第1099話 布石のための挑発



「はっ、それはないわ。元の場所の様子はあんまりわからないけど、少しくらいはわかるのよ? 問題ないわ。放っておくだけで魔物が人間を壊滅させるわ」

「……リク」

「大丈夫。もうさっきみたいに、絶望感に押しつぶされそうになったりはしないから」


 そもそも、なんでさっきはあんなに急に絶望感が沸き上がったのか。

 確かに、エルサに言われるまで期待できる要素が思い浮かんでいなかったからでもあるんだけど……破壊神の言葉に簡単に惑わされていた。

 ……そうか、破壊神がただ話していただけでなく、そういった仕掛けというか、精神的に追い詰めるような何かをやっていたって事なのかもしれないな。


「良かったのだわ。リク、あの駄神は放っておけばと言っているだけなのだわ。今どうなっているかは、わかっていないのだわ。それはつまり……」

「魔物の方が数や勢いがあるとしても、まだ人間側がやられたってわけじゃないって事だよね」

「そうなのだわ。それに、急げばまだ間に合うって事でもあるのだわ」

「うん、俺もそう思うよエルサ、ありがとう」


 俺やエルサがこうして悠長に話しておけるのも、破壊神からすると時間稼ぎの一環なのかもしれない。

 そう考えたら、まだ間に合うんじゃないかと思える。

 というよりだ、本当にもう俺が今すぐこの場から脱出しても間に合わないようだったら、破壊神はさっさといなくなっているような気がする。

 さっき言っていた事が本当なら、魔物に蹂躙されたセンテを見せたいのであって、時間が経って風化しかけているセンテを見せたいわけじゃないはずだ。


 時間が経てば、周辺からの援軍や王都から軍が差し向けられて、魔物は討伐。

 センテが壊滅したとしても、ある程度整理され始めるから、一番衝撃的な絶望感を味合わせる事にはならないはず……。

 どこまでが本気で、どういった場面を破壊神が俺に見せたいかにもよるけどね。


「ふーん。まぁ、どう思おうと構わないけど。でも、それでどうするの? 結局リクはここから出られない。結局人間がやられるのを待つしかないのよ?」

「……さて、それはどうかな? エルサ」

「どうしたのだわ?」


 有効的な方法は、まだ考え付いていない……けど、もしかしたらっていうのはある。

 ただ、それを悟らせるわけにはいかないのはどうしたものか。

 強く考えたら破壊神に伝わるし、かといってこのままじゃエルサには伝わらない。

 不適に答えつつも、エルサに声をかける……どうするかはまだ決まっていない。


「……わかったのだわ。合図を出すのだわ」

「え? まだ何も考え付いていないだけど……」


 何故か、特に考えている事もないのにこちらにふよふよと浮かんで、近付いてきたエルサが頷いた。

 以心伝心……と言いたいところだけど、特にまだはっきりとした事は思いついていないし、何をやろうとも考えていないはずなのに。


「リクが何かしようとしているのだけはわかるのだわ。だったら、私はそれを待って行動するだけなのだわ。……でも、合図は端的にお願いするのだわ」

「はは……ほんと、頼りになる相棒だ」

「私は駄ドラゴンではなく、リクと契約しているドラゴンなのだわ。頼りになって当然なのだわー」


 どうやら破壊神に散々駄ドラゴンと呼ばれていたのを、気にしていたらしい。

 ともかく、俺が合図をすればエルサが動いてくれる……細かく打ち合わせしている余裕はないし、それが一番良さそうだ。


「駄ドラゴンよりも、私の方が頼りになるわよ? どう、リク?」

「さすがに、破壊神を相棒にするのはごめん被るよ……」


 おどけて、こちらを誘うように言う破壊神……やっぱり、他の誰かに言われる言葉よりも心に響くというか、抗いがたい誘惑のような感じで、多分さっきの絶望感が沸き上がったのはこれが原因だと思う。

 きっと、言葉にしても何か破壊神が仕掛けているんだろう、精神攻撃とか……言霊ってのもあるからね。

 ともあれ、先程の絶望しかけていた時に畳みかけられたら危なかっただろうけど、今は頼りになる相棒のエルサのおかげで跳ねのける事ができた。


「リクは私と契約しているのだわ! 駄神は黙っているのだわ!」

「この駄ドラゴン……」


 俺の顔の前に出て、破壊神に啖呵を切るエルサ。

 破壊神の方も、駄神と呼ばれるのは嫌なのか、眉のあたりがピクピクしている……いいぞ、思わなぬ挑発になっているようだ。

 これなら……そうだな。


「とりあえず、ここから脱出する方法として一つ考えたんだけど……破壊神を倒せば、自然とこの空間はなくなると思うんだ」

「へぇ? 私を倒す? 中々面白い冗談を言うじゃない」


 こちらから破壊神を見下すように……苦手だけど、余裕たっぷりの表情を作って挑発。

 面白そうに俺に視線を向ける破壊神だけど、頬が引き攣っているのがはっきりわかる。

 破壊神に余裕がなくなっているというよりも、単純に怒り始めている様子だ。


「エルサ曰く、駄神だからね」

「人間風情が、ちょっと魔力量が多いからって調子に乗るんじゃないわよ?」

「……くっ!」

「だわわわわ!」


 俺からも駄神と付け加えると、声が一段と低くなり、黒い気配が周囲へ広がった。

 気配というか、もう目に見えているくらいなんだけど……これが、破壊神の殺気とかそういうものなのかもしれない。

 それまでの強い気配や、恐怖の気配とは根本的に違う。

 目にもはっきり見える気配、いや空気が俺やエルサに襲い掛かり、思わず後退る。


「私を本当に怒らせたら、もうどうにもならないわよ? 私の残った干渉力を使って、リクを本当に破壊してしまおうかしら?」

「……できるなら、やってみればいいよ。ま、できないんだろうけど」


 まだ今なら踏みとどまれる、そういっているような言葉を掛ける破壊神に、さらに挑発をする。

 俺の予想だけど、破壊神は本当に俺を破壊したりはできない……多分、干渉力の関係で直接人を殺すというのは、大きな干渉力を使うかそれとも禁止されているかのどちらかだと思う。

 それが一番手っ取り早い、俺を排除する方法なのに、していないからって事だけの予想だけど。


「そう、そうなのね。わかったわ。それじゃ……苦しまないようになんて、優しい事は言わないわ。せいぜい、私を楽しませて、苦しみなさい!!」


 破壊神なら必ず、怒れば俺を一撃で無力化するような攻撃はしないと思った。

 さっきから何度も使われた攻撃を、急所以外を狙って苦しむ姿を見て遊ぶために……そしてそこから予想される攻撃は衝撃か閃光か、どちらが来るかは賭けだ。


「来た! エルサ、合図をしたらできるだけ小さくなって、全速力で脱出してくれ!」

「だ、だわ!? 小さくなるのはともかく、脱出なんて……だわ」

「いいから! なんとかする!」

「わ、わかったのだわ!」


 破壊神が指先をこちらに向けるのを見て、閃光を確信。

 思わずガッツポーズしたい衝動を抑えて、エルサに指示を出し、俺も俺で準備をする。


「さぁ、もう魔力も残り少ない状態で、どう足掻くのかしら!?」

「こうするんだ……よっ!」


 指先から閃光が放たれる瞬間、俺からも体の奥で溜めて、固めて凝縮していた魔力の弾丸を放つ。

 二度目……いや、三度目だからか、凝縮から射出までの時間が短くなっているのは、自分ながらに褒めたいくらいだ――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る