14. お兄様なんて呼びませんからね!
(え……えっと……これは疑われてる? ゲームとは違う行動をしていたから、おかしいと勘づかれたってことよね?)
ゲーム案内役の彼は、制作者側に一番近い立ち位置だ。言わば、このゲームにおいての神に最も近い存在。だからこそ気づかれたのだろう。
ヒロインの恋路を助ける彼は、シナリオを知る者。各キャラクターの特徴と役割も当然知っているし、イレギュラーの行動をしたら真っ先に気づく。
(もしかして、最初から怪しいと思われていた? 今までは様子見をされていたってこと?)
さあっと血の気が引く。混乱のあまり、瞬きの回数が増える。
何かを言わなくては。無言は肯定の証しだと思われてしまう。けれど、何を言えば。どう取り繕えばいいのか――。
「絃乃さん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「……へ、平気です」
「本当に? 無理はよくないですよ」
優しい言葉が胸に突き刺さる。疑われているとわかった以上、今までのように文面どおりに受け取ることはできない。
今の自分は、彼にとって異質の存在なのだ。
(本当のことを話す? ううん、仮にこの場は信じてくれたとしても、疑念は残るわ。それだと意味がない。香凜はもういない。今の私は百合子の親友で、白椿家の長女なのだから)
今、頼れるのは己のみ。
考えろ。この場を切り抜ける、もっともらしい理由を。
「……私……私は……」
「はい」
「……賀茂川で出会ってから、あなたのことが忘れられなくて。あなたとお近づきになりたいと思ったのです。……その、未来のことは正直わかりません。こうなったらいいなという未来はいくつかありますが、運命は自分でつかみ取るものでしょう? ですから、自分にできることは最大限取り組みたいと思っています」
好感度上昇による強制イベントは、絃乃の力ではどうしようもできない。
介入をするといっても、できることはたかが知れている。キャラクターの行動が本筋から大きく離れると、後々のイベントに悪影響があるおそれもあるからだ。
「百合子のことは、そのまま放ってはおけなくて。彼女は私にとって、かけがえのない親友なんです。彼女の幸せのためなら、校則を少し破ることも厭いません」
詠介は静かに聞き入っていたが、やがて得心がいったように頷いた。
「つまり、いつもと違う行動は友を思う気持ちが原動力となっていた、ということですね。そして、僕のことも慕ってくださっていると」
「……そのとおりです」
改めて本人から言われると、いたたまれない。顔から火が噴きそうになりながら、必死に耐える。
彼は黙り込んだきり、一言も発さない。いつまでこの我慢大会は続くのだろう。
硬直状態を解いたのは詠介の微笑だった。
「奇遇ですね。僕もあなたのことが気になっていたんです。初めて話をした日から、もっと話してみたいと思っていました」
「……っ……」
「絃乃さんは不思議な魅力がある方ですね。話していると落ち着きますし、いつまででも話していたい気分になります」
「そ、そうですか……」
どうしよう。これはひょっとして、脈があるんじゃないだろうか。
だが、内心で喜ぶ絃乃に、奈落に突き落とす言葉が降り注ぐ。
「はい。妹がいたらこんな感じかなと……」
「…………妹、ですか」
「僕には兄が一人いるのですが、ずっと妹か弟がほしいなと思っていて」
嬉しそうに言う詠介を見て、絃乃は顔が引きつりながら、少し前の記憶を遡る。
妹がほしかったという言葉は、つまり。
恋愛対象外ということに他ならない。好きになってもらえても、妹では恋人にはなれない。思いが通じ合ったと喜んでいたのに、こんなのあんまりだ。
甘い雰囲気と思っていたものはすべて、兄妹のような親しさからくるものだったのか。
(そういえば、葵も詠介兄さんって呼んでいたわ……え、っていうことは)
絃乃はキッと眦をつり上げて宣言する。
「私は絶対、お兄様なんて呼びませんからね!」
「え、絃乃さん……?」
「失礼します!」
怒りのまま踵を返し、店を出る。まだ口をつけていない和菓子が一瞬脳裏をかすめたが、追ってくる足音はなかった。
◆◇◆
玄関すぐ横の書生部屋で、葵は眉間を険しくしていた。
現在、佐々波家の書生は葵一人だ。そのため、数人で使う部屋も一人きりで使わせてもらっていた。詠介は何かと気にかけてくれ、勉学に集中できるようにと配慮してくれる。
(姉さん……もう俺のことは忘れて、早く楽になって)
女学生になった姉は、昔のおてんばだった様子はなりを潜めて、淑女らしく成長していた。そそっかしい面は変わっていないようだったが。
前世では仕事に疲れて家事は二の次、という体たらくだったが、今世では何か問題を起こしていないだろうか。一度考え出すと、あれもこれも心配になってくる。
(これが弟の性ってやつか……)
何の因果か、生まれ変わっても家族という絆で結ばれてしまった姉。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、わからない。
(確かに、死ぬ前にもう一度会いたいと願った――だけど、転生先で出会うことになるなんて誰が想像するんだよ。しかも、また姉と弟だし)
どうせなら兄のほうが……いや、今はそんなことよりも。
あいつに見つかるわけにはいかない。彼女を守るためにも、離れなければ。
(家に行ったのは失敗だったな……)
あの日、あの時間、計算されたように出会ってしまった。あれは必然だったのだろうか。
前世からの再会を果たした姉は元気そうだった。それだけが救いだった。
机の引き出しを開け、その奥に隠してある布を見つめる。布の下をめくることはせず、気持ちを押し隠すように引き出しを元に戻した。
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