第1章 おじさんと元嫁そっくりなJK
第1話 おじさん、元嫁そっくりなJKと出会う
クレーターの中心で、少女は目を覚ました。
大きなクレーターだ――まるで隕石でも落ちてきたみたいな。
「……なに、これ」
ボソッと呟いてから、彼女は勢いよく起き上がり、
「なに、どこ、ここ、えっ、ええっ、これ、クレーター……隕石? というか、えっどこなのここ!? わたし、さっき、トラックにぶつかって、それで――あっ!!」
半狂乱の視線が僕を捉えた。
「あの! すいません、ここ、どこですか――おじさん!」
おじさん。
まるで予想していない角度から投げつけられた言葉が、僕の心臓をグサリと射抜いた。
「おじ、お、おおおう、おじさん、そう、おじさん。僕は、おじさんです」
「というか、あの、言葉分かりますか――外国の方ですよね?」
気遣わしげな少女を仕草で押し留めて、僕は少し深呼吸をした。
心を落ち着ける必要があった。
僕も、少女も。
「――大丈夫。君が何を言っているかは、分かるよ。『外国の人』という認識は当たらずとも遠からずだけどね」
「えっと……ごめんなさい。どういうことですか?」
少女は利発そうな黒い目を瞬かせながら、僕の答えを待っていた。
黒く艷やかな長髪。肌の色は濃い――僅かに黄みがかった東方系の顔立ち。
……見た目からして、間違いないだろう。
つい癖で、メガネを押し上げながら。
僕は口を開く。
「ここは君達がいた世界――『チキュウ』とは別の世界だ。いわゆる異世界という場所だね」
少女は――唖然としていた。
信じられない。そう顔に書いてある。
「驚くのは分かるよ。君達『チキュウ』の住民は、異世界の実在を信じてはいないだろう。でもこれは事実だ。冗談や嘘ではないし、サプライズパーティに呼ばれた訳でもない。……飲み込めたかな?」
言いながら、僕は防御魔法を展開する準備を整えていた。
長年続けてきた手順で、脳裏に魔法の構成を展開する。
少女がパニックを起こしても、安全に対処するために――最低限、クレーターの外に隠れている僕の娘だけでも守れるように。
異世界からの
その力を向けられれば、僕はこの場で灰にされるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――話を少し戻そう。
僕が彼女と出会う、直前まで。
「おとーさん、おとーさん! 見てコレ! すごい! 見たことない! これキノコ? キノコ?」
「ああ、珍しい品種だね――ちょっとカレン! 待って、一人で遠くに行かない!」
「おとーさーん! こっち! もっと変なのいっぱいあるー!」
カレン――今年で七歳になる僕の可愛い娘は、無邪気な歓声を上げながら森の中を走っていく。
僕は慌てて、その後を追いかける。
歩き慣れた森だった。
大きく育った木々が零す木漏れ日の下。
木の実を食む小リスやウサギ達をかわしながら、僕は前を行く小さな背中を捕らえようとして――
「ほら、カレン、待ちなさ――うわっとと!」
太い木の根に足を取られた。
柔らかい草の上とはいえ、鼻から突っ込むと結構痛い。
「うう……こんなところで転ぶなんて、ホント、足が上がらなくなってきたなぁ……」
どうにか無事だったメガネから泥を落としていると、カレンが駆け寄ってくる。
「おとーさん大丈夫? 痛くない? 泣いてない?」
「ああ、ありがとう、大丈夫だよ。カレンは優しいね」
母親譲りの黒髪を撫でると、カレンはニッコリと笑う。
「いくら楽しいからってはしゃぎ過ぎちゃダメだよ、おとーさん! もう
「おじっ――お、お、おお、
分かってはいたけど、愛しい娘に言われると傷つくのは何故だろう。
「ねー、おとーさん。ホントに平気? カレンが魔法で治してあげよっか?」
「そうだね。カレンがお姉さんになって、きちんと魔法を使えるようになったら、お願いするよ」
「あー! いっつもそれ! カレンもうお姉さんだもん! 魔法の練習だってがんばれるもん!」
ぷくぷくの頬を膨らませた顔は、赤ちゃんの時と変わらない。
僕はもう一度、カレンの髪を撫でた。
「知ってるよ。カレンはがんばり屋さんだ。練習を始めたら、すぐに上達するよ」
「もー! おとーさん、すぐそうやってカレンのこと『かわいいかわいい』する! 嫌い!」
「えっ、ごめん、ごめんよカレン」
「やだーきらーい」
とうとうそっぽを向いてしまうカレン。
ううむ、何がダメだったのか……
……自己紹介が遅れてしまった。
僕はアルフレッド・ストラヴェック。
今年で三十歳になる魔法使い。
二年前まで王立魔法研究所に努めていたけれど、訳あって退職。
田舎の村で教師をやりながら、娘のカレンを育てている。
自分で言うのも何だけど、面白みのある男じゃない。
中肉中背、顔立ちは眠たげ。特徴といえば、くしゃくしゃの赤毛ぐらい。
髭を剃るのは下手くそだし、外出着は二着のローブのみ。
たまの休日にやることは、研究、研究、研究。
そんな訳で、とうとうへそを曲げた娘のカレンのご機嫌を取るために、こうして村の近くの森に散歩にでかけてみた。
もちろん研究素材の採集を兼ねて――正直にそれを教えると、また怒られるから黙ってるけど。
「……あれ? おとーさん。なんか、変な音しない?」
「ん? もしかして虫の羽音かい? 歳を取ると、段々そういう高い音が聞こえづらくなって――お父さん、その、もうおじさんだから……」
「違うよ! ちゃんと聞いて、おとーさん!」
ローブの襟をガクガクとやられながら、僕も一応耳を澄ませてみた。
(……確かに。何か聞こえる――これは)
聞き覚えのある音。
宮廷魔法士をやっていた頃は、よく耳にしていた。
(空間の振動音――転移魔法の予兆!)
これといった産業もなければ名所旧跡もなく、貴重な素材すらない辺境に、わざわざ高度な魔法を使ってやってくる者はいない。
ということは、まさか。
「
「えっ、なになに、おとーさん!
時折、この世界とは違う
その姿形は様々で――王立魔法研究所のサンプルには、腕が七十本あるタコや金属片にしか見えない何かもいた――もちろん人間もいるけれど、全てに共通するのは、
そして、転移に伴う空間歪曲。
何しろこの世にないものが突然生まれるのだ。その分の空間を広げる必要がある。
大きくなった分だけ歪んだ空間は、全体の整合性を取ろうとする――その際に発生するエネルギーは膨大だ。
転移した物体のサイズにもよるが、反動だけで街一つが吹き飛んだという記録もある。
「カレン! こっちに来て! お父さんから離れるな!」
「う、うん、分かった、おとーさん――」
僕はカレンを抱きしめて、木々の間に伏せた。
――閃光。
そして、衝撃。
……聴覚が元に戻るまで、少し時間がかかった。
「……大丈夫かい、カレン」
「だ、だいじょうぶ! 怪我してないよ! おとーさんは? 痛くない?」
「ああ、平気だよ、これくらい」
正直、背中に飛んできた枝はかなり大ぶりだったけれど。
もしカレンに当たっていたらと考えると、そっちの方が余程恐ろしい。
カレンを枝の下から出して、自分も這い出す。
土や葉っぱを払ってやってから、僕は自分の怪我を手で確かめた。
軽い打ち身と擦り傷。
「うん。これぐらいなら――【
周囲の
【
制御をミスしなければ、多少の外傷などすぐに治る。
傷は光に包まれ、みるみる消えていく――背中だから見えないけど。
「おとーさん、すごい! かっこいいー!」
「カレンだって、ちょっと勉強すれば、すぐ出来るようになるよ」
謙遜でも何でもない。カレンにはとてつもない才能がある。
僕は笑いながら、娘を抱き上げた。
「さ、ここは危険だ。すぐ村に戻ろう」
「えっ、なんで? だって、
ああ、なんて優しい子だろう。
彼女の中に亡き妻の面影を見出すたび、僕は少し泣きそうになる。
でも今は感慨にふけっている場合じゃない。
「あー、違うんだよカレン。なんていうか、お客さんにも色んな種類があってね、中には招かれざる客っていうのも――」
「カレン、そんなの知ってるもん! でも、まだ分かんないでしょ! どんな
カレンは丸々としたほっぺを膨らませながら、
「分かんなかったら確かめる! おとーさん、いつも言ってるのに」
……なんて賢い子だろう。
そして、この意志の強さ。
(本当に、どんどんあの人に似ていくね、君は)
僕は一度、深呼吸をした。
それからカレンを地面に降ろし。
「分かった。調べに行こう。危険なものなら、村に被害が出る前に対策を考えないといけないし」
「やった!」
「ただし。カレンは決してお父さんのそばを離れないこと。もし危険だと判断したら、すぐに引き上げる。いいね」
今にも飛び出しそうなカレンの手を、しっかりと握る。
「万が一カレンが怪我でもしたら、僕はお母さんに合わせる顔がないんだ。分かるかい」
今はもういない妻を説得の材料にするのは、あまり気が進まなかったけれど。
もしも妻――チトセがそばにいたら、僕よりずっとカレンのことを心配したはずだ。
「……うん。分かった」
「よし、いい子だ」
僕は改めて周囲の惨状を観察した。
めちゃくちゃに薙ぎ倒された針葉樹達に、ごっそりと剥ぎ取られた草花と表土。
その様子を見れば転移が起きた方角はすぐに分かった。閃光と轟音の時間差を考えると、さほど遠くもない。
「こっちに行ってみよう――コラ! 先に行かないの!」
走り出すカレンを追って、僕も駆け出した。
いくら三十路に足を突っ込んだからって、七歳児の足には負けない――はず。
徐々に激しくなっていく土壌の隆起を避けていくと、ついに転移の発生地点が見えてきた。
凄まじい衝撃だったのだろう。
木々はもちろん全ての土がすり鉢状に抉られ、クレーターを形成している。
その縁に立って、僕らは中を覗き込んだ。
「……どうやら、人、みたいだね」
異界のタコやドラゴンのような危険な生物だったらどうしようかと思っていたが。
確認できる範囲では、人らしかった。
頭は一つ、首は短く、手足は二本ずつだ。
「おとーさん。もっと近づいてみても、いい?」
「……僕が先に行って、確かめてくる。呼んだら、カレンも降りてきて。それまではそこの岩陰に隠れてて。もし何か予想外のことが起きたら、すぐに逃げるんだ」
「えー、でも、カレンも見たい……」
「カレン。お願いだ。いいね?」
頷くカレンを残して、僕はクレーターの斜面を滑り降りた。
そばにしゃがんでみると、はっきりニンゲンだと分かる。
ドワーフほど短躯ではないし、エルフのように耳も尖っていない。
(……女の子だ。十代前半ぐらいか?)
体つきは華奢。長い黒髪、毛織の上着ときれいにプリーツが入ったスカート。
耳には小さな飾りをつけている。
意識はないが、胸は上下していた。
気を失っているだけのようだ。
(それにしても……この子、似てる――)
僕が、かつて出会った
「う、うぅん……」
桜色の唇から漏れた、小さなうめき声。
僕はドキリとして、少女から距離を取った。
(
何故なら、彼らが持つ
過去の記録によれば、大規模な破壊魔法を更に超越するような破壊力を持つものや、世界経済の状況を一変させるような価値を持つものもあったという。
そして転移したての
うっかり彼らの不興を買えば、いきなり消し炭にされることもある。
やがて少女が目を覚ますのを、僕は少し離れた場所から静かに見守った。
「……なに、これ」
ボソッと呟いて、彼女は勢いよく起き上がり、
「なに、どこ、ここ、えっ、ええっ、これ、クレーター……隕石? というか、えっどこなのここ!? わたし、さっき、トラックにぶつかって、それで――あっ!!」
半狂乱の視線が僕を捉えた。
「あの! すいません、ここ、どこですか――おじさん!」
おじさん。
まるで予想していない角度から投げつけられた言葉が、僕の心臓をグサリと射抜いた。
「おじ、お、おおおう、おじさん、そうだ、おじさん。僕は、おじさんです」
「というか、あの、言葉分かりますか――外国の方ですよね?」
気遣わしげな少女を仕草で押し留めて、僕は少し深呼吸をした。
心を落ち着ける必要があった。
僕も、少女も。
「――大丈夫。君が何を言っているかは、分かるよ。『外国の人』という認識は当たらずとも遠からずだけどね」
「えっと……ごめんなさい。どういうことですか?」
少女は利発そうな目を瞬かせながら、僕の答えを待っていた。
その様子から、村の学校に通う子供達と年頃は同じぐらいに見えた。
つい癖で、メガネを押し上げながら。
僕は口を開く。
「ここは君達がいた世界――『チキュウ』とは別の世界だ。いわゆる異世界という場所だね」
少女は――唖然としていた。
信じられない。そう顔に書いてある。
「驚くのは分かるよ。君達『チキュウ』の住民は、異世界の実在を信じてはいないだろう。でもこれは事実だ。冗談や嘘ではないし、サプライズパーティに呼ばれた訳でもない。……飲み込めたかな?」
言いながら、僕は防御魔法を展開する準備を整えていた。
長年続けてきた手順で、脳裏に魔法の構成を展開する。
少女がパニックを起こしても、安全に対処するために――最低限、クレーターの外に隠れているカレンだけでも守れるように。
「……あの。分かりました。全然、その、納得はしてないんですけど」
「ありがとう、君が冷静な人で良かった」
僕はひとまず安堵した。
娘の前で消し炭にされずに済んだから。
「僕はアルフレッド・ストラヴェック。君の名前を聞いてもいいかな」
「わたし、チヅルです。アマミ・チヅル」
少女は名乗った。自分自身を確かめるような慎重さで。
(……チヅル。名前まで似てる)
かろうじて口には出さなかったけれど。
少女はよく似ていた。
顔も名前も――亡き妻チトセに。
僕はできるだけ冷静に、マニュアルを思い出す。
王立魔法研究所で、数々の犠牲の上に開発された「
誰もがその内容を茶化しながらも、決して軽視しなかった猛獣対応の命綱。
種族を目視で確認する。
言語の疎通を確認する。
状況を説明し信頼を得る。
個体の識別名を把握する。
その次は――
「チヅルさん。その、これは提案なんだけど――この近くに、僕達が住んでいる村がある。そこなら落ち着いて、君の疑問に答えてあげられると思う。良ければ案内させてくれないかな?」
「あの、えと――
ああ、それは――と僕が答えようとした時。
「オイ、テメェ! 誰に断って
予期せぬ恫喝は、クレーターの上から降ってきた。
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