第5話 おじさん、双子の獣人を尋問する
「……おい、アル。聞いてるか?」
「…………」
「おい! しっかりしろ、アル!」
エレナに肩を叩かれて。
僕は思考の渦から戻ってきた。
「あ、ああ、ごめん。もう手続きは終わった?」
「とっくにな。しっかりしてくれよ、アル。これからお前を襲った
「ごめんよエレナ、ちょっとボーッとしてて」
やや波乱気味の朝食を終えた僕達は、村の中心にある冒険者ギルドを訪れていた。
家から遠くはない場所だが、ここに来るまでは一苦労だった。
一刻も早くチヅルさんを冒険者ギルドに預けたいエレナと、チヅルさんと離れたくないと駄々をこねるカレン、そして二人に手を引かれて困惑するチヅルさん。
「分かった、分かったよカレン。すまない、エレナ。僕とカレンもギルドまで同行させてもらっていいかな。今日は僕の担当講義もないし、例の
結局、場を収めるにはこうするしかなかった。
チヅルさんはギルドの要人が宿泊する二階の貴賓室へ。ここが村で一番警護の固い設備なのだ。
カレンも便乗して、ソファで飛び跳ねると息巻いていた。
僕はエレナの尋問に立ち会うため、一階の受付フロアへ。
村役場の次に大きい冒険者ギルドの建物には、いつもどこかのんびりとした空気が流れている。
こんな辺境の冒険者ギルドには、大きな依頼は流れてこないからだろう。
顔を見せる冒険者も大体いつも同じ顔ぶれで、激しい競争もない。
「カレンのことを、考えてたのか」
「……ああ」
まさか、あんな顔をするとは思っていなかった。
いくら打ち解けていたとはいえ、チヅルさんとは昨日であったばかりだというのに。
……過ごした時間の長さを絆の深さに変えてしまうのは、僕がおじさんだから、だろうか。
「仕方がないだろう。
エレナが言うことは正しい。
それは疑う余地もない。
僕は父親として、カレンの安全を最優先する。
でも。
カレンがそれを――危険を望むというのなら。
「……ごめん、切り替える。
「地下の尋問室だ、もうすぐ案内が――ああ、来たな」
エレナの視線の先から駆けてくる、冒険者ギルドの受付係。
見覚えがないから、多分新人だろう。
「うわー! はじめまして! アルフレッド・ストラヴェックさんですよね! お話はエレナさんから伺っています!」
大きな瞳をキラキラさせて、小躍りしそうなほどのテンションで、
「宮廷魔法士として、“
「わーやめろやめろやめろバカ! 何言ってんだお前ホントそういうのやめろバカ!」
勢いよくしゃべる受付係の女性に、エレナが素早くヘッドロックをキメた。
ギリギリと締め付ける音が聞こえそうなほどの強さ。
「あだだだだだエレナさんいだいいだいいだいだだだだごべんなざい」
「コイツの言うことは全然気にしなくていいからなアル、ていうかコイツも相当飲んでたから記憶があやふやっていうかあーいや憧れてたのは本当といば本当なんだがその」
「……あの、エレナ、もうそのへんで。その子、ちょっと頭の形変わり始めてるから、真剣に」
元S級冒険者の力なら人間の頭だってスイカのように炸裂させられる、というのは冒険者ジョークの一つだったが。
もしかしたら真実かもしれない、と僕は思った。
「あいたたた……すみません、アルフレッドさん。まさか生きる伝説とお会いできるなんて思わなかったもので、ちょっと興奮をしてしまいました」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、大袈裟だよ」
少なくともレッドドラゴンを倒したのは業績ではなく、ただの結果に過ぎない。
護衛についてくれた冒険者パーティを死なせてしまったのは、本当に辛かった。
一対一を挑んだときは、退路を失ってほとんど捨て身だったのだ。
どうにか生還した時、チトセに泣くほど怒られたのを憶えてる。
「ええと、僕の自己紹介はいらないか。君の名前を聞いても?」
「申し遅れました! 自分は、先月からこちらの冒険者ギルドに配属になりました、グロリア・サマーズです! どうぞよろしくお願いいたしますっ」
ものすごく元気のいい握手。
仕事へのやる気に満ち溢れている。少し羨ましくなるほど。
「……なんかこの子、眩しすぎるよ、エレナ」
「言いたいことは分かるぞ、アル」
エレナもどことなく目を細めながら、グロリアの笑顔を眺めている。
「
はつらつとしたグロリアの背中を追って、僕らも歩き出す。
腰に負担がかからないよう、前かがみのままゆっくりとしたペースで――
「だから言っただろ、アル。あたしが背負ってやるから」
「いい。だいじょうぶ。いける。がんばる。できる、僕、できる」
「……明らかにヤバいだろ、それ」
冒険者達が連れてきた賞金首やモンスターを捕らえておく地下牢は堅固な石造りで、当然のように薄暗くジメジメとしている。
その中で一番出口に近い場所にある部屋が、尋問室。
牢との違いは、明かりが少し多くて、テーブルと椅子があることだけ。
「出せー! ふとうたいほだー! われわれはだんことしてこうぎするー!」
「おなか空いた~! ごはんはまだか~!」
手錠で繋がれた双子の獣人は、子供のように足をバタバタさせながら口々に喚いていた。
というか、事実として子供なんじゃないか、と思うけど。
「コラ! 大きな声を出さない! 君達、ごはん抜きにするよ!」
「やだ~! それはこまる~……」
「バカ、ミド! やつらのさくせんにのるんじゃない! ひょうろうぜめだぞ!」
「ひょうろう? ひょうろうってなに?」
「えーと……ひょ、ひょ、ひょろ~っとしたやつだ」
グロリアとやりとりしている姿も、なんだか孤児院の風景を思い起こさせる。
僕はすっかり毒気を抜かれてしまったが。
「オイ、黙れ小僧ども」
さすがはエレナ。
一睨みで双子を黙らせた。ついでにグロリアも。
「……あたしが聞きたいのは、お前らの雇い主について、だ」
椅子には座らず、腰に下げた長剣に手を添えたまま。
エレナは双子を見下ろして続ける。
「お前らは
星の巡り、風のうねり、大地のざわめき、水面のゆらめき。
世界にただよう
そうした現象を読み取る魔法使いのことを、占星士と呼ぶ。
きちんとした予知のできる占星士はとても貴重で、大抵は金のある貴族に雇われ、政治の道具にされている。
「……しらん」
「しらばっくれても良いことはないぞ。地下牢に長くいたいなら別だがな」
「だまれ、オレ達はわるくない! はやくここから出せ、デカチチおんな!」
双子のうちの一人――髪の長い方で、確か名前はファド――が、特徴的な犬歯をむき出しにする。
その鼻先に。
いつの間にか切っ先が突きつけられていた。
「面白い冗談だな。どこから斬り落としてほしい?」
「――――!!」
エレナの抜刀が見えた人間が、この部屋にいただろうか?
もし彼女があと一歩踏み込んでいたら、獣人の首は床に転がっていたはずだ。
「……はなすもんか。しりたいなら、ジェヴォンさまにきけよ」
流石に青ざめたファドをかばうように、もう一人の獣人――ショートカットのミドが立ち上がる。
「ボクたちはジェヴォンさまの
エレナが笑う。
双子の獣人がかわいそうに思えるほど、凶悪に口角を釣り上げて。
「いいだろう。どちらか一人が生きていれば、事足りるからな」
「おいよせ、やめろ、逃げろ――ミド!」
翻った剣は、銀の光と化してミドの首筋に吸い込まれる――
「――そこまでだ」
寸前で床に落ちた。
刀身だけが、がらん――と、音を立てて。
「この子達はしゃべらないよ、エレナ。そういう顔をしてる」
「……相変わらずだな、アル」
エレナの剣は半ばから、錆落ちていた。
さっきまでは錆一つ無い、怖気が走るほど美しい刀身を備えていたはずなのに。
「【
怒っているというよりは、むしろ面白がっているかのように、エレナが呟く。
「エレナも変わらないよ。怒ると誰より怖い」
僕は溜息をついて、双子の前に進み出た。
「君達を見ていて分かったことがある。
敵だと思っていた相手に命を救われてしまい、どう応えていいか分からないのだろう。
ファドとミドは困った顔で、僕を見上げていた。
「……おまえ。なんで、たすけた? ボクたち、おまえを、ころそうとしてた」
「そうする必要があると思ったから。……それに、もしも
急に声をかけられて、ファドが目を瞬かせる。
「う……うん。悲しい」
「僕は、その悲しさを知ってる。できれば誰にも味わってほしくない。だから、だ」
二人はまだ、飲み込めていないようだったけれど。
これ以上説明したところで、同じことだろう。
大切な人を失う悲しさなんて、言葉で伝えて理解できるはずもない。
いつか自分で分かる時が来るのを、待つしかない。
できれば、取り返しがつかないことになる前に。
「……グロリア。二人を牢に戻してやってくれ」
呼ばれるまで息をすることすら忘れていたような顔で、グロリアが首を縦に振った。
「は、はい! 分かりました! あの! 移送お願いします! アダムさん、カールさん!」
監視担当の冒険者――ギルド所属者が持ち回りで担当する仕事だ――達がファドとミドを連れて行くのを見送ってから、僕とエレナは地上に戻った。
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