第1088話 破られる結界
「準備も何も、既にさっき二度も壁に打ち付けられたんだけど……嫌だと言ったら?」
「別にリクが頷く必要はないわ。逃げられないこの空間で、勝手に私が動くだけだから……ふふふふ」
俺を見て、自分の唇を舌で舐めて笑う破壊神……それは、なんだかとっても蠱惑的に見えた。
悪魔の微笑、とでも言うのだろうか? ユノと同じ見た目、十歳前後の女の子がするような表情じゃない。
「……」
その微笑みに、底知れぬ恐怖を感じている俺に対し、無造作に右手を向ける破壊神。
「リク、そっちもやるのだわ! 結界!」
「エルサ!? わ、わかった! 結界!」
エルサが叫び、俺達の前方に結界を張った。
少し遅れて、俺も結界を発動……使い慣れているおかげで、ただの壁代わりなら咄嗟に発動できる。
「……無駄よ」
「え? ぐっ!!」
「リク!!」
結界の向こうで、微笑みを浮かべたまま小さく呟く破壊神。
何が無駄なのか? と思った瞬間、俺達に向けた右手の人差し指、そこから細い閃光が迸る。
俺達と破壊神、その間を遮っていたはずの結界を通り、一本の閃光は何にも邪魔をされる事はなく、俺の左肩を貫いた……。
「結界ねぇ……まぁどんな魔法なのかは簡単にわかるけど、万能ではないようね?」
「つぅ……」
「リク、大丈夫なのだわ!?」
「だ、大丈夫。痛いけど、思ったより深くないみたいだ」
笑みを崩さず……どころか、さっきよりも楽しそうにしてこちらを睥睨する破壊神。
痛みで思わず漏らして声に、エルサからの声……閃光が貫いた、ように感じた左肩。
だけど、衝撃とかでそう感じただけで、実際は一センチ程度の火傷を負っただけだ。
よほどの高温だったのか、痛みはあるし皮膚の内部に達しているけど、周囲が焼かれているからか血は出ていない。
「ヒーリング。……ふぅ。それにしても、火傷か……」
「あら、治癒の魔法も使えるのね。まぁ、イメージを具現化するドラゴン式の魔法使用なら、できてもおかしくないわね。それだけ、苦しめる時間が伸びるって事ね……うふふふ」
すぐに、治癒魔法で火傷を治療……跡形もなく火傷は治ったけど……高温に閃光、か。
治療できている事を確認しつつ、必死で頭を働かせている俺に対し、口角を上げて笑みを深くする破壊神。
いたぶる楽しみが増えたからか……蠱惑的だと思えた笑みが、今は残忍な笑みに見える。
「さて、今度はどこを狙おうかしら……?」
「リク、もう一度結界を張るのだわ! 重ねれば今度こそ防……」
「エルサ違う! これは今の結界では絶対に防げない! くっ!」
「へぇ……?」
再び、こちらに指先を向ける破壊神。
エルサはまだ消えていない、先程の結界に重ねて発動させ、分厚くすれば防げると考えたんだろう。
俺にもう一度同じく結界を使うよう言っているけど、途中で遮って叫びながら全力で右横に飛び込むようにして避けた。
今度はお腹付近を狙っていたのか、横っ飛びをした俺の体の上を通過する閃光。
破壊神から発せられる閃光は、その強烈な光を減衰させる事なく結界を抜けていた……やっぱり、そういう事か。
「な、なんとか避けられた……」
閃光はつまり、光その物。
視認した段階で既に避ける事は不可能だけど……放たれる前に動いていたから、助かった。
「もう少し結界を過信してくれていたら、当たっていたのに……残念ね」
閃光を避けられても、余裕を崩さない破壊神……それもそのはず、だって向こうはまだ遊びの段階なんだろうから。
「結界にはお世話になったし、頼りにしているけどね。でも、絶対に結界で防げない事があるから」
「ど、どういう事なのだわ、リク!」
「エルサ、結界は不可視の壁だろ? だから当然、光は防げないんだ」
透明なガラスは光を通す……まぁ、透過率とか屈折とか色々あるけど、とにかく光を遮らずに通すから、目に見えないというか……この辺りは説明が難しいし、俺もはっきりわかっているわけじゃないんだけど。
とにかく、他のどんな物でも完全に遮断する結界は、光だけは通してしまうって事だ。
そして多分、さっきの閃光は光を収束させた何か……虫眼鏡で太陽光を収束させて火を点ける、みたいな感じだ。
収束されている光とか熱量は、火を点けるどころじゃないけど。
「つ、つまり?」
「さっきのようにいくつ結界を重ねても、光にだけは意味がないって事だよ」
「そ、そうだったの……だわ」
「ふふふふ、さすがは地球の人間ってとこかしら? 光が透過するなんて、こちらの世界でまだ未発達の知識じゃわからないもの」
「褒めてくれて、光栄です……ってとこかな」
閃光が結界で防げない、発動前に動けばなんとか避けられるというのがわかった。
けど、ただそれだけ。
おどけて見せたけど、俺の心は絶望感が支配している……見せかけではない余裕を見せる破壊神とは、対照的だ。
「見破られたのなら、次はどうしようかしら……? あ、そうだわ。結界の強度を試してみましょう」
「っ!?」
「結界が! だわ!」
少しだけ考える素振り、だけどすぐにまた無造作に手の平を俺に向ける破壊神。
その瞬間、バリンッ! というガラスが割れるような音が響いて、俺とエルサが張っていた結界が砕け散った。
幸いにもというかわざとなんだろうけど、閃光を避ける際に移動していたので結界を壊した衝撃化何かは、俺達とは別の方向に行った様子……壁が丸く深く、穴が空いたくらいだ。
結界が壊されるのは、ユノがやっているから初めてじゃないけど……あんなに軽々と壊されるなんて……閃光が結界で防げない事を見抜いても、全然意味がない。
「こんなものかしら。思ったより丈夫だったけど」
「軽々と砕いて、よく言うよ」
「あら、私は破壊神よ? 破壊できない物なんてないわ」
破壊できない物はない、か。
確かに、破壊神……神というだけあってその説得力は凄まじい。
「でも、こっちも破壊する事に関しては、それなりに得意なんだ……っ!」
「リ、リク!?」
「ふぅん。自棄になった、ってわけでもなさそうね。どれくらいのものかしら?」
剣を抜き、加減を一切考えず、破壊神へと向かう。
もちろん剣は、ボロボロの剣などではなく黒の剣だ……生半可な剣だと、簡単に砕かれそうだし。
頭の上から、エルサの驚く声を聞きながら深い笑みを崩さない破壊神。
「っ!?」
ほんの刹那で剣が届く距離になる瞬間、全身が総毛立つ感覚。
目の前の破壊神から放たれる、異様な気配……これまで感じた事のない、濃密な闇の気配。
いや、これが単純に暴力の気配なのだろうか? もしかしたら殺気というものなのかもしれない。
「……こなくそっ!!」
「私の気配に怯えながらも、止まらなかったのは褒めるべきね。でも……」
「なっ!」
震える体や心を抑え込み、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
だけど、破壊神は笑みを崩す事なく、いやむしろもっと楽しそうに笑い、左手の人差し指を立てて俺の剣を受け止めた。
全力を込めているつもりなのに、指先だけで剣を受け止められてビクともしない。
それどころか、剣を引こうにも掴まれているように動く事がなかった――。
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