第638話 ゆっくりブハギムノングの街へ
「でも、魔力がまだあるのに、倒れるなんて……それも、二日間寝たままだったし……」
「魔力が、そこにあるカップに入った水だとするのだわ。その水が短時間で三分の一程度になった、と考えればいいのだわ。急激になくなった魔力に対して、体が休息を求めた結果、倒れたのだわ。それに、リクは元々の魔力が多いからだわ、失った魔力の量も尋常じゃないのだわ」
「つまり、一気に大量の魔力を使ったから、倒れたってわけだね?」
「そうなのだわー。他の人間が三分の一になっても、倒れる事はないはずなのだわー」
水を魔力に例えて、説明してくれるエルサ。
全体量が多いために、枯渇しかかっていなくても気を失ってしまったという事らしい。
数値だと、人間の百ある魔力が六十減るのと、万ある魔力が六千減るのでは、失った魔力量が違い過ぎる、という事だと思う……多分。
「リクは、今までそれだけの魔力を使う事もなかったのだわ。だから体が慣れていなかったのだわ。だから、次は同じくらい魔力を使っても大丈夫なはずなのだわ。魔力も増えているのだしだわ」
「それだけ魔力を使う事って、そうそうないとは思うけど……また倒れないように気を付けるよ」
「そうするのだわ。滲み出る魔力がなくなって、怪我をするなんてよっぽどなのだわー。まぁ、今はその魔力で怪我の治りが早いのだけどだわ」
「怪我が治っていたのは、魔力のおかげだったのか……」
「……なんにしても、リクさんが今まで以上によくわからない状況で、強くなったって事ね」
「そうなのだわー。私に流れる魔力も多くなって、ぬくぬくなのだわー」
エルサの言うぬくぬくというのはよくわからないけど、とりあえず俺から流れる魔力量が増えた事で、ぬるま湯に浸かっているような気分という事だろうね。
怪我の方は、今は傷跡すら残っていない。
二日寝ていたとしても、通常そんなに早く治るとは思えなかったんだけど、これも大量の魔力が影響していたらしい……魔力って凄いなぁ。
深く考えると、自分の事でもどうしていいかわからなくなりそうだったので、モニカさんの言葉に納得しておく事にした。
強くなったっていう実感もないし、魔力も今までより多くなったって言われても、今までがどれだけだったのかわかってなかったから、結局よくわからないって事だ。
多分、今はそれでいいと思う……それでいいという事にしよう。
「はい、確かに受け取りました。ありがとうございます」
「いえ、リク様にお会いできて光栄でした。それでは……」
しばらく部屋でモニカさんやエルサと話し、訪ねてきたフランクさんの使者さんから書簡を受け取った。
女性の使者にお礼を言って見送る……頬を赤らめながら、会えて光栄と言われても、どう反応したらいいのか……。
隣にいる、モニカさんからの視線が痛いような気がするけど、そちらは見ないようにしておいた。
「それじゃ、行って来るよ」
「リクさんに言う必要はないかもしれないけど、気を付けて」
「うん、ありがとう。――それじゃ、行こうエルサ」
「出発なのだわー!」
新しい服を用意してくれたお店や、宿の人達にお礼を言って、少し遅めの昼食を食べた後、北門から外に出てエルサに乗り込む。
街に繰り出したエアラハールさんとユノは置いておいて、見送りに来てくれたモニカさんに手を振りながら空へ。
ちなみに、昼食はずっと寝ていて何も食べていなかった影響なのか、食べすぎというくらいの量を俺もエルサも食べたけど、それはどうでもいい事か。
いつもの倍くらい食べたけど、あれだけ食べられるなら俺だけじゃなくエルサも、元気な証拠と言えるかもね。
「エルサ、ちょっとお腹が苦しいから、ゆっくり行こうか」
「私もちょっとだけ食べ過ぎたのだわー。のんびり行くのだわー」
お腹をさすりながら、ゆっくりブハギムノングへ向かうようエルサに言う。
ソフィーには悪いけど、差し当たって急がなきゃいけない事は、ほとんど解決したようなものだし、のんびりしたっていい……と思う。
ここ最近、鉱山やルジナウム近くの魔物の事を考えていて、あまりのんびりした時間がなかったからね。
というか、エルサにとってはあれだけ食べてもちょっとだけ程度なのか……。
そうして、久々に空から地上の景色をのんびり眺めながら、ブハギムノングの街へと向かった――。
「さて、まずは……どうしよう?」
「ソフィーのところじゃないのだわ?」
「そうなんだけど、何処にいるかわからないしなぁ。宿にいてくれればいいんだけど……」
エルサから降り、街の入り口へと向かいながら呟く。
黒装束の男と話すのであれば、捕まっているであろう衛兵さん達の詰所。
ただ、鉱夫組合のフォルガットさんにも説明しなきゃいけないと思うし、ルジナウムに行く時にちょっとだけ話したベルンタさんとも話しておかなきゃいけないと思う。
それに、ソフィーと合流するにしても、宿にいるのか他の場所にいるのかわからない。
とりあえず、誰かに聞けばわかるかもしれないと考え、街の入り口にいる衛兵さんに聞く事にした。
冒険者が少ないから、ソフィーの事を見かけているかもしれないからね。
「すみません、ちょっと聞きたいんですが……」
「うん? 冒険者か? 珍し……リク様!?」
「あぁ~、はい。リクです」
声をかけた衛兵さんは、革の鎧(これも前と同じような物で新しくなっている)に剣を腰に下げた俺を一瞥して、冒険者だと思ったようだけど、途中で視線を頭にくっ付いているエルサで止める。
そこで俺の事に気付いたようで、驚いていた……こういう反応には慣れたけど、やっぱり苦笑するくらいしかできないよね。
「えーっと、ソフィーって言ってわかるかな……俺と一緒にこの街に来た冒険者の女性とか、見かけませんでしたか?」
「ソフィー殿ですね、はい。リク様が戻って来られたら、詰所まで来てもらうようお願いしてくれと言われていました」
「詰所にいるんですか?」
「はい。少々問題が発生しておりまして……数日前から詰所で話し合っておられます。詳しくは、詰所でお話を」
「はい、わかりました」
衛兵さんにソフィーの事を聞くと、俺が戻って来た時のために伝言をされていたらしい。
何か問題がって言っているようだけど……何かあったのかな?
詰所で話し合っているというのも、黒装束の男を引き渡したりで事情を説明するだけなら、そんなに時間がかかりそうにもないと思うんだけど。
とにかく、ソフィーと会って話を聞いてみればわかるか。
衛兵さんに案内され、街の中に入って詰所を目指す。
そういえば、この街に来て冒険者ギルドだとか鉱夫組合には行ったけど、詰所には行った事なかったっけ。
まぁ、特に用もなかったから当然か。
「失礼します。リク様がお戻りになられたので、お連れ致しました」
「リク! 良かった、戻って来てくれたか。ルジナウムに行ってから、戻って来なかったからどうしたのかと……まぁ、一応この街に来た伝令から、状況は聞かされていたが……」
「リク様、お初にお目にかかります。私、この街で兵長を務めさせて頂いております、ガッケルと申します」
「失礼します。ごめんソフィー、ちょっと遅くなっちゃった。――ガッケルさんですね、リクです。よろしくお願いします」
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