第39話 おじさん、JKの膝枕で癒やされる
「……その! あの! ……さっき、アルフレッドさんが、カレンちゃんにしてあげてたから! もしかしたら、あの、アルフレッドさんも、こういう風にしてもらったら? 嬉しいのかな? なんて……思ったんですけど……」
見上げると、耳まで真っ赤になったチヅルさんの顔があった。
そこでようやく理解する。
僕はどうやら、チヅルさんに膝枕をしてもらっているらしい。
ベッドの端で仰向けに倒れた状態で。
「いや、あの……ははは」
「ど、どうですか? い、癒やされ……ます、か?」
癒やされる以前に、頭をぐいっと引っ張られているので、若干、首筋が痛い。
……いや。でも、なんでだろう。
すごく懐かしいような。
(気のせいだ――きっと、疲れのせいだ。けど)
まるであの頃に戻ったような――チトセが生きていた頃のような。
――ああ。ダメだ。
気のせいだ。
もう彼女はいない。どこにもいない。
分かってるのに。
「……パーティ会場で、カザモリと――
「はい。エレナさんから、聞きました」
また、気が緩みそうになる。
「死ぬと思った。そしたら……チトセに会えるんじゃないか、って思った」
「……はい」
「分かってたんだ。僕は、その場でみんなを助けられる唯一の魔法使いで……何より、君達の元に帰らなきゃいけない。君達のそばで、君達の成長を、見守っていかなきゃいけない。分かってたのに」
僕は無責任だ。
ただの感傷で、大勢の人の命と――大切な子供達を放り出しそうになった。
「……ごめん。こんな話、聞かされても困るよね」
「謝らないでください。……アルフレッドさんは、悪くないです」
額に、チヅルさんの手のひらが触れる。
心地よいぬくもり。
「一番大切な人を、置いて……戻ってきてくれて。ありがとう、ございます」
「お礼なんて――」
「わたし、嬉しいです。アルフレッドさんが、生きて帰ってくれて。それに……わたしのことも、大切に思っていてくれて」
……危うく、また泣いてしまうところだった。
どうして僕はチヅルさんを前にすると、こんなに感情が緩んでしまうんだろう。
「……こちらこそ、ありがとう」
額に乗せられたチヅルさんの手を取る。
その感触を――確かな感触を確かめて。
「誓うよ。チヅルさん。僕は、君を遺して逝ったりはしない。絶対に」
まっすぐに見上げると。
信じられないぐらい真っ赤になったチヅルさんと目があった。
「えっ、あれ、もしかしてチヅルさん、お酒飲んだ? ごめん、間違えて持ってきちゃったかな」
「――ひぇ!? えっ、ちが、違うます! 飲んでないでしゅ! ほ、ホントです!」
どうみてもシラフではなさそうな様子で、チヅルさんはがばっと立ち上がり――危うく床に放り出されるところだった――ギクシャクとした足取りで部屋の扉を開けると、
「あの! わ、わたしも! そろそろ、ねましゅ!」
「え、あ、おやすみ、でも、寝る前に水を飲んでおいた方が……」
ばたん。
……たったったった……
僕は一人、眠るカレンの傍に取り残されて。
(……もしかして、おじさんに手とか握られるの、やっぱり嫌だったのかな……)
いやでも今までも何度か握ったような――あ、嫌だったけど我慢してたのかな――思春期の女の子は父親を避けるっていうし――待てよ、これがセクハラってヤツか――エレナに相談しようかな――いやいや同じ年頃の子の方が――でも学校の教え子には言えないな――
なんて、悶々としたまま眠りについたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辺境に帰ってからの日々は、それはもう穏やかなものだった。
思えばこれが、元々の僕達の暮らしだったのだ。
僕は村の学校で講義しながら、合間に自分の研究やカレン達の練習に付き合う。
カレンも村の学校に通いながら、熱心に魔法の練習を繰り返していた。
チヅルさんはル・シエラの手伝いをしながら、少しずつ魔法を身に着けていった。
もちろん辺境なので、時折危険なモンスターが現れることもあったが、エレナ達自警団がきちんと水際で討伐してくれた。
まあ、たまに人手が足りないと僕に声がかかることもあったけど。
こうして一連の
誰かが、我が家の扉を叩いた。
「おや。誰だろ?」
「あらあら。わたくしが出てまいりますね」
「あ、いいですよ、わたし出ますっ」
休日の穏やかな朝。
サリッサや学校の友達と虫捕りに行くカレン――いつの間にか、季節はすっかり夏だ――を見送ったあと、僕とチヅルさんは、ル・シエラが淹れてくれた特製ハーブティで一休みしていたところだった。
先日ローズさんの店で仕立てたばかりの夏物のスカートを揺らしながら、チヅルさんが玄関へと向かう。
ローズマリーの香りを楽しみながら、僕はその後ろ姿を眺めていた。
「それで? 夏祭りの準備は順調ですか、実行委員さん?」
「はは……僕には重すぎる大役だよ、ル・シエラ。まさかこんなに事務作業と交渉が多いなんてさ。グロリアとアガタ司祭が手伝ってくれなかったら、とっくに逃げ出してる」
お気に入りのティーカップをソーサーに置きながら、ル・シエラがくすくすと笑う。
「そういう訳にはいかないでしょう? カレンちゃん、とっても楽しみにしていますものね」
「チヅルさんにとっても初めての体験だしね。二人のいい思い出になるといいんだけど」
言って、僕はクッキーを口に放り込んだ。
ドライフルーツがたっぷり入っていて、程よい酸味が舌に心地良い。
昨日、打ち合わせのときにアガタ司祭がお裾分けしてくれたものだ。
教会が出す屋台の試作品らしい。
「――頼もうッ! “
「えっ、エレナさんですか? 今日はまだ来てませんけど……」
何やら玄関の方が騒がしい。
チヅルさんが出迎えたのは、どうやら若い女性のようだけど。
(今、エレナって言った?)
もしかして隣にあるエレナの家と間違えたのかな。
今日は早朝歩哨の当番日だったから、そろそろ帰ってくると思うんだけど。
お客さんなら、ウチで待っててもらおうか。
なんて呑気に考えながら玄関に向かうと。
「――むッ! そちらが“
入り口に立っていたのは――完全武装の冒険者だった。
年若い女性だ。
二十歳になるかならないか――少女と言った方が正しいかもしれない。
短く切った髪は栗色、爛々とした眼差しは鮮やかな橙。
ほこりまみれのマントの下には使い込まれたスケイルアーマーを着ている。
背負った荷物の様子からして、長旅の末に村に着いたばかりだろう。
「ええと、僕はアルフレッド。そちらは?」
「それがし、オリガ・シギナと申すッ! “
部屋中に響くような大声。
耳が痛くなりそうだけど……今なんて言った?
(手合わせ? エレナと?)
弟子入り志願、ってことか。
「それがしが勝利した暁には、“
あ、違うな。
これはもしかして、いわゆる――
「ど、道場破り……的な?」
「武器を取られよ、“
言うなり、冒険者の女性――オリガは腰に帯びていた長剣を抜き放った。
脅しにしか使えないなまくらや、枝葉落とし用のナタではない。
本物の剣士によって振るわれてきた刃。
「ちょ、ちょっと待って、ええと、少し落ち着いて」
「お時間を取らせるつもりはありませぬッ」
流石に、この狭い空間で刃物に対処するのは骨が折れる。
というか、万が一にもチヅルさんを巻き込む訳にはいかない。
視線を送ると、チヅルさんは僕にうなずき返してから、ジリジリと後ろに下がり始めてくれた。
いいぞ、流石だ。
転移してきたばかりの頃に比べたら、ずっと危険への対応力があがってる。
とにかく僕は諸手を挙げて降参の意を示すが、オリガが構えた剣は揺らがない。
「無手でも構いませぬが、敗北の理由にはなりませぬぞ――」
「オイやかましいぞ、どこで刃物をちらつかせてやがる」
あっ、エレナ! よかった!
と僕が口に出すより早く。
「ふぎゅえ」
エレナの手刀を首筋に受けたオリガは、あっさりと白目を剥いた。
がちゃがちゃどさり、と音を立ててくずおれる。
ものの見事に失神したオリガを、エレナはしばらく無言で見下ろし、
「……誰だ、コイツ?」
一撃してから確認するとは……流石、元S級冒険者の危機管理。
こんな田舎の自警団に務めさせておくのはもったいないんじゃないか。
「ええと……オリガ・シギナ、とか名乗って……“
僕の説明を聞くなり。
エレナは露骨に顔をしかめて、信じられないほど深い溜息をついた。
「またバカが湧いてくる季節になったか……最近はそういう連中も減ってきたと思ったんだが」
ぶつぶつとぼやきながら、彼女はオリガを肩に担ぐ。
鎧と荷物もあるのに、よくそんなに軽々と。
「ど、どうするの、その子?」
「二度とこんな真似ができないようにしてやる」
びっくりするほど冷たい声音でつぶやくエレナ。
僕とチヅルさんは顔を見合わせると――
慌てて、エレナを止めにかかった。
「いやいやいやいや、待ってエレナ! ダメだ、殺すのは無し! それはマズい!」
「そ、そうですよエレナさん! 怒らないでください、わたし達なら大丈夫でしたから! ね!?」
「オイお前ら、やめろ、コラ、あたしを何だと思ってんだ! 殺さないよ! いいから、離せ、バカ! この娘落とすだろうが!」
……こうして僕達一家の、騒々しい夏は幕を開けたのだった。
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