決めた。やっぱり諦めるのやめる」

「慎二お前……」

なに言ってんだ。

分かってねえのか。

ここ……牛丼屋……。

数少ない周りの好奇心にまみれた視線が痛い。

「だってこないだみたいなの嫌だし」

「いや、あの、うん、分かったからちょっと黙れ」

「いなくなるのはやっぱり耐えられない。かといって友達のままなんてのももう嫌だ」

「待て待て分かったから」

「だから、」

「ごちそうさまっ!」

あほかこいつは!

慎二にも周りの視線にも耐えられなくなって、俺は慌てて残りの丼を掻き込んで立ち上がった。

「え、俺まだ食ってる……」

「煙草吸ってくる。ちんたら食ってろ」

言い捨てて、目も合わせず急いで店から出た。

どんな思考回路してんだあいつの頭は。

ヘビースモーカーではないので、尻ポケットの中で軽く歪んでしまった煙草を一本取り出して、真っ直ぐに伸ばしてから唇に挟む。

ライターで火をつけると、支払いまで終えたらしい慎二がすぐに出てきた。

「急いだら全然食った気がしねえよ」

「お前の頭ん中どうなってんだよ。よくこんなとこであんな話しできるな」

「だって恥ずかしくないもーん。……俺の本気が伝わった?」

その余裕ですみたいな涼しい顔が腹立つ。

いやまあお前の本気は昨夜のあの玄関ドアの凹みでよく分かったけどさ。

どうすんだよあれ。

大家に見つかったら俺いくら請求されるんだろうか。

「さーてこれからどうする?」

慎二は俺の煙草が終わるのを待つように、上に向かってのんびりと伸びをした。

「え、なにお前、完全ノープランなの?」

「え、うん。ひとりで決めるのもどうかと思ったし、あきら何したいかなあしか考えてなかった」

「……あ、そう」

まじかよ。

どうすんだこれ。


「映画は?」

「俺絶対寝る自信がある」

「だろうな。寝たい言ってたもんな。買い物とか」

「お前が欲しいものあるなら付き合うけど」

「思い付かないんだよな、それが。車借りてドライブ行くとか」

「ええー、嫌だよお前とふたりでドライブとか」

「酷ぇ言い様だなおい」

「んじゃあちょっと遠い神社かどっか行くか」

「行くんかい」

「借りるぶんは半分出すから、お前が運転しろよ」

「よっしゃじゃあ決まり」


夏だからまだ明るいけど、4時なんて本来はもう夕方だ。

それから二人で自販機でペットボトル買って、レンタカー借りに行って、ナビで少し遠そうな神社を選んだ。

「なんで神社?」

運転席の感触を確かめるように慎二がいろいろ触りながら聞いてくる。

シートの角度。

ミラーの位置。

シートベルト。

鍵。

エアコン。

「別に。行くあてなかったし。お前の煩悩が多少は洗われるかなって」

「洗われすぎて清い人間になっちゃったらどうすんだよ」

「それなら別にいいんじゃん。1時間くらい?」

「うーん、ゆっくり走りたいから、もうちょいかかるかもな。暗くなった神社とか怖そうだなあ」

「うーわ失敗した。場所変えるか」

「いいよ、暗くなってから考えよ」

乗り慣れない車の不慣れな座り心地を感じながら、車はゆっくりと進み出す。

慎二の運転は思ったよりも丁寧だった。

うつらうつらしそうになるのをなんとか堪えていると、横目で気づいた慎二が寝ててもいいよ、と、優しい声を出す。

「いや、運転してもらってんのに悪いから」

「帰り代わってもらいたいかもしんないし、疲れてんだから、いいよ。着いたら起こしてやるし」

「悪い」

「いや」

車の振動っていうのは、どうしてこうも眠気を誘うんだろうか。

今更慎二とこれといって話すこともないのも、拍車をかけているのかもしれない。

作業着と違ってTシャツ一枚だと楽だし。

気を張る要素がどこにもない。

俺が睡魔に飲み込まれてしまうのに、多分そんなに時間はかからなかった。


起きてもまだ辺りはちゃんと明るかった。

慎二に揺すられて起きた。

「あきら口開けて寝てたぞ」

「まじか。どうりで喉痛いわ」

出発前に買っておいたペットボトルはすっかり温くなってしまっている。

辺りは木々にうっすら囲まれて、薄緑色だった。

「これ、外出たら暑そうだな」

「確かに」

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