第1151話 興味を持っちゃった侯爵様
エルサの予想に、丸まったままのボスワイバーンが驚く。
いや、さすがにそこまでの事にはならないよ思うけど……もう魔力も大分少ないし。
けど、ボスワイバーンにダメージが入るのは間違いない。
再生能力があるから大丈夫だろうけど、それでもかなりの痛みを感じる事になると思う。
「うーん、どうするべきか……シュットラウルさん、は……」
「私達に、ボスワイバーンを門の方まで転がすような力は、ないな」
「そう、ですよねぇ」
ある程度の勢いがあれば、ボスワイバーン自身の尻尾を使って器用に転がってくれるんだろうけど、最初の勢いは重要だ。
地面が、せめてボウリングのレーンのようにオイルが塗ってあれば……あれは、滑らせる目的じゃないか。
「リク、剣の鞘を使うのだわ。物を通せば、リクがやっても威力が下がるのだわ」
「鞘かぁ……成る程ね」
エルサが改めて俺の頭にドッキングしつつ、鞘を使う提案をしてくれる。
剣を使わないのは、刃を当ててしまうと簡単に斬り裂いてしまうし、剣の腹で打つと剣の方が折れてしまう危険がある。
いや、これまで俺の荒い使い方で刃こぼれ一つないから、多分大丈夫だろうけど、それでもなんとなく嫌だ。
鞘なら丈夫だし、剣身と同じく頑強の魔法がかかっているようだしで、壊れる事はないだろうから。
「それじゃ……」
剣を鞘から抜いて、魔力を無駄にしないようすぐ地面に置く。
シュットラウルさん達に持ってもらおうとも考えたけど、持っただけで異常な魔力を吸われる呪い系の剣らしいから、止めた。
鞘を両手で持って……今度はボウリングではなく、野球のバッターの構え。
棒状の物で打つと言えばこれだね、学校の体育の授業でしかやった事ないから、フォームは見様見真似……テレビで見た適当なやつだ。
「ボスワイバーン、いくよ……!」
「ガァ……」
一度、二度、軽く素振りをしてボスワイバーンの近くで構える。
ブォン! ブォン! と自分でもなんでこんなに風切り音がするのか不思議だけど、それだけ見様見真似でもちゃんと振れているって事だろう……確か、腰の回転を使って全身の力を使う、とかだっけ?
ボスワイバーンは、先程エルサから俺の拳に関して聞いたからか、今更ながらに不安そうな声を漏らしている。
けど、止めるつもりはないようで、丸まった形状から覗く目は覚悟を決めている様子だった。
「……んっ!」
「ガァアアアアアアアアアア!!」
力を込めて、鞘をバットのようにスウィング。
カァン! という白球を打つ乾いた音ではなく、ガツッ! という痛そうな音と共に、発射されるボスワイバーン。
長く吠える声は、ドップラー効果で段々と小さくなっていった。
あの声、さっきのワイバーンのように意気込みを感じる声じゃなくて、悲鳴のように感じたけど……気のせいだよね、うん。
俺が打った所、ボスワイバーンの背中だと思うけど、少しへこんでいたようにも見えたのも、キッと気のせいだ。
「……リクは、やっぱり加減のやり方を知った方がいいのだわ。まぁ、あのワイバーン達がやろうとしたのだから、いいのだけどだわ」
「え?」
転がっていくボスワイバーンを見ながら、俺の頭にくっ付いたままのエルサが、ポツリと漏らす。
……やっぱり、力を入れ過ぎたのかな? 慣れない事だから、加減とか言われてもなぁ。
「ふむ……魔物達の中に通る道か……」
モーセの海割りのように、門への道が魔物達の間にできている。
二度もワイバーンが転がったからか、魔物達の方も戸惑ってその場所を埋める足は遅い。
ちなみに、ボスワイバーンは先のワイバーンと同じように、最後に尻尾で飛び上がり、地面に落下して埋まった。
丸まっているせいもあって、自力で埋まった地面からは出られないのか、盾部隊が並んでいる前で丸いワイバーンが体を半分くらい埋めて二個並んでいるという、シュールな姿ができ上がっていた。
あと、ボスワイバーンの通った部分には、尻尾で抉れていた部分以外にも何かが刺さったような跡が残っているけど、多分角だろう。
地面に突き刺さっても、転がり続けられたのはボスワイバーンの尻尾の使い方が上手いからか、それとも俺が鞘で打った威力が強すぎたからか。
「……リク殿、いつでもいいぞ!」
「シュットラウル様!?」
「シュットラウルさんまで、何をしているんですか……?」
いつの間にか、ワイバーンのように丸くなった鎧の塊……もとい、シュットラウルさんが俺の隣にいた。
体育座りをしてできる限り丸くなろうとしているけど、ワイバーンよりは歪だ。
というか、それくらい関節を動かせるならもっと自由に動き回れそうだけど、と思ったんだけど、部分的に鎧がピシッ! という絶望的な音を発しているので、かなり無理しているようだ。
これで打ったら、鎧が破壊されたりしないかなぁ?
「血路を切り開くのに、私が何もしないわけにはいかんからな。それに、ワイバーンの皮膚よりもこの鎧が硬い事を証明せねば!」
「そんな証明、いりませんよ!?」
大隊長さんは、驚きながらもシュットラウルさんに突っ込んでいる。
血路とか言われても、ワイバーンは怪我をしていない……俺が打った部分以外は、していないようだし、誰かの血が流れているわけではないんだけど。
「ど、どうします……?」
「どうと言われましても……さすがに、侯爵様を先程のようなワイバーンと同じように扱うのは……」
「ですよねぇ」
できるだけ体を小さくしようとしているシュットラウルさんを見ながら、コソッと大隊長さんに聞いたけど……侯爵の地位にある人を、ワイバーンと同じ扱いにするわけにはいかないよね。
それに、打つとしたらこの場には俺しかいないわけで。
そうなると、加減がうまく行かなければボスワイバーンのように、結構痛い事になってしまうかも。
いや、鎧がへこんだりしたらその場で修復できるわけじゃないし……下手をすると怪我以上に酷い事になってしまう。
「ワクワク……」
何が楽しみなのか、声に出してまで楽しそうにしているシュットラウルさん。
貴族としては、ある意味好感が持てるけど……さすがにどうかと思う。
実際にワイバーンと同じような勢いで転がったら、怪我をしなくとも目が回って大変だろうし……そもそも、シュットラウルさんは尻尾で細かな調整はできないじゃないか。
もしかしたら、手足を使ってなんとかしようとか考えているのかもしれないけど、多分人間が初めてやったらそれは無理だと思う。
魔物なりの本能というか、野生の勘みたいなものがあってこそに見えたし。
それに、止まれなかったら盾部隊の人達と激突という、どちらにも楽しくない結果が待っている。
「リ、リク様。何か他に方法は……?」
「そうですね……転がすのは、問題ないですか?」
「……ワイバーンのように、剣の鞘で打つなどをされなければ。おそらく……いやでも……まぁ、リク様であればなんとでもなるでしょう」
打つのは攻撃意思みたいになるから、駄目って事かな? よくわからないけど。
とにかく、丸まっている状態のシュットラウルさんを、打つのではなくただ転がすのであれば多分大丈夫という事なら、方法は一応ある――。
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