第1035話 バーサーカーリク?



 数人を相手にしている間に、俺を中心に兵士さんが囲む円ができあがる。

 前後左右、それぞれから武器が振り下ろされ、薙ぎ払われ……ほんの少し攻撃の手が緩んだと思えば、魔法が間髪入れずに放たれる……。

 武器を避け、弾き飛ばし、襲い掛かって来る兵士さんを木剣でなぎ倒し、魔法も木剣で叩き落す……対処できない魔法は、結界に当たるようにする。

 常に動いて、意気を吐く暇もないくらい、延々と攻撃を避け、木剣を当てていく……持っている木剣が折れれば落ちている木剣を拾い、地面に刺さっている矢を引き抜いては、魔法の準備をしている人に投擲。


「避ける、振る、打ち落とす、受ける、流す、投げる、弾く……」


 周囲の兵士さん達が、何事かいているような気もするけど、ひたすら向かって来る兵士さん達や魔法の対処を続ける。

 探知魔法に集中し、周囲の動きを把握……極力隙を作らないよう、無駄な動きを削る。

 周囲の魔力反応、自分を中心に十メートル程度に限定、目で見えない部分をカバーしつつ、最低限で最適な動きで攻撃を避け、攻撃を当てる。

 さすがに何度か、剣や槍、魔法の直撃を受けたけど、多少の痛みは無視……意識を集中させれば矢を受けた時以上に、皮膚は鋼のように固くなる……。


 結界も活用、正面を守っていた結界を移動させ、向かって来る兵士に押し付けて攻撃される数を減らしつつ、他の攻撃の対処、脅威の排除。

 木剣が折れる、次の木剣を取るため兵士の剣を奪って別の兵士に投擲しつつ、前方に飛び込んで地面を転がる。

 転がる途中でも落ちている矢を拾って投擲、木剣を二本確保して立ち上がりつつ、一本を投擲して、残った一本で兵士に当てて弾き飛ばす。

 集中、集中……無駄な動きをせず、攻撃を避け、攻撃を当てる……向かて来る者がいなくなるまで続ける……探知魔法にも意識を集中、もっと、もっと周辺の魔力反応情報を精度よく、迅速に感知するため、体内の魔力を使う……。


「集中、集中……」


 口から息ではなく、声が漏れる。

 それすら無意識で、構う事なく意識を戦う事に先鋭化して集中し続ける。

 数秒、数分、数時間……どれだけの時間戦っているのか、自分は今どんな状態なのかも余計な事と判断し、思考から追い出す。

 避ける、弾く、受ける、当てる……。


「リク、落ち着くの!!」


 ひたすら戦い続ける事に集中している時、ふと聞き覚えのある幼い声。

 落ち着く? 心は至って冷静、ただ戦い続けるだけの存在……。


「リク!!」

「っ!」


 思考にノイズ……槍による突きを掻い潜って、木剣を思い切り振った……当たって振り抜いた後、勢いを使ってそのまま後ろの……遮られる。

 受け止めた? これまで受け止められる者はいなかったはず……対象の攻撃は避けた、槍はまだ引き戻されていない……だったらどうやって受け止めた……?


「リク!! 意識をそっちに持って行かないの!! わーーーー!!」

「って、うるさーい! かっはっ……はぁ……! はぁ……!」


 受け止めた何か、いつの間にか近くにあった強大な魔力が、耳元で音を発する。

 無視して戦いを……と考えた時、集中していた思考が途切れた……うぅ、耳がキンキンする……。


「うるさいじゃないの! 叫ばないと私の声も聞こえていなかったの!」


 ふと見ると、いつも持っていた盾を地面に落としたユノが、俺のすぐ横に立って腰に手を当てていた……頬が膨れているから、怒っているようだ。

 盾……? もしかしてあれが、さっき俺の木剣を受け止めたのかな?


「ユノ、今は演習中だから止めないでくれよ……」

「駄目なの。止めないと酷い事になっていたの。リク、途中からどんどん加減ができなくなっていたの。ほら、見てみるの!」

「え……?」


 邪魔をされたと感じて文句を言うが、腰に手を当てて怒っている様子は崩さないユノ。

 ユノに言われて、周囲を見回すと……兵士さん達はユノが乱入したせいか、動きを止めてこちらを見ていた。

 全員に兜があるため、表情はわからないけど、隙間から窺う目は恐怖に怯えているようにも見える。


「……あれ?」

「あれ? じゃないの。ほら、あっちなの!」

「えーと……」


 なぜ兵士さん達がそんな様子になっているのか、疑問に思って首を傾げると、ユノから俺の腰にチョップが入る。

 特に痛くもないそれを受け、チョップした手でユノが示した方を見ると……鎧がへこむどころか剥がれ、破壊されている兵士さん達……足や腕のどれかが、あらぬ方向へ向いている人も見かけた。

 多少の怪我なら大丈夫なはずだけど、骨折まではさすがにやり過ぎだ……まぁ、騎馬隊の人達とかは、落馬した時に骨折くらいはしていたかもしれないけど。


「もしかして、あれって俺のせい?」

「そうなの! あんな事ができるのは他に誰もいないの! あれ以上やったら、怪我では済まない人が続出していたの!」

「あー、えーっと……うん。そういえば、途中から加減とかは考えてなかったっけ」


 自分を指差して首を傾げると、当然とばかりに大きく頷くユノ。 

 他に誰もいないって、ユノならできそうだけど……今はそんな事を言える雰囲気じゃないな、そもそも戦っていたのは俺なんだし。

 そういえば、戦い続ける事に集中するあまり、手加減とかはすっかり抜け落ちていた。

 エアラハールさんの訓練や、模擬戦をやったおかげで、ある程度は無意識に加減するようになっていたんだけど、それすらも集中の妨げになると排除していたみたいだ。


「リクが加減を間違ったら、ちょっと注意しようと思っていたの。だけど、ちょっとどころじゃなかったの。あれじゃまるでバーサーカーなの」

「バーサーカーって……さすがに、それは言い過ぎだと思うけど」


 狂戦士ってやつだっけ? 敵味方関係なく、ただ目の前の存在を屠るだけの戦士とかなんとか……さすがに、俺はそんな見境のない人間じゃない。

 まぁ、戦闘に集中し過ぎていたのは確かだけど。


「……兵士さん達の様子を見るに、やり過ぎたのは本当に見たいだね」

「そうなの。あんなの、誰も近付けないの。リクは気付いていなかったかもしれないけど、途中からリクに向かっていくんじゃなくて、リクから突っ込んでいたの!」

「言われてみれば……?」


 兵士さん達の怯えた表情……はほとんど見えないけど、怯えた目をしているのは間違いない。

 戦意喪失したのか、武器を持ってはいるけれどほとんどが俺に向けるのではなく、自分を守るために持っているような感じだ。

 ユノに言われて気付いたけど、今俺が立っている場所は歩兵隊との戦闘が開始された場所から、随分とズレていて、ユノが入っていた穴の近くになっている。

 こちらから兵士さん達の方に飛び込んで、戦闘していたからなんだろう。


 辺りには、破壊された鎧の破片や折れた矢、木剣も用意してもらった半分以上が折れて落ちていて……木剣の折れ方、斬られたとかではなく力任せに硬い物に当てたせいで折れているのが多い。

 攻撃を受けて折れたというよりは、俺が兵士さんに木剣を当てる力が強すぎたって事なんだろうね――。



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