第656話 アメリさんを紹介



 兵士達の間から、ヒルダさんが出て来て迎えてくれた後には、続々とレナやエフライム、メイさんまで来てわいわいと騒ぎ始めた。

 俺を喜んで迎えてくれているのがわかって、嬉しいんだけど……急に騒がしくなったなぁ。

 アメリさんなんて、レナやエフライムから訝しげに見られたり、代わる代わる人が来て状況が良く把握できなくなっているみたいだし。


「とにかく、ここで立って話すのも落ち着かないし……まずは部屋に行こう。アメリさんも、落ち着かない様子だからね」

「その女性が落ち着かないのは、立っているからというより、リクがまともに説明しないように思うが……まぁ、そうだな」

「リク様の部屋は、いつ戻っても使えるようにしてあります」

「ありがとうございます、ヒルダさん。それじゃアメリさん、とりあえず行こうか?」

「え、え……私、何処に連れていかれるの……?」


 お互いの紹介や説明もあるし、このまま中庭で話していても落ち着かないだろうと、部屋へ移動する事を提案。

 俺がいなくても、ちゃんとヒルダさんが管理してくれている事に嬉しさと共に感謝を伝え、移動を開始する。

 アメリさんは、何がなんだかわからない様子で戸惑っていたけど……鋭いエフライムは置いておいて、確かにもう少し説明しておいた方が良かったかな?

 まぁ、今更考えても仕方ないか、と暢気に構えておく事にした。

 エルサの暢気な性格が、俺にも移って来ているのかもしれない……。



「えーと、この人はアメリさん。王都へ戻る途中で、オーガに追いかけられたのを発見して、助けたんだ。馬が逃げてしまって、困っていたし行き先が一緒だったから、連れて来たんだ」

「行き先が一緒とは言っても、さすがにこの王城ではなかったのだろう? リクは仕方ないな。――私はエフライム。エフライム・シュタウヴィンヴァーだ。クレメン・シュタウヴィンヴァー子爵の孫となる」

「同じく、孫のレナーテ・シュタウヴィンヴァーです。エフライムお兄様の妹になります。……リク様は渡しません!」

「レナーテお嬢様、その意気です! ――んんっ! 私は、シュタウヴィンヴァー家で使用人をさせて頂いております、メイ・ドーラと申します。気軽に、メイドちゃん! とお呼びくださいませ……」

「リク様のお世話を命ぜられております、ヒルダと申します……どうぞ」

「ありがとうございます、ヒルダさん。……ここに戻って来たら、やっぱりヒルダさんのお茶を飲まないとですねー」

「恐れ入ります」

「……」


 部屋に入り、アメリさんを紹介して皆からも自己紹介。

 ヒルダさんにお茶を淹れてもらって、一口……やっぱり、このお茶を飲んで初めて戻って来たって感じがするよね。

 お互いの自己紹介が終わり、お茶を飲んでホッと息を吐いている横では、アメリさんが口を開けたまま呆然としていた。

 突然色んな人から声をかけられて、自己紹介されたら何も言えなくなるかな? あ、エフライムとレナが貴族の孫だからかもしれないなぁ……二人共そんな事を鼻にかける事はないし、気のいい兄妹なんだけど、いきなりは緊張するかも。

 メイさんだけは、ちょっと特殊のような気がするけどね。


「んー、喋りませんね?」

「いきなり私達の事を聞いたからだろう。急に貴族の孫が目の前に現れたら、どう喋っていいのかわからなくなっても当然だ」

「でも、リク様には普通に話していたんですよね?」

「ん? まぁね」

「それは……リクだからな。大方、自分の事をあまり吹聴していないのだろう。実質的な事を知れば、俺達相手よりも緊張しているだろう」

「エルサを見て驚いたりは、していたんだけど……」

「それは当然だ。ドラゴンを見れば、驚いたり恐怖するのが普通の反応というものだ」


 初めて会った時は、俺も驚いたんだけどね……エルサの暢気な性格や、モフモフな事からすぐに慣れた。

 首を傾げながら、アメリさんを見るレナに落ち着いた様子でお茶を飲みながら、エフライムが説明している。

 ドラゴンへの反応に対しては、ヒルダさんだけでなくメイさんまで頷いていた……そりゃそうか。

 それはともかく、そろそろ話しの本題に移りたいから、正気に戻って欲しいんだけど……。


「おーい、アメリさーん?」


 隣に座って、目と口を開けたまま呆然としているアメリさんに対し、顔の前で手を振ってみる。


「ん……はっ! え、あ……私は一体どうしたら!? リク君、跪いたらいいの? それとも、平伏した方が……あ、向かい合って座るのも失礼では!?」

「混乱しているな、まぁ仕方ないか。とりあえず、俺やレナも気にしないから、そのまま座っていて欲しいのだが……」

「そうですよ、アメリさん。大丈夫です、この場にいる人達は少々の事で怒ったりする人達じゃありませんから、跪いたりしなくてもいいんです」

「……え? あ……そう、なの? いえ、そうなのですか?」

「あぁ」

「はい」


 どこかへ飛んでいた意識が戻って、混乱している事を示すように、忙しなく顔をキョロキョロとさせたり、なぜか長い髪を撫でつけて身づくろいを始めた。

 エフライムの言葉に続いてフォローするように俺からも言うと、ようやく落ち着いたようで、半信半疑ながらもキョロキョロするのを止めてくれた。

 ……まだ髪を撫でつける手は止まっていないけど、それくらいはいいか。


「まぁ、とりあえず少し落ち着いてもらってだ。リク、他の者達はどうしたんだ? 一人で行動するのは珍しく思うが……」

「あぁ、モニカさん達はそれぞれルジナウムとブハギムノングにいるよ。まだ全部終わったわけじゃないからね」

「そうか……少し前に、ルジナウムから緊急の伝令が来たが、それと関係が?」

「フランク子爵が出したんだろうね。……あの時は、少しでも魔物に対する時間稼ぎをしようとしていたから」


 避難先のブハギムノングだけでなく、フランクさんは王都にも伝令を出していたらしい、少しでも戦える人を集めようと必死だったんだろう。

 もしかしたら、自分の領地を含めて他の貴族へも、伝令で救援を求めていたのかもね。

 まぁ、結局時間を救援を待つ時間を稼ぐどころか、避難する人達が遠くへ行ける時間を稼ぐ必要すらなくなったんだけど……。


「ちょ、ちょっと待って下さい。ルジナウムって……リク君、もしかして?」

「アメリさんの村から近い森……その森の北にある街の事だと思うよ」

「やっぱり……村の近くから移動した魔物達は、森へ向かっていました。時折、森へ入らず北へ向かっている魔物も……。森を北へ抜けた場合、一番近い街をと考えたら……」

「ルジナウムだね。これは地図を見れば、すぐにわかるか」

「ふむ。ルジナウムやブハギムノングは、リクが冒険者ギルドの依頼で行った街だったはずだが……まぁ、俺も伝令が何のために来たのか、そして続いて来た伝令からある程度、何があったか伝えられているから、大体は予想ができるが……とにかく一度で整理しておいた方が良さそうだな?」

「そうだね。アメリさんにも説明しないといけないし……それに、話しておかなきゃいけない事もあるからね」


 その場にいたため、大体の事を知っている俺とは違い、アメリさんはルジナウム方面へ移動する魔物を見て、エフライムはルジナウムからの伝令で情報の又聞きだから、整理しながら話す必要があるだろう。

 ブハギムノングでの事も繋がっているから、ルジナウムに関する話だけでは不十分だし、それを説明しておかないといけないか――。



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