第7話 (ミライ)

 旅に必要なものを市場で買い込んで、シュウさんが用意してくれた馬車に積み込む。

 食べ物、飲み物、薬、野宿用の毛布、火種、着替えを一組。他にも色々。準備を済ませて、街を出た。

 結構大きい馬車だ。必要なものを積み込んでも、結構場所が空いている。

 御者の席にレンが座り、私もその隣に腰を下ろす。ピシッとレンの手で鞭がしなって、馬が歩き出す。

 街の周囲を取り囲む草原を抜けると、深い森に入った。

 森は好きだ。木々に囲まれていると、山での生活を思い出して気分が落ち着く。馬車は、ギリギリ通れるくらいの幅の道を通って進んで行く。なんども、馬車の幌を枝がかすめる。

「シュウのやつ、なんでこんなでかい馬車よこしたんだ。二人乗れればそれでいいのに」

「ダメだよ。せっかく貸してくれたんだから文句言ったら」

「でも、全然スピード出せないんだよ。このぶんだと、今日は森で野宿かな」

「野宿! 初めてする!」

「そんなに喜ぶことでもないと思うけど」

 太陽が沈みかかっていて、空には薄闇が広がっている。リスが巣穴に帰り、夜の鳥が鳴き始める。

 私たちは馬車止め、森の中で薪を集める。一応荷台に薪は積んであるけど、使い切ってしまっては不便だから、今日はここに落ちているものを使う。薪を組んで火を起こし、持ってきた干し肉を炙って食べる。乾いた肉は堅いけれど、味が詰まっていておいしい。よく噛めば、いくらでも肉の味が染み出してくる。

「ねえレン。海の街へはなにをしに行くの?」

「そうだなぁ。とりあえず魚でも食べよう。海の魚は食べたことがないだろう? 泳ぎの練習もしようか。できるようにしておけば、色々便利だ」

「そうじゃなくて、シュウさんになにか頼まれてたじゃない?」

「大丈夫。ただの野暮用だからすぐに片付くよ。あいつは昔から大げさなんだ」

 食事を終えると、すっかり辺りは真っ暗闇になっていた。もう寝るくらいしかやることがない。焚き火の弱い明かりを頼りに、荷台の中を探る。

 荷台に積んだ毛布を持ち上げようとして、驚いた。重い。おかしいな。家にあった布団はこんなんじゃなかったんだけど。都会の毛布はこれが普通なんだろうか。

「うーん!」

 持ち上げるのは大変そうなので、引っ張ってみる。動いた。このまま引きずっていけば、馬車から降ろすことくらいはできそうだ。ちょっとボロくてささくれている木の床の上を引きずって、なんとか毛布を動かす。

 荷台の端まで引きずって、私だけ先に地面に降りる。あと少し引っ張れば、毛布を荷台から下ろすことができる。腕に力を込めて、エイっと毛布を荷台から引っ張り下ろした。

「いってえ!」

「ひょえっ!?」

 毛布の中から人の声が聞こえた。誰かいるんだ。

 ばさっと毛布が飛んで、その下から現れたのは、昼間街で出会った少女、ジンだった。台車から落ちたときにぶつけたらしく、腰を手のひらでさすっている。

「あっ! しまった! 寝てた! やっべ!」

 結構長いこと寝ていたみたいだ。もともと跳ねている量の多い髪に、くっきりと寝癖がついている。

「え、えっと、ジン? なにしてるの?」

「ミライ? どうかしたのかい? ……誰だお前は」

 私の悲鳴を聞きつけたのか、食事の片付けをしていたレンが顔を出した。そして突然現れたジンを見て、私の腕を引いて自分の後ろに下がらせた。すごく、警戒してる。

「レン、大丈夫だよ。この子はジン。町で私を助けてくれた子なの」

「おう、さっきぶり! こいつがお前の旦那か! 陰気なツラしてやがるな!」

 ピリピリした空気を発していたレンの、肩の力が抜けた。軽いため息を吐いて、私のおでこを指で小突く。

「ミライ。嘘をつくのはやめなさい」

「そのうち本当にするからいいの」

「そういう問題じゃない。それで、ジンといったね? 君はどうして僕たちの馬車に潜り込んでいたんだ?」

「あたしがこの馬車に乗り込んだ目的は、三つある」

 ジンが人差しを立てて、私たちの目の前に突き出した。

「一つ。ミライを助けたお駄賃をもらいにきた。あんたがヤバい奴かもしれねえと思ってあの時は逃げちまったが、やっぱり惜しいことしたと思って」

 今度は中指を立てて、話を続ける。

「二つ。あんた、錬金術師なんだってな。金を練る術ってくらいだ。あんたにくっついてけば、金が手に入る気がする」

 薬指が立った。

「三つ。あんたたちに危険を知らせにきたんだ。町でミライをさらおうとしてた黒い鎧の男が、買い出しをしていたあんたたちをずっと見ていた。馬車が出発するのと同時に姿を消したから、多分追ってきている。今もその辺にいるかも」

「げっ、それ本当? どうしようレン」

 レンの顔を見上げる。いつもと変わらない穏やかな顔をしている。金色の瞳に、炎が写り込んで揺れた。

「黒い鎧……。そうか。うん、大丈夫だよ。その人は僕に用があるんだ。さあ、今日はもう寝よう。ジン、ありがとうね。今日はここを寝床にすればいいけど、君は町に帰りなさい。手紙を送って話は通しておくから、お礼は町長から受け取ってくれ」

「やなこった。乗りかかった船からは降りねえのがあたしのポリシーさ。それに、ここから歩いて帰るのもたるいし、町に置いてきて惜しいようなもんもないからな」

「家族はいないのか」

「いねえよ、そんなもん。だから、どこへ行こうとあたしの自由ってこった」

 家で読んだ本の一節を思い出した。恋について書いてあったのと同じ本に、友達についての記述があった。『友達。一緒にいると楽しいと感じ、困ったことがあれば手を貸して助けてやりたいと思う相手。多くの場合は同性で年の近い相手に友情や友愛を感じる。』

 ジンは、私たちが黒い鎧の人に追いかけられていると知って、手助けをするためについてきてくれた。ということは、ジンは友達だ。

「レン、私もジンと一緒に行きたいな。初めてできた友達だし」

「おう! そうだそうだ! 連れてけ!」

「友達って……。さっき会ったばかりだろう。気がはやいな」

 レンは少しの間、顎に手を置いて何か考えていた。私とジンを交互に見て、困ったような呆れ顔で頷いた。

「うん、しょうがないな。いいよ。ちょうど、ミライは僕以外の人間と接点を持った方がいいと思ってたところだしね。さあ、二人とも寝なさい。ひとまず僕が火の番をしよう。月が空の真ん中に来たら交代だ」

 レンが空を指差した。下弦の月はちょうど登り始めたところだ。

 私とジンは布団でくるまって、隣り合って横になった。顔のすぐ横に生えている草が、青臭い匂いを放っている。外で寝るってこんな感じなのか。

「なあなあ。ミライはあいつのどこが良くて惚れてんだ?」

 ニヤニヤしながら、ジンが私に聞いて来た。かすかに届く焚き火のあかりで、ジンの黒い目が好奇心に輝いているのがわかる。ニッと笑った口元に見えるすきっ歯がチャーミングだ。

「おっ、恋バナ? ふふふ、こういうの初めて。えっとね、私の名前を呼ぶ声が、とっても優しいところが好きなの」

「ほー。ごちそうさんです」

「でもね、私はレンのこと好きだけど、レンは私のこと好きじゃないみたい」

「そうか? そうは見えねえけど。あんたのことをすごく大事にしてる。さっきだって、急に現れたあたしを警戒してあんたを後ろにかばっただろう?」

「うん、大事にはしてくれるよ。でも、恋はしてないんだって。いつかレンが私に恋をしたら、今よりもっと優しい声で呼んでくれるかもしれない」

「へー、なるほどねえ。そこんとこどうなんだ、錬金術師さんよ。煮え切らない態度は不誠実だぜ?」

「いつもはっきり断ってるはずなんだけどね。本人のいるところで噂話をするのはよしてくれ。気分のいいものじゃない」

「こんなに好かれてるのに気分が良くないってのも変な話だろうが」

「でしょ! ジンもそう思うでしょ! もっと言ってやって!」

 きゃらきゃらと笑う私たちに、レンが釘を刺した。

「こら。早く寝なさい。明日は日が出たら出発するから、早く寝ないとつらいぞ」

「はあい」

 ジンと顔を見合わせて、「怒られちゃったね」と笑い合う。なるほど、友達と過ごすというのは、とても楽しい。

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