第1057話 方向音痴エルフ



「フィリーナと間違えたって事は、女性のエルフだったんですか?」

「……いや、男性エルフだったらしいな」

「男性のエルフ……私、間違えられるくらい男っぽいかしら?」


 同じエルフでも、男女を間違えるのはリネルトさんらしいとも言えるし、失礼な気もするけど……男性のエルフなら、魔法研究をしている可能性が高い。


「いや、そんな事はないと思うけど……エルフって、皆美形だからそれで間違えたんじゃないかな?」

「むぅ……」


 そのエルフがどうこうと言うより、リネルトさんに男性エルフと間違えられた事を気にしている様子のフィリーナ。

 ちょっとむくれてしまった。


「そのだな……そもそも、獣人は人間やエルフを判別するのが苦手なようなのだ」

「苦手なんですか?」

「あぁ。なんでも、獣人の間では尻尾や耳の大きさ、形で判断する事が多いらしくてな。エルフと人間も、耳の形が違うから種族が違う……くらいにしか考えていない。まぁ、人間やエルフと長く接すればまた変わってくるのだろうが。だが、リネルトがエルフを見たのはフィリーナ殿が初めてだからな」

「種族によって、他種族の味方が違うとか、そういう事ですか」

「だったら、私が男っぽいとか、本当に声をかけた男性エルフが私に似ている、というわけではないのでしょうね……良かった」


 種族によって、他種族への見方が違うと言われれば、そうなのだろうと納得せざるを得ない。

 感性とか考え方とか、それぞれの種族で違うだろうし……そもそも、尻尾や耳が人間とは違う獣人だから、他人への判断基準に別の感覚を持っていてもおかしくない、と思う。

 見た目や雰囲気が男性っぽいと言われているわけではないとわかって、フィリーナがホッとしていた……気にしていたらしい。

 一部の例外を除いて、細身のエルフなのは男女共通で身長差もほとんどないんだけど、ちゃんとフィリーナは美人さんだからね……アルネとかも女装したら美女と言えるだろうし、逆にフィリーナも男装したら美男と言われそうだけど。


「エルフの特徴である、耳を見てリネルトは判断していたようでな。まぁ、獣人にとって慣れない種族が相手だと、顔の見分けは付かないようなのだ」

「はぁ……モニカに、どうしたらいいのか聞いた方がいいのかしら……?」

「ははは……」


 シュットラウルさんの話を聞きながら、自分の体を見下ろして呟くフィリーナ。

 まぁなんというか、細身の宿命というのだろうか? フィリーナが自分の体の一部と、モニカさんの胸部を見比べている……女性にとって、重大な問題だというのは聞いた事がある……大きくても小さくても悩みが絶えない部分だ。

 ただ、種族的な事もあるし、誰かに聞いてもなんとかなるとは思えないんだよなぁ……モニカさん、フィリーナの呟きを聞いて、少し引き気味に苦笑しているし。

 よし、話を戻そう!


「え、えーっと……それで、その男性エルフはどうしたんですか?」

「リネルトが言うには、迷っているらしい……人間が多い街に来て、道に迷っているのかと思ったらしいのだが、どうやらそもそも来る街そのものを間違えたのだとか」

「来る街を……それはまた、なんとも豪快に道を間違えましたね」


 基本的に、街道を進んでいれば道に迷う事はない。

 大きな街と街は街道で繋がれているし、山や森を突っ切る事があっても入り組んだりはしていないし、ほぼ一本道だ。

 街道が繋がっていない、小さな村が目的とかなら別だけど……街を間違えるなんて、豪快過ぎるというかなんというかだ。


「本当は王都に行くつもりだったらしいのだが、ヘルサルに到着後、西ではなく東に進んだようだな」

「王都に……西と東って真逆なのに」

「……その方向感覚のなさ、ちょっと覚えがあるわね」


 東西を間違える程の方向感覚って、どんなのか俺にはわからないけど……わからない人は本当にわからないらしいからね。

 ともあれ、フィリーナはそれを聞いてなんとなく思い当たるエルフがいたようだ。

 まぁ、ヘルサルから王都へ行こうとして、逆方向のセンテに来るくらいだから、特徴的だからね。


「フィリーナの知り合いかな?」

「確か、エルフの集落から来たとも言っていたらしいぞ?」

「なら、ほとんどのエルフを知っているわ。アテトリア王国外からのエルフなら別だけど、同じ集落……今は村になったけど、そこから来たのならもしかして……?」


 エルフの村というのは、少し前にエヴァルトさんが国への恭順の意を示して、姉さんが決めた。

 元は集落と呼ばれていたし、そこに住んでいるエルフ達も集落との認識だった。

 姉さんから、エルフの村として認めるって報せが届くのは伝達速度を考えると、もう少し先の事だし、そのエルフが知らなくても無理はないね。


「確か、エルフの名はカイツ……と言っていたか」

「カイツさん!」

「あぁ、やっぱりカイツなのね。研究者としては優秀なのだけど……エヴァルトは、誰か案内役を付けなかったのかしら?」


 カイツさんと言えば、クールフトを研究して作ってくれた人。

 そういえば、これからの研究のために王都へ来る予定だったっけ。

 それにしても、フィリーナが言っている通り誰か案内役とか、それこそ一緒に来ているエルフはいなかったのだろうか?


「リネルトが言うには、カイツと名乗ったエルフは一人だったそうだ。王都はこちらではなく、逆方向にヘルサルを抜けて……と教えたらしいぞ」

「カイツさんなら、魔法研究に詳しいはずです。フィリーナ、これなら?」

「えぇ。クォンツァイタに関しては、色々説明しないといけない事があるから、すぐにとはいかないけど、ワイバーンを調査するくらいなら間違いなくできるはずよ」

「ほぉ、そうなのか」


 クールフトを作るくらいの人だ、長年魔法研究をしている人でもあるし、エルフの村を離れて王都での研究をする事にも意欲的だった人だからね。

 すぐにクォンツァイタ関係の事を任せるのは難しくても、ワイバーンを調べるエルフとして遜色ないはずだ。


「しかし……明日にはセンテを発つと言っていたらしいな。まぁ、リネルトが王都への道を教えたからだが……」

「ですが、明日ならまだ間に合います。今日のうちに発たれていたら、追いかける手間がありますが……明日なら出立する前に押さえれば……リクと私がいれば、カイツも承諾してくれるでしょう」

「宿とかを調べれば、どこに泊まっているかわかるかな? あ、シュットラウルさん、カイツさんというのは……」


 思わぬところで、ワイバーンの調査と農地のハウス化が両立できる可能性が出て、沸き立つフィリーナ。

 ついでに、シュットラウルさんにカイツさんがどういうエルフなのかも、簡単に説明しておく。


「成る程な……あの冷たい風が吹く魔法具を作ったエルフなのか。わかった。明日の朝までに、そのカイツというエルフが止まっている宿を調べさせよう。なに、エルフは目立つからな、すぐにわかるはずだ」

「はい、お願いします」

「カイツを捕まえて説得したら、私はリクと農地へ、カイツは冒険者ギルドね。予定をずらさずに済みそうだわ」

「まぁ、農地の方は多少日数に余裕はあるのだが、早いに越した事はない」

「それでは、私達が冒険者ギルドへ話しておきます」



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