第58話 恋愛脳、ドラゴンをスレイする
「――いいですか、オリガ。あなたに【
ユーリィはオリガに果たしてほしい役割を伝えます。
本当ならエレナさんにやってもらいたい仕事ですけど――弟子なんだから、あなただってできるでしょう?
「やってみせる。この身に代えても」
「またそんなこと言って。失敗したらオリガだけじゃなくてユーリィも墓の下ですからね? 分かってます?」
「大丈夫だ。王立魔法研究所で二番目に優秀な魔法使いが立てた作戦なんだろ」
……それ、微妙に答えになってないですけど。
まあいいか。きっと、大丈夫ですよね。
「それじゃ、いきますよ――」
残り少ない
それからユーリィは、声を張り上げました。
「ササハラ・シオン! このユーリィ・カレラが
「……保護官?
シオンの表情が、強張ったような気がします。
あれ、逆効果でした?
「だったら。楽には死なせないね?」
あれれ? え、なんかめちゃくちゃ怒ってます? なんで?
「モンスターのみんな、あの女――ユーリィ・カレラを八つ裂きにしてっ! 足の指から順に餌にして――私と同じ目に合わせてやるっ」
「――――!!!!」
砦に侵入したモンスター達が、一斉に鬨の声を上げました。
まるで戦に向かう騎士団のように。
そして――ユーリィへと殺到し始めます!
「あれれ、ちょ、ちょ~っと予定と違いました、ね……?」
「ユーリィ! 掴まれッ!」
有無を言わせず、オリガに担がれて。
プロテクターに刻まれた風の魔法が発動すると――
飛びかかってきたナイト・ストーカー――黒い毛並みの巨大な狼達の牙をかわしながら、ユーリィ達は空中へ打ち上げられました。
「ちょっ、待っ、オリガ! 速い速い速いでふっ!」
「ユーリィの魔法のせいだろッ! 舌を噛まないでくれよッ!?」
オリガが身につけてるベリンダとかいう
(ううううう、酔う、酔いました、っていうか吐きそうなんですけど)
以前、エレナさんと飲み比べた時と同じか、それ以上の胃のむかつきが、ユーリィを襲っています。
ピンチです。
このままだと空飛ぶゲロ吐き魔法使いになってしまいそうです……
(ダメ! 伝説の魔法使いユーリィ・カレラの歴史に傷がついてしまいます!)
フライング嘔吐はダメ。乙女的にも絶対にノー!
「――ユーリィさんっ、エレナ姐さんっ! 聞こえるッスか!?」
「ソフィさんっ! よかった、生きてたんですね――うぷ」
胸元のポケットに入れておいた念話石から響く、ソフィさんの声。
少し聞こえづらいのは、大気中の
「おえ……ソ、ソフィさん! 見えますか!? ユーリィ達の姿!」
「あー……見えます! あのピョンピョン跳んでるバッタみたいなヤツッスね!」
もう少し優雅な表現をしてほしかったです。
草原を駆ける白いうさぎ、みたいな。
「モンスター達はこちらで引きつけますっ! ソフィさんは無事な方々の避難誘導をっ」
「了解ッス! ご武運を、宮廷魔法士殿!」
必死に吐き気を堪えながら、ソフィさんとの念話を終える。
あの、オリガ、本当に、少し加減してもらっていいで――おえ。
「無茶言うな――おっと――こんな大群の高
やるじゃないですか、オリガ。
これだけ高速で動き回りながら、文句を言う余力があるなんて。
ユーリィだって――うぷ――負けませんよっ。
(思い出すんです。そして再構築して、アレンジするんです)
この戦いにおける最後の切り札。
アル先輩が見せてくれたヒント。
一度しか見たことがない、しかも構成の図式すら見たことないような、アル先輩のオリジナル魔法。
それを再現してアレンジするなんて、普通なら絶対できません。
(でも出来るんですよ。この大天才には!)
ユーリィは自分にそう言い聞かせて、記憶の中に潜ります。
あの発動速度、効果と範囲、利用すべき自然現象――
「――まずいッ!」
オリガの悲鳴。
ユーリィは条件反射――いつか大師匠に叩き込まれた反射行動だけで、【
アシッド・フライが放った凶悪な酸弾が眼前で弾けます。
同時に、額から弾けるような頭痛。
霊素が枯渇してきた影響で、体内の霊素を消費してしまったせいでしょう。
これぐらい、全然平気です。
「すまないユーリィ、ベリンダが噴射する風の力が落ちてきて――」
「いいから動き続けて! 耐えてください! あと少しです、あと少しで――」
もうスピードも回転も気になりません。
今のユーリィは、アル先輩と一緒だから。
(先輩が考えた構成、目指した魔法、全てをなぞっていくこと)
それはまるで、先輩と一つになるような体験。
少し恥ずかしくて、でも全身が打ち震えるほどの快楽。
思考の指を触れ合わせ、すり合わせて、絡めあって、溶け合って。
「いよいよだッ、来たぞユーリィ! ホワイトドラゴンが首をもたげる――君が言っていた【
――知らない間に閉じていた瞼を、開けると。
ユーリィは空の上にいました。
オリガに担がれたまま、宙を舞っている最中でした。
眼下には知恵も理性もなく、団子状に密集したモンスター軍団。
その全てを合わせたよりも大きいホワイトドラゴンは、天を衝くような首の先からユーリィ達を睨みつけて。
城門のごとく巨大な口腔の奥から、絶対零度の冷却魔法が溢れ出そうとして――
(お願いです――力を貸してください、アル先輩ッ)
ユーリィは祈りとともに叫びます。
「――【
放たれた魔法は。
凄まじい暴風に乗って放たれた微細な刺激物――南方産の黒胡椒をイメージしてみました――は、うねりながらもドラゴンの口に、鼻に、目に吸い込まれていき。
――へっっっっっっぶしょいっっっっっ!!!!
文字にするとあまりにも間の抜けた――例えるなら、その辺の冴えないおじさんが放ったくしゃみのような音。
ただし音量は桁違いで、あらかじめ二重詠唱しておいた【
とにかく、多分、おそらく、人類が初めて目撃したドラゴンのくしゃみによって。
万物を凍てつかせる絶対無敵の生体魔法――【
ホワイトドラゴン自体の顔はもちろんのこと、無闇に集合していたモンスター軍団、ドラゴンの足元で聞くに堪えない雑言をワーワーと喚いていたササハラ・シオンまで。
全てが、凍りついたのです。
「……上手くいった……のか?」
「一分の疑いもなく、ですよ」
ついでに言うと砦の大半や周囲の地面、避難中の騎士団やら一般人もかなり凍ったのですが……凍結ガスが無秩序に拡散したおかげで、そこまでの被害はないようです。
多分。きっと。
「本当か、ユーリィ?」
「……そ、それよりも! ホラ! 早くシオンを抑えないと!」
随分と出力が弱まったベリンダの風を噴射しながら、オリガが軟着陸してくれます。
ユーリィはひらりとオリガの肩から降り、素早くシオンの元へ――
「――あれ?」
気づくとユーリィは、凍りついた地面に倒れ込んでいました。
なんで、あれ、どうして?
(身体に、力が、入ら、ない)
……霊素、欠乏、症?
ああ、そう、ですね、霊素が枯渇した環境で、未調整の、魔法なんか、使った、から。
体内の、
「ユーリィ!? なあ、ユーリィッ! 大丈夫かッ、しっかり、しっかりしてくれッ」
オリガが、慌てて、抱き上げ……へいき、です。
ああ、でも。
どうせ、なら、せめて、アル先輩、に、
(褒めてもらってから)
もらって、から。
…………
……
「――ユーリィ」
声。
優しくて、あたたかくて。
ほっとする。
(ユーリィが、だいすきな、こえ)
手を、伸ばします。
つかまえたら、もう離しません。
力いっぱい、ぎゅっとして。
離さない。
連れていきます。
せめて、この感触だけでも。
「う、げ、だい、じょうぶ、だよ……ユーリィ。必ず――助けるから」
耳元で響く、優しいささやきに溶かされて。
ユーリィは目を閉じました。
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