第628話 二度ある事は三度ある



「エルサ!? ぶっ!!」

「リク、無事なのだわー!? 魔力がずっと流れて来ないから、どうなっているかわからなかったのだわ!」

「ちょ……エル……ぶふっ! まっ……!」


 聞き覚えがあり過ぎるくらいの、暢気なエルサの声。

 俺の上からユノがどいたので、空を見上げた瞬間顔面にベチャッ! と何かがぶつかった。

 声からするとそれがエルサなんだろうけど、いつものモフモフ感は一切なく、ベチャベチャと濡れた不快な感触だけだ。

 これ、魔物の返り血そのままなんだろうな……エルサ、引き千切ったりしてて、全身血塗れだったし。

 俺やユノも似たような状況だけどね。


「エルサ、エルサ。そのままじゃリクが息できないの。離れた方がいいの」

「おっとだわ。失礼したのだわー」

「はぁ、ふぅ……助かったよユノ。それにしてもエルサ、さっきのは一体……? ってこれ、矢か?」

「そうなのだわ。リクに頼まれて街に行った後、人間達を集めて矢を打たせたのだわ。……ユノが走って行ったのは驚いたのだけどだわ」

「……いや、エルサ。俺からじゃなくてエルサからの提案だったと思うが……それはいいとして、俺から離れた場所に攻撃をって話じゃなかったのか? これ、ユノがいなかったら俺も危なかったんだけど?」

「だわー? そうだったのだわー?」

「エルサ、忘れてたようなの」


 ユノのおかげで、ようやくエルサが離れてくれて呼吸ができるようになった。

 エルサを見ると、やっぱり先程のまま全身血に濡れている……おかげでモフモフ感が損なわれているし、隙間から呼吸もできなかったんだな。

 ともあれ先程のはなんだったのかと聞きながら、周囲の様子を確認。

 地面だけでなく、魔物にも突き刺さっているのは、金属の矢じりが付いた矢だった。


 キュクロップスの目以外にも体、キマイラやマンティコラースにも突き刺さっていて、動きを止めるどころか貫通までして倒してしまっているのもあった。

 他にも、火や氷、土と思われる矢が突き刺さっている魔物もいたので、魔法も弓矢と同時に放ったんだろう。

 この分だと、風の矢とかもあったんだろうな。

 というか、攻撃するのはいいんだけど、思いっきり俺やユノも巻き込んでいるじゃないか……。

 ユノが庇ってくれなかったら、俺も他の魔物達と同じように矢が突き刺さっていただろうなぁ。


 俺の追及に、ふわふわ飛んでいるエルサは、そっぽを向いてとぼけるように暢気な声を出す。

 いつの間にそんな誤魔化し方を覚えたんだか……。


「はぁ……ユノのおかげで助かったよ、ありがとう。……魔物は全滅、かな?」

「私もリクを助けられたの! これでおあいこなの」

「多分なのだわー」


 助けてくれたユノに感謝。

 ユノが言っているのは、おそらくこの世界に来る前、車に轢かれそうになった時の事だろう。

 色んな事の原因と言えなくもないけど、気にしなくてもいいんだけどな。

 ともあれ、周囲を見渡すと動いている魔物がいなさそうに見える。


「でも、魔法も矢も、こんなに威力がある物だっけ?」


 人間の魔法に関して、俺はあまり詳しくない。

 弓矢を使ってもいないからわからない事は多いけど、数が多いとはいえ、強力な魔物を逸しlyんで倒したり、貫通せたりする程の威力があるとは思えないんだよなぁ。

 ヘルサルの時も、ゴブリン達に向かって外壁から魔法や弓矢を使っていたけど、ここまでじゃなかったはずだし。


「これは、私が魔力で強化したのだわ。人間に打たせて、途中で魔力を込める簡単な作業なのだわー」

「そんな事、できるのか……? それに、魔力はもうほとんどないって……」

「大きくなるより、魔力を使わないのだわ。探査魔法のように魔力を広げて、そこを通過させたら威力を増して誘導するようにしただけなのだわー。けど、さすがにもう魔力がないのだわー。ふわぁ……」

「魔力って、万能なんだなぁ」

「ドラゴンの魔法と魔力操作は、創った私もよくわからない時があるの……」


 エルサが強化をしたから、強力な魔物でも貫く事ができたのか……。

 確かによく見ると、魔力が足りなかったせいなのか、エルサが行ったように広げた魔力を通過しなかったからなのか、貫通するどころか当たっているのに刺さってすらいない矢もあった。

 こんな事ができるなら、最初からやっておけば先制で数を減らせただろうに……とも思うが、俺達が戦い続けたおかげで、一気に全滅させられる程の数になっていたんだろう、と思いたい。


 それに、矢だって限りがあるし魔法を放つ人間にだって限界があるから、何度も同じ事はできないだろうね。

 ……ルジナウムの西門に集まっていた人達よりも、確実に矢の数が多く見えるから、一人で数本打っている人もいたっぽい。

 数本の矢を一度に放って、エルサの魔力で魔物に突き刺さるようにしたんだろう……誘導って言ってたし。


「静かになったなぁ……」


 周囲に俺達以外動く物がなくなって、周囲を見渡しながら呟く。

 魔物が積み重なっていて、遠くまでは見えないから全てを確認はできないが、魔法も来なくなっているし、ほぼほぼ倒したと考えて間違いないだろう。

 咆哮だとか、魔物の声とかも聞こえないしな。

 ほら、別の……人間と思われる声なら聞こえる……って、え?


「リクさーーーーーーん!! リクさんリクさんリクさんリクさん、リクさーーーーん!!」

「この声は、モニカさんかな?」

「そうみたいだわー」

「なの!」


 遠くから、何度も俺を呼ぶ声。

 魔物の死骸に混ざって聞こえるのは、モニカさんだと思われる叫び声だ。

 なんだろう、俺を呼びながら走って来るのって、流行っているのかな?

 二度ある事は三度あるって言うけども。

 エルサは飛んでたか……。


「リクさーーーーん!!」

「モニカさ……わぷっ!」

「モニカ大胆なのー」

「こういう時の人間の勢いは、怖いのだわ……」

「エルサ、人の事言えないの」

「……気のせいだわ」


 積み重なった魔物の死骸、降り注いだ矢の間を駆け抜けて、モニカさんが全速力で駆けて来る。

 途中で、邪魔な魔物の死骸を押しのけて道を確保している姿は、マックスさんというよりマリーさんっぽくて、血は争えないなぁと感じるね。

 俺の事を呼ぶ声に応えようと、モニカさんの姿が見えて声を上げた瞬間、飛び込んで来た勢いそのままで、何かふんわりとした物に包まれた。


「リクさん、良かった! 無事だったのね! エルサちゃんが、リクさんが危ないって慌ててたから、心配してたの!」

「埋もれているの」

「埋もれているのだわ。あれじゃ話せないのだわ……」


 声は聞こえるんだけど、何かを話そうとしても不思議な感触に包まれて口が動かせない。

 というより、動かしてはいけないと頭の中で別の俺が叫んでいるような気さえする。

 なんだろうこれ……エルサのモフモフとは違う、あえて表現するならポヨポヨした感触。

 モフモフとは違うはずなのに、幸せを感じてしまうのはなぜなのか……人間は、男は最終的にそこへ還るのだと思わされるような、不思議な感覚。

 あぁ……安らぐ……このまま、静かに俺は……なんだか、眠く……。



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