第848話 ヘルサル農園
「あ、リク様! ようこそヘルサル農園へ!」
「どうもー。――ヘルサル農園?」
「作業者たちがそう呼んでいます。ヘルサルにある農園なので、ヘルサル農園ですな。農場と呼ばないのは、リク様が結界を張った場所であり、農場と呼ぶのは味気ない……との理由で農園と呼ぶ事にしたようです」
「まぁ、呼び方は自由ですけどね。……俺の名前が付いたりしなくて良かった」
「どうした、リク?」
「いや、なんでもないよ」
農場内で栽培されている物のあれこれを聞きながら、内部を歩いていると畑仕事をしている人達から声を掛けられる事が多々あった。
まぁ、外から作業者を募集していたようなので、何度か顔を見た事があるくらいの人からだけだけども。
作物に関してはともかく、作業している人のうち一人がヘルサル農園と言ったのが気になって、クラウスさんに聞いてみたんだけど……まぁ、農場よりも農園の方が響きがいい……のかな? わからないけど。
王都の饅頭みたいに、俺の名前とかが付けられていたら全力で却下しようと思ったけど、そうならなくて安心して一人でボソッと呟くと、アルネに不思議顔をされた。
あまり言及したり、クラウスさんが乗り気になってしまったら嫌なので、誤魔化して作業をしている人達を見ながらさらに農場……農園内を散策する。
時折気になる作業をしているように見える人がいるので、その際にはトニさんへ質問したりしていた。
「あちらの……手で植物の茎や葉っぱを触ったり、裏側を見たりしているのは、何をしているんですか?」
時折、作業している人達が栽培している植物の茎に触ったり、葉っぱの裏側をのぞき込んだりしている。
植物とか、小学生の時に夏休みの課題で観察日記を付けるために育てた経験しかないから、何をしているのかよくわからない。
「あれは、植物に付いた虫など、育てるにあたって邪魔なものが付いていないかの確認ですな。最悪の場合、育たなくなったり枯れてしまうので、早めに見つけて排除するのが大事なようです」
「あぁ、成る程」
「その他にも、余計な雑草が生えてくる場合もあるので、注意深く見ないといけない……と聞きましたな。通常なら数日に一度雑草を除くくらいでいいらしいのですが、ここでは一昼夜でかなり育つようです」
「あー、成長が早いというのも、いい事だけじゃないんですね……」
虫は葉っぱや茎を食べたりかじったりするからだろう……俺だって、穴が開いて虫食いになった葉っぱを見た事があるし、この世界の森の中とかではしょっちゅう見かけたからね。
虫と関連していたりしなかったりだけど、最悪の場合植物が病気になるかもしれないから、ちゃんと一つ一つ見るのは大事な事なんだろう。
それに加えて、雑草は大事な土からの栄養を奪い取ったりもするから、それも成長を阻害する要因として除外しないといけないか。
成長が早いのは雑草も一緒のようで、毎日作業しないと追いつかないのは大変そうだ……腰とか大丈夫だろうか?
「くぅ……トニばかりリク様と話して……しかし、私は全体の事はまだしも、細かい農作業の事は知らない事が多い……諦めるしかないか……はぁ……」
「は、ははは……」
トニさんと話していると、近くからクラウスさんの恨めしい視線がトニさんへと注がれていたりもするけど……うん、まぁ……放っておいても大丈夫そうだ。
隣にいるアルネは、そんなクラウスさんに苦笑していたけど。
「それで……えっと、あれは一体?」
作業の内容を質問したり、あれこれ聞いたりしながら、そろそろガラスが安置されている小屋の方を見に行こうかな、と思っただけど……一つだけどうしても無視できずに気にある事があったので、クラウスさんに聞いてみる。
トニさんにばかり聞いたら、後で二人が喧嘩とかしそうだからね……いや、トニさんに言い負かされてそこまで発展しそうにないけど。
ともかく、俺達が農園に入ってからも時折視界の隅というか、結界付近の端の方でチラチラと見えていたんだけど、遠目でもわかる程大柄な男性が一人、ひたすらに鍬を振って土を耕している。
俺達が移動している間も、その男性は耕し続けており、最初に見た場所とは別の所にいるのを見ると、それなりの速度で耕しているようだ。
「あれは……あぁ、冒険者ギルドの元ギルドマスターですね」
「あの人が……そういえば、見覚えがあるような気がします」
クラウスさんが俺の示した場所を、目を細めて確認して誰かを教えてくれた。
鍬を振るっている男性は、上半身裸という主張の強い状態なのでわからなかったし、元々ヤンさんと話す事は多くても、元ギルドマスターと会う機会は少なかったので気付かなかった……。
マックスさんやヴェンツェルさんのように、大柄な男性という事は覚えていたけど、さすがに冒険者ギルドで会った時は服を着ていたしなぁ。
「結界付近まで畑を耕しているという事は、新しい作物を栽培するとか、畑を広くする必要があるんですか?」
この農園は、まだ耕されずに何も手を付けていない場所もあるので、余裕があると思っていたんだけど……あの勢いで耕す必要があるのなら、近いうちに範囲の限界まで畑で埋まりそうだね。
全部を元ギルドマスターが一人でやるわけじゃないだろうけど、一日で数十メートル四方の区画をいくつか耕せそうな勢いだし。
「いえ、今のところそのような話はございません。作業者は今なお集めておりますが、広げるにもまだ人手が足りません。魔力溜まりの関係や作物の種類など、まだ確定していない事もあるので、今は前もって準備していた場所だけで作物の栽培をしています」
「え、じゃあ……元ギルドマスターは、なんであんなに一生懸命耕しているんですか?」
「……私共にも、わかりかねます。作業者一人一人の働き全てかんりしているわけではないので……」
「あぁ、まぁそうですよね」
クラウスさんによると、特に現状で畑部分を広げる予定はないらしいんだけど……元ギルドマスターは誰にも止められずに、今もひたすら鍬を振るっている。
まぁ、広げるかどうかは人手だったり、収穫をしたりと進んでからの事なのはわかるんだけど、じゃあなんで あの人はずっと耕しているんだろう?
さすがに、クラウスさんやトニさんは街を治める側の人だといっても、一人一人が細かく何をしているとか、どんな理由なのかはわからないよね。
「はぁ……なんとなく気が重い……」
「リクが気にする必要はないんじゃないか?」
「そういうわけにもね……ヤンさんに、できれば元ギルドマスターの様子を見て欲しいって言われたし。絶対じゃないんだけど、見かけた以上無視するのもね……」
俺が溜め息を吐くと、気にしなければいいと言うアルネ。
けど、探してでも見て来てくれと言われたわけでもないし、とりあえず畑を耕していた……というだけでいいと思うんだけど、なんとなく見てしまったし気になってしまった以上、そのままにしておけない自分の性格……。
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