第831話 昇格していたヤンさん
「ヤンさん……ギルドマスターですね。少々お待ち下さい」
「あれ? ヤンさんって、副ギルドマスターだったんじゃ……?」
「つい先日、冒険者ギルドとヘルサル支部への貢献が認められて、ギルドマスターに昇格したんです。……ここだけの話、前ギルドマスターが引退したくて譲っただけなんですけどね……」
「そうだったんですね……」
受付の女性が、ヤンさんを呼びに行こうと立ち上がる際、ギルドマスターと言ったのに気付いて首を傾げる。
俺が前に来た時までは、間違いなく副ギルドマスターだったはずなんだけど……と思っていたら、女性が簡単に説明してくれた。
ヤンさん、頑張っていたからなぁ……あと、ボソッと内緒話をするように小声で教えてくれた内容にも、納得。
前ギルドマスター、腰が低いタイプだったけど見た目はマックスさんとか、ルジナウムのノイッシュさんのようなタイプだったから、生涯現役を貫きたいとか言いそうな雰囲気だったんだけどなぁ。
ヤンさんを呼びに行った受付の女性を待っている間、先程まで話していた方の女性に聞いてみると……なんでもヘルサルに大規模な農場できるとわかって、畑を耕したいと思い立ったらしい。
なぜ急にそう思ったのかは、本人しかわからないらしいけど、冒険者ギルドのギルドマスターとしての仕事よりも体を動かしている方が楽しそうだから、と周囲に言っていたそうだ。
ノイッシュさんやマティルデさんを見ている限り、書類仕事とかの事務仕事が多そうで、体を動かすのとは無縁そうだからね……それもある意味、生涯現役と言えるのかもしれない。
「リクさん、ようこそ……いえ、おかえりなさいと言うべきでしょうか?」
「ははは、ただいま戻りました、ヤンさん。ヘルサルに入る時、衛兵さんにも言われましたよ」
「リクさんは、今ではヘルサルが輩出した英雄……と街では評判ですからね。皆、リクさんがこの街出身であるように感じているみたいです」
奥から女性に連れられてやってきたヤンさんは、破顔一笑しながら俺が来た事を歓迎してくれる。
衛兵さんにも言われたけど、ヘルサルの人にはそう思われているんだね……まぁ、厳密には俺ってこの世界の人間ですらないんだけど、それはともかく。
まだ故郷……と言うには不十分かもしれないけど、この世界ではヘルサルが初めて訪れた街だし、そこから全てが始まったとも言えるし、皆に受け入れてもらえる気がして嬉しくもある。
モニカさんやマックスさん達に会ったのも、この街だし、色んな拘わりがあってエルサやソフィーに会えたわけだしね……エルサは、ユノが仕組んだようなものだけども。
「歓迎されるのも嬉しいですけど、歓迎され過ぎず、受け入れてくれるのでこの街は好きですよ。おかげで、戻って来やすいですし」
「ふふ……その様子ですと、随分と他の街でも歓迎をされているようですね。そう言って下さると、この街に根差している私としても嬉しいですね。それに、お噂はかねがね……冒険者ギルドに所属していると、各地の情報が入って来ますので。おっと、このまま立ち話するのもなんですな。奥へ行きましょうか」
「はい。お願いします」
王都でもそうだったけど、他の街だと過剰に驚かれる事が多いから、それなりに歓迎してくれてそれなりに受け入れてくれるこの街が好きだ、と正直に伝える。
冒険者ギルドは、国とは別に独自の情報網を持っているから、ギルドに関係した活動をしたら、他のギルド支部にも情報が伝わるんだろう……これは、情報共有をするためにも必要な事だろうからね。
それに、最年少で最短記録らしいAランク冒険者になった俺は、各地のギルドで注目されているとかなんとか……あと、ヘルサルではヤンさんもいるし、拠点にしていたから特に注目してくれているのかもしれない。
なんにしても、拠点を王都に移していても気にしてくれているのは、ありがたいかな。
ここには挨拶をしに来ただけだけど、なんとなく他の冒険者さんや職員さん達から、注目を浴びている気がするので、素直にヤンさんに従って奥へと案内してもらう事にした。
案内と言っても、王都の中央ギルド程大きな建物じゃないし、何度も来た事があるから大体わかっているんだけどね。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう。さて、見知らぬ方もいますが、本日はどのような用向きでこちらへ?」
ヤンさんに通されたのは、少し懐かしい会議室のような場所……ここで冒険者になるための筆記試験を受けたのが、ずいぶん昔の事のように感じる。
ギルド職員さんがお茶を用意してくれて、全員分のお茶を机に置いて退室するのを、お礼を言いつつ見送った。
ヤンさんは、職員さんに軽くお礼を言った後、俺達に向き直って早速とばかりに用件を聞く姿勢。
「用というか、ヘルサルがどうなっているのか、ちょっと様子見に来たんですよ。まぁ、農場の事もありますし、そちらには俺が深く拘わっていますから」
「成る程。リクさんは、エルサ様に乗れば他では考えられない距離を短期間で移動できますから、様子見というのもわかりますね」
「はい」
通常は馬での移動だから、王都とヘルサル間は片道だけでも数日かかってしまうため、様子見だからとフラッと寄ったりはしないんだろう。
エルサがいてくれるおかげで、気軽に長距離移動ができるのはありがたいね。
「あ、そうだ。ヤンさん、ギルドマスターへの昇格、おめでとうございます」
「「おめでとうございます!」」
「おめでとうなの!」
「「……」」
「ありがとうございます。リクさん達に言われると、ギルドマスターとしてしっかりしないといけない、と気が引き締まります」
少し遅くなってしまったけど、副ギルドマスターからギルドマスターに昇格したヤンさんを祝う。
理由はどうあれ、昇格とか昇進はおめでたい事だから。
俺に続いて、顔見知りのモニカさんとソフィーが祝辞を送り、ユノが追随する。
フィネさんは知り合いではないためか、軽く会釈をするだけで、アルネも同様……アルネはエルフの集落に来たヤンさんと会っているだろうけどね。
「ある意味、リクさんのおかげでもあるのかもしれませんね。前ギルドマスターは、農夫になって鍬を振るう! 武器も鍬も、振るう事には変わらんからな! と言ってギルドマスターの職を辞めましたから」
「確かに俺が結界を張っていますけど、農場自体は前から計画していた事だったのでは?」
「そうなのですが、マックスさんと話したり、リクさんの活躍を聞いて体を動かしたくなったそうです。まぁ、ギルドマスターをやっていると、体を動かす機会は限られていますからね。……一番多く動かすとするなら、冒険者と訓練代わりに模擬戦をする程度でしょう」
農場が関係あるというよりも、体を動かしたい! という欲求に駆られたからというのが一番の理由らしい。
そこに丁度良く農場計画があったから、武器の代わりに鍬を振るえば体を動かせるんじゃないか? と考えて決断した結果なのか。
まぁ、畑を耕す作業とかは肉体労働なのは確かだし、体を動かせるという事に間違いはないのかもしれないけど……ともあれ、それとマックスさんは何か関係しているんだろうか?
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