第22話 (ミライ)

 ジンと二人、脇目も振らずに走る。子供部屋を飛び出し、廊下を進む。狭い廊下に入れば追っては来られないかと一瞬思ったけれど、背後からバキバキとすごい音がする。壁を壊しながら追ってきているんだ。

「ぎゃー! どうすんだあれ! あんなの勝てっこねーぞ!」

「なんとかして動きを止めるの! それで、早くレンと一号のところに戻らないと!」

「えぇ……。戻りたくねえよ。あたしはあんな修羅場に割って入るのはごめんだ」

「でもほっとけない!」

 目の前に腐りかけの階段が見えた。一段飛ばしに駆け上がる。

 あと一歩で船の上に出られる! というところで、不意に足場がなくなって、体がガクッと傾く。腐った床が抜けて、足が刺さってしまったんだ。膝が妙なハマり方をしてしまって抜けない。ささくれがチクチクと刺さる。

 振り返れば、すごい勢いでクリーチャーがどたどたと迫ってきている。足を引き抜いて、立ち上がって、走り出さないといけない。間に合う?

「舌噛むなよ!」

 ジンが叫んだ。ジンはその場で飛び上がり、思い切り床板に蹴りを入れた。脆い床はミシミシと音を立てて割れ、私とジンはドスンと落下して、木の板に叩きつけられる。

「いてて」

 落ち着いて手をかければ、膝にハマった木の板は案外あっさり外れた。上を見上げれば、私たちが落ちてきた穴が空いている。

 頭上からケラケラと不穏な笑い声がした。クリーチャーが天井の穴からこちらを覗き込んでいる。

「やっべ」

「逃げよう!」

 メキメキと木の裂ける嫌な音とともに、クリーチャーが穴から体をねじ込んでくる。子供のようなぽってりと肉付きのいい無数の手が、パンでもちぎるように木の板を破壊している。

 私たちは今いる場所も向かうべき方向もわからないまま走り出す。ズドン、と重い音がして、クリーチャーが降ってきたのがわかった。

「ぎゃー! 来たー! どうしよう!?」

「あたしが聞きたい!」

 きゃはは、と楽しそうな笑い声が聞こえる。声だけ聞けば、鬼ごっこでもして遊んでいるみたいだ。

 なにかないか。いい考えはないか。

 必死になって考えながら走るけれど、息が切れて足が痛くて、だんだん頭が回らなくなってくる。

「う? う〜! あぅ!」

 クリーチャーのうめき声が近い。このままだと潰される。構造もわからない船の中を、ただ闇雲に走る。

 広い部屋に出た。大砲がたくさん並んでいる。壁には規則的に小さくて四角い穴が空いていて、あそこから砲撃するのだということがわかる。

「よし! これ使おう!」

 私は手近にあった大砲に駆け寄った。その辺に落ちていた鉄球を拾い上げ、口に詰める。しかし、そこで動きが止まる。

「どうしたんだ? 早く打てよ」

「火がないの! 着火できない!」

「ダメじゃねえか!」

 私とジンは慌ててその場から飛びのいた。一瞬遅れてクリーチャーが大砲に飛びかかり、ゴンっと鉄に物がぶつかる重い音がする。

「う、ぐ、うあ〜」

 クリーチャーが不機嫌そうなうめき声をあげて、無数の手で大砲を掴んだ。粘土でもこねるように、大砲がみるみるうちにひしゃげていく。

 そのすきに、私とジンはまた駆け出した。

「どこに向かってんだ!?」

「わかんない!」

 勢いと勘に任せて走っているうちに、上へ続く階段を見つけた。今度は踏み抜いてしまわないように、丈夫そうなところを選んで登る。

 甲板へ飛び出すと、一瞬陽の光で目が眩んだ。ザパン、ザパン、と波が船体を叩く音がする。

「あ〜! あう! きゃはは」

 私たちが出たところは、マストのすぐそば。太い柱がクリーチャーを阻んでくれるように位置どって、様子を見る。

 ペタペタと、裸足の足が床を叩く音が聞こえる。私たちは、クリーチャーの位置がマストを挟んで反対側になるように、太い柱の周りをぐるぐる回る。ひとまずこれで一定の距離は保てるけれど、終わりのないこう着状態に入ってしまった。クリーチャーが走れば私たちも走り、クリーチャーが止まれば私たちも止まる。

 使えるものはないだろうか。甲板を見回して、転がっているものを確かめる。太くて丈夫そうなロープ、重そうな錨、ヒビ割れた瓶、ウミガメの甲羅、錆びて刃こぼれだらけになっている片刃の剣。レンズの割れた望遠鏡。

 海鳥が一羽、甲板に降りた。羽を休めて身繕いをし始める。

 クリーチャーの無数の目が、一斉に海鳥を見た。そして次の瞬間、海鳥はクリーチャーの手でがっしりと掴まれ、羽を折られてしまう。肉と骨がひしゃげる嫌な音とともに、海鳥はクリーチャーの口の中に消えていった。

「うわ……。捕まったらあたしたちもああなるってことか……」

「そうだね……。頑張ろう」

 よく考えなきゃ。あの怪物をなんとかする方法は、きっとある。

 クリーチャーに知性はないと、レンは言っていた。手当たり次第に全部を壊すとも。

 じゃあ、なぜ一号は襲われないのだろう。あんなにそばにいるのに。

「いいこと思いついた」

「なんだ?」

「ついてきて!」

 私たちは元来た道を走り出す。確か、こっちの方だったはず。闇雲に走ったせいでうろ覚えだけれど、クリーチャーが作った破壊の痕跡を遡って、走る。

「ついた!」

 やってきたのは、最初に入ったおもちゃだらけの部屋。相変わらず、部屋の中では一号とレンが睨み合っている。

「げっ、なんでここ? 修羅場に怪物なんか連れてきても、厄介なのが増えるだけだろ?」

「これでいいの!」

 私はジンの手を引いて部屋の中を進む。背後から、クリーチャーの足音が地響きとなって迫ってくる。

 おもちゃだらけの不安定な足場を、転ばないように、でも急いで進む。足音が近い。お願い。間に合って。

 一号のところへ駆け寄る。ガシッと一号の両肩に手を置いてクリーチャーの方へ突き出し、私はその後ろに隠れた。

 理由はまだわからないけど、クリーチャーは一号を襲わない。だから、ここが一番安全だ。

「助けてお兄ちゃん!」

 はあ? と一号の口から気の抜けた声が漏れた。

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