第29話 おじさん、イケメンと決闘する

 訳知り顔のピエールを置いて、僕らは一階に併設された酒場に降りた。

 昼間から大賑わいなのは、めでたいことなのかどうなのか。


 そわそわと落ち着かない冒険者達の間を縫って、地元産の黒ビールとジンジャーエール、それから薬草酒を注文する。


 誰からともなく空けてくれたのは、ソファ付きの一等席。

 革張りの羽毛に身を沈めると、エレナは開口一番、


「すまん、アル」

「え、何が?」

「お前のことを利用してしまった。……その、ああ言えばピエールも黙るだろうと思って、つい」


 よほど苦手なんだろうな。気の毒なピッエール氏。

 でもまあ、気持ちは分かる。

 僕だったら、あんな若くて将来有望な若者から真っ直ぐな憧れと愛情を向けられても、どう答えればいいか分からない。


 僕は笑って、自分のジンジャーエールに口をつけた。


「謝ること無いよ。むしろエレナこそ、こんな男と結婚したなんて噂が流れたら、迷惑だろ」

「そんな! そんな……ことは、ない」


 前科持ちでコブ付きで地位も名誉も資産も無い、冴えない見た目の三十歳。

 ……自分で言うと、余計情けないな。


「……アー。イイ機会だから、ホントに結婚しちゃエバ?」

「ノリでものを言うな、デズデラ! その、そういうのは、色々と手順があってだな」


 薬草酒のゴブレットを傾けながら、デズデラは呆れたような溜息を漏らした。


「ニンゲンの恋愛って、相変わらず面倒くさいナ。そこのニンゲン! おかわりダ!」


 あっという間に一杯を飲み干して、高々と店員を呼ぶ。

 自分でカウンターまで取りに行きなよ、と思うけど、エルフの習慣とは違うんだろうな。


「さっきから人のことばかり首を突っ込んでくるじゃないか。自分はどうなんだ、デズデラ?」

「エルフは、ニンゲンと違ってシンプルだからナ。気に入ったモノがいればどんなカタチでもイイから捕まえて、ヤル」


 ……ううん、これも文化の違い。


 それにしても、見た目は十代後半の美少女感あふれる――実際何歳なのかは聞いてないけど――デズデラがそういうことを言っているの、おじさんすごくハラハラする。

 変な男に捕まったりしてないよね?


「フン。節操のない連中だな、エルフというのは」

「ドッチがダ。限られた手駒でやりくりする短命種ニンゲンと違って、ワタシ達はパートナーをじっくり選んデ、ヨリ優秀な子を成す余裕がアルんだヨ。その分、気に入った相手は絶対に逃さナイ」


 デズデラは、運ばれてきた薬草酒を受け取るなり飲み干す。

 エレナもいつの間にか追加の注文頼んでる。ここの黒ビール、鉱山労働者向けに強くしてあるんだよね。


 ……よくない流れだな、これ。


「二人とも、この後、まだひと仕事あるからね? 飲みすぎないでね?」

「いくら相手を吟味しようが、お前みたいな無神経が生まれるようじゃ大したことないな!」

「黙れニンゲン、子も成せズ虚しく死んでイク負け犬のクセに、遠吠エもいいとこダ!」


 完全にダメな奴だ、これ。


「あの、二人とも、落ち着いて、ね。一旦、水でも飲んで」

「大体ナンダ、オマエ、アルフレッド! いつまでもウジウジメソメソするナ! 過去ハ過去、今ハ今! ワタシみたいに無垢で可憐で美しいダークエルフがいタラ、ちょっと欲情してみロ! ホラ見ろこのフトモモを! 触るか? ン?」

「やめろアルに絡むな、下品が感染る! 大人しくその辺のヘッポコどもでも相手にしてろ!」

「うるさいゾ処女ヴァージン! ワタシがアルフレッドを気に入ったんダ、オマエに口を挟む権利はナイ! あのピエロだかピッエールだかとイチャイチャやってロ!」


 何故か僕に抱きついてくるデズデラ。

 引き剥がそうとするエレナ。


 ……完全に酒場中の注目を集めちゃってるんだけど、どうしようこれ。

 二人とも一回眠らせたほうが良いかな? 飲み物に魔法かけようかな?


「――なんです、何の騒ぎです?」


 とうとう上のフロアで仕事中のピエール氏まで出てきてしまった。

 酒場に顔を出すなり、彼は――


「――これは、一体……どういうことでしょう? アルフレッド殿」


 生ゴミでも見るような眼で、僕を見た。


 うん。まあそうだよね。

 あれだけ好きだったエレナが結婚したと知って、せめてものはなむけに、と闇ギルド討伐を手伝うって決めたのに。


 肝心の僕が、エレナだけじゃなくてデズデラにも抱きつかれてるなんて。

 この状況に出くわしたピエールの気持ち、想像したくない。


「オッ! いい所に来たナ、ピエロ! オマエ、魔法使いだロ! 決闘ダ、アルフレッドと決闘しロ! エレナを賭けてナ!」

「何が決闘だ、アホらしい! あたしは、あたしに勝てない奴と付き合うつもりは一切ないぞ!」


 あーあーあー、もうこれ以上話をこじらせるのはやめてくれ。

 僕は早く仕事を終わらせて、カレンのもとに帰りたいんだ。


「……私はかまいませんよ。このピッエール・ラングレン、決して敵わぬ大敵を前にしたとて、我が愛しきエレナ・キーネイジ様を傷つける浮気者に一矢浴びせる気概はありますとも!」

「よっ、言うねギルド長! 男前!」

「えっギルド長、エレナ・キーネイジのこと好きだったの!?」

「てかあの赤毛、“剣聖ソード・マスター”の旦那かよ! ダークエルフの愛人まで囲ってんのかクソ!」

「俺もやるぞ! 斧ありったけ持ってこい!」

「オレはあのハーレム野郎の負けに賭けるぞ!」

「じゃあアタシはギルド長の負け!」


 酒場の入り口で逆光を浴び、かっこよくマントをはためかせるピエール。

 やめてくれ、周りの冒険者達も囃し立てないでくれ。


 ものすごいアウェイ感の中、僕はエレナとデズデラを引き剥がして、立ち上がった。


「……ええと。お騒がせしてすみません。色々と行き違いがあって――」

「言い訳するナ、アルフレッド! この状況、どーするんダよ!」

「これ以上煽るなデズデラ! ピエールはバカなんだぞ!」


 どうするもこうするも、僕はチトセのことが好きで、それだけは今も変わらない。

 ……でも、それを正直に話せば、今度はエレナの嘘がバレてしまう。

 それはそれでエレナがかわいそうだ。


(……ていうかこれ、完全にデズデラのせいじゃない?)


 とはいえ彼女はエルフとしての価値観に従っているだけで……


 ああもう。面倒くさくなってきた。

 覚悟を決めよう。


 今の僕は、エレナの夫。

 うん。それで押し切る。がんばれ僕。


「……自分の名誉のために言っておきますが、僕はこのダークエルフの女性とはそういう関係じゃありません。ですが、ギルド長さんの気持ちを晴らすためには、この決闘、お受けしたほうが良さそうですね」

「ちょ、おま、本気かアル!?」

「心配はいらないよエレナ、愛しい人。水飲んで、少し酔いを覚ましておいてね」

「なっ、あ、おっ? い、いとし、いとしい……いとしいしと……?」


 僕はテーブルを跳び超えて、酒場の中心にできた人の輪に足を踏み入れた。

 そして、真顔のピエールと向き合う。

 この人、ホントにハンサムだな。しかも義理堅い。すごくモテそう。


「私が勝ったら、今後一切他の女には触れず、エレナ様だけを愛すると誓いを立てていただきますよ、アルフレッド殿!」

「……じゃ、僕が勝ったらピエールさんには、この場にいる全員に一杯ずつ奢ってもらいますね」


 僕への声援が一気に増えた。

 よし、アウェイ感が減った。


「ヨーシ、オマエら、構えロ! 降参するか、戦えなくなったら終わりダゾ! ワタシが弾いたコインが床に落ちたラ、開始ダ!」


 いつの間にか僕らの間に立っていたデズデラが、指先でコインを弾く。

 宙を舞うコインは、くるくる、くるくる、くるくると回転して――


 床に落ちた。


「切り裂け――【風刃ウィンド・ブレード】ッ」


 先手を取ったのはピエール。

 いきなりの全力発動――本気で怒っているな、これは。


 対人用としてはかなり出力が高い。生身に当たれば腕ぐらいは落ちるだろう。


(……できるだけ正体がバレないように、でもきちんと勝たないと)


 ピエールは僕の正体を知っている。

 自分が負けて当然だと思っているだろう。

 万が一僕が負けたら、手抜きだの八百長だの不誠実だのと言ってへそを曲げるに違いない。


 かといって彼に怪我をさせでもしたら、闇ギルド討伐に支障が出る。

 その辺りの加減をわきまえて、上手いこと勝たないといけない。


 ……そういう繊細なのは、僕、一番苦手なんだけど。 


(【反射リフレクション】――)


 僕は無形の刃をそっくりそのまま、


(【半減ハーフ】)


 いや、少し弱めてピエールに返した。


「なんの、【シールド】!」


 流石に無詠唱は予測していたのか、ピエールは冷静に障壁を張った。

 刃は阻まれ、霧散する。


(正確な魔法。よく訓練されてる。ピーターはいい弟子を持ったな)


 でも遅い。決闘慣れしてない。

 そこもピーターに似てる。彼は精緻な構成を操る魔法使いだったけど、フィールドワークは苦手だった。


(【雷撃ライトニング・ボルト】――)


 指先から放った紫電が、ピエールの脚を射抜いた。

 本人の意志とは関係なく暴れだした脚のせいで、体勢を崩すピエール。


「くっ――なんのッ」


 膝をついた彼に叩き込むのは、


(――【念動キネシス】)


 目に見えない力で弾かれたビールジョッキが、すくい上げるような軌道でピエールの顎をかち上げた。

 のけぞった彼の口から、声にならない悲鳴があがる。


(弱点を再三狙って悪いけど、これでまた脳震盪でも起こしてくれれば――)


 残念ながらそううまくはいかなかった。

 再び僕を睨みつけるピエールの目には、紛れもない闘志の光。


「まだだ、まだ負ける訳には――喰らえ、【空気噴射エア・ブラスト】ッ」


 顔に叩きつけられた空気の奔流に、僕は反射的に目を閉じる。

 その隙をついて、ピエールがすかさず次の魔法を放った。


「【木矢ウッド・アロー】!」


 ベリベリと剥がれた床材が、文字通り矢となって僕めがけて飛来する。

 視界がなくてもそれぐらいは分かった。


 研ぎ澄まされた木片が、僕の腕に、脚に、腹に突き刺さる――

 

 勝負はついた、と誰もが思っただろう。

 だが。


(【アーマー】――)


 体表に展開した力場のおかげで、木材が叩きつけられる衝撃はあるが痛みは感じない。せいぜい、枕で殴られたぐらいだ。

 ……少しはダメージを受けておいた方がいいだろう、多分。

 興行的に。


(――【嵐弾ストーム・ボルト】ッ)


 僕は目を開くと――大きな力を解き放った。

 文字通り小さな嵐を相手にぶつける、【空気噴射エア・ブラスト】を何倍にも強化し、凶悪にした魔法。

 

 荒れ狂う大気が、うねり捻れて螺旋を描きながらピエールを飲み込んだ。


「う――わ、ぁぁぁぁぁッ」


 凄まじい轟音に、悲鳴すらかき消され。

 騒嵐は酒場の壁をぶち破って、ピエールの身体をもみくちゃにしながら店の外に放り出した。


「……拳闘ボクシングなら、リングアウトってところだね」


 何人かギャラリーが慌てて外へ駆けていき――ピエールの無事を確認してくれた。


 直撃もさせていないし出力も絞ってあるから、死にはしない。

 骨は何本か折れたかもしれないが、医療魔法を使えばすぐに治るはずだ。


 これが僕の精一杯の――本気っぽい勝ち方、だ。


「勝ッ者ァァァァァァァ、アルフレッドォォォォォォッ」


 いつの間にかテーブルの上によじ登っていたデズデラが、拳を突き上げて高らかに宣言する。

 その瞬間、冒険者ギルドが悲鳴と歓声に満たされた。


 タダ酒にありつこうとバーカウンターに押し寄せる酔っぱらい、ギルド長を心配する女性陣、異様なテンションで僕を胴上げする人々、などなどなど。


 そもそも何のための決闘だったのか、なんでこんなことになったのか。

 もう色々訳が分からないけれど、冒険者というのはきっとそういうことを気にしない人々なのだろう。


「よっ、やるじゃねえか赤毛の兄ちゃん! あのエレナ・キーネイジとダークエルフを二人ともモノにするなんて、普通じゃできねぇぞ!」

「色男! あのキザ野郎をノしてくれて、スッキリしたぜぇ!」

「今度はアタシの為に戦ってねぇ!」

「てかこっちで飲む? 男っ気足りなかったのよー!」


 ひとしきりもみくちゃにされた後、やたら大きなビールジョッキを渡された僕は、一等席に座るエレナとデズデラの間に戻された。

 そしてひたすら乾杯を求められる。


 ……みんなホントに好き放題だな。

 ピエールはああ見えて、エレナには一途っぽいのに。


「……結局、なんで戦わされたんだっけ、僕……」

「イヤー、ワタシは嬉しいゾ、アルフレッド! まさか、オマエがエレナだけじゃなくてワタシも愛してくれルなんてナー」


 えっそういう話だった?


「あたしに聞くなよ。まあピエールが勝ったら、その、あ、あたし、だけを、あ、あ、愛する、って話だったから……え、じゃあアルが勝ったら、その逆なのか?」


 質問に質問で返さないでくれよ。

 あとさりげなく抱きつかないでくれ、デズデラ。


「エー、なんでヨー、こんなに可愛くてセクシーなダークエルフちゃんなの二ー。ほら。フトモモ触っていいヨ?」

「分かったから、ホントやめて」


 ダメだ、もう酔っぱらいばっかりで収集がつかない。

 早いとこピエールを起こして、『闇狩り』達と作戦会議を始めないと。


 出来れば今夜中に闇ギルドを潰して、明日はカレンと領都で遊びたいんだ。

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