第1097話 リクに押し寄せる絶望



「私に怒っても仕方ないわよ? これを仕組んだのは人間。同じ人間なのに、大量の人間の死を狙うなんて、滑稽ね……」


 考えを読んだからか、俺が怒っているというのも伝わっているようだ。

 協力しているのか、勝手に動いているのかはわからないけど、破壊神も拘わっている以上関係ないとは言えない……けど、本当に怒りをぶつける相手は、実際に計画している人間……。

 今ここで怒っても何もならないと考え、なんとか冷静になろうとしている間にも、破壊神の話は続く。

 ワイバーンは基本的に運び役であり、そのため多少の怪我をしても運搬を続けさせるため、再生能力を高くしたのだとか。


 運搬するのは、魔物の死骸だけでなく他の魔物をセンテ周辺に配置するためでもあり、サマナースケルトンが魔物を召喚するのに合わせて、他の場所から魔物を捕まえてきたり、復元した魔物を集結させる役目を担っていたらしい。

 細心の注意を払って見つからないように、高高度を取んでいたり、センテの南に魔力溜まり発生のきっかけ作りのついでに、目をそらすためにワイバーンの餌をばら撒いたていた、というのが真相との事。

 つまり、センテ北の山にある洞窟が怪しまれないために、逆方向へ注目させたって事だ。

 俺達が来て広範囲に調べ始めるまでは、南ばかりに人の意識が集中して作業はスムーズに行っていたようだと、破壊神は笑っていた。

 

「なんで、こんな事を……いや、帝国とかの思惑はともかく、なんでわざわざそれに協力しているんだ?」

「何を言っているのよ。私は破壊神。世界の相が破壊に傾くためなら、自ら動くくらいの事はするわ」

「それで、なんで俺を隔離して時間稼ぎなんて……」

「一番の目的は、リクがいたら簡単に人間を大量に破壊させる事はできないからね。そして、リクにはそれを見て絶望して欲しいのよ」

「絶望?」


 魔物にセンテを襲わせても、俺がいたら食い止められるから……とかだろうか?

 俺に魔物と戦わせないためなら、確かに成功しているんだろう。

 でも、絶望って一体……?


「魔物を集めたのも、人間の街を襲わせるのも、同じ人間がしている事。人間に対して絶望したリクが見たい……というのは私の願望だけれど」

「神にも、願望なんてあるんだな」

「神であれ、意思を持った存在よ。願望くらいあるわ。でも一番大きな理由はリクがどちらに傾くかね」

「俺が傾く?」


 どういう意味だろう?

 少なくとも、体が傾くとかそういった事じゃないはずだけど。


「平穏か混沌か……創造か破壊か。リクはそのカギを握る人間と言えるわね。別にリク一人がそうではなくて、世界に大きな影響を与えれられる神以外の存在が、そうなる事は多々あるわ」

「創造か破壊……」

「リクが人間に絶望したら、世界は破壊へと大きく傾くわ。そうなれば、私はほとんど見ているだけ。幸い、創造神は現状ほぼ人間だから、干渉力を使っての修正もできない。今が頃合いなのよ」


 俺が絶望したら、本当にそうなるのだろうか?

 自分自身ではわからないけど、破壊神の目的……というより今回干渉力を使ってまで、直接拘わる事にした理由は俺に人間に対する絶望感を与えるためって事か。


「そんな事を言われても、俺は絶望しないかもしれないし、世界の破壊に加担するつもりはない」

「今はそう思うでしょうね。でも、親しい人がいなくなり、多くの人間が死に至る。単純な戦争ならある程度覚悟していられるかもしれないけど、それが突然、そして人間の手によって引き起こされた、魔物による虐殺だとしたら……ふふふふ、リクがどう感じるか楽しみね」


 楽しそうに笑う破壊神に対し、頭には姉さんやソフィー……これまでお世話になってきた人達の顔が浮かんだ。

 最近親しくなった、アマリーラさん達やシュットラウルさん、執事さん達もだ。

 そして何よりも、モニカさんの笑顔……それらが失われると想像しただけで、叫び出したい気持ちが沸いて来る。


「もう失われているでしょうけどね。さっきも言ったけど、もう準備が終わりかけていたの。そして、準備が終われば次は……」

「……センテへの侵攻……?」

「そういう事よ。空間を切り離して、私にもわからなくなっているけれど……計画通りなら、あれから一日か二日で動き出しているわ。十日経っているのなら、少なくとも侵攻開始から八日は経っているってことになるわね?」

「なっ……!」


 八日……魔物の規模はわからないけど、少なくともセンテの人達を殲滅できる、と考えられるくらいは準備しているはず。

 冒険者さん達なども協力して、ヘルサル防衛戦の時のように頑張ってくれれば、数日は耐えてくれるとは思うけど……。


「……最悪だっ!」


 ヘルサル防衛戦の時、と考えてあの時との違いに気付く。

 ゴブリンが大量に押し寄せるまでに、準備する期間があった。

 けど今回はそれがない……シュットラウルさんがいてくれて、それなりに危機感を持って備えてはいても、さすがに大量の魔物が押し寄せて来る事に対しての準備なんてしていない。

 それこそ、戦えない人の避難や、ヘルサルへの支援要請なども間に合うかどうか……。


「ふふふ、いい表情ね。そう、そうやって人間に、世界に絶望していく姿が見たかったの」


 俺が思わず叫んだのを見て、破壊神がほくそ笑む。

 これまで以上に楽しそうな姿は、ユノと同じ見た目なのに破壊神らしい純粋な邪悪さを感じる。

 破壊神イコール邪悪なもの、と決まった事ではないけど……。


「くそ……魔物の大群に襲われて、十日も経っていたら……」

「どれだけの人間が生き残っているかしらねぇ? 生き残っていないかも? それとも、しぶとく生き残っているかも?」


 破壊神の言葉に惑わされたくない……と思う一方で、センテがどうなっているかと考えると、絶望的な気持ちが沸きあがって抑えられない。

 備えらしい備えをまともにできていない状態で、多くの魔物が街に押し寄せたら……。


「魔物が人間の街を取り囲んで、ジワジワと中に入って行くのよね。あ、それとも一気になだれ込むのかしら?」

「……」


 想像力が、絶望感の後押しをする。

 衛兵さんもいる、兵士さんもいる、冒険者さんもいるし、何よりもモニカさん達やユノもいる……なんとか抵抗していると思いたいけど、本当に街を取り囲むくらいの魔物がセンテに行ってしまったら。

 魔物が増えているという情報から、冒険者の数はいつもより増えていたとしても、ヘルサルと比べたら規模も人口も半分に満たない街。

 戦える人の数も当然少なくなるし、備えもないし、ヘルサルや周辺に支援を求めてもいなかったはず……。


 ヘルサルの時は、シュットラウルさんの侯爵軍や王都軍への助けを求めていたから、到着するまで耐えられたらって希望があった。

 けど今回は、それが見込めない状況での戦闘……逃げ出す人もいるだろうし、士気が高いとは思えない。


「……センテの人達は、もう……」


 センテで会った人達、そしてモニカさん達……モニカさん達の事だから、最後まで必死で戦っていたのだろうと、簡単に想像できる。

 逃げ出して欲しいとは思わないけど、逃げてどこかで生きてくれればと思う自分もいる。

 けどそれも、望めぬ願いなのかもしれない――。



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