第518話 夜の上空遊泳
「はー、結構高いなぁ。結界があるおかげで、風はあんまり感じないけど」
「空気を通すために、完全には覆っていないのだわ。だから飛び始めると結構感じると思うのだわ」
「それもそうだな。それじゃ……行くか?」
「行くのだわ!」
「行くのー!」
眼下に見えるのは、かなり小さくなった王城くらいだ。
夜なのもあって、王都の家々は見えないし、時折篝火が焚かれているような光がポツポツと見えるような見えないようなという高さ。
雲一つないような晴天ではあるけれど、これだけの高度に来たら風が吹いてすごそうではある……だけどそれも結界によって音すらも遮断されているためあまり感じない。
暗闇でどれだけ高くてもあまり遠くまで見渡せない周囲を見ながら、呟く。
一応、エルサや俺、ユノが息をする必要もあるので、結界には空気を通す穴のようなものがあるらしいけど、多分指が通るかどうかもわからないくらいなんだろう。
じゃないと今も風の音や空気の流れを感じるからね。
でも、さすがに移動を始めると多少は感じるようになるか。
覚悟というわけではないけれど、少しだけ緊張しながらエルサとユノに声をかける。
エルサもユノも、これから楽しい事をする直前の子供のような声を出して答えた。
「エルサ、方向は任せる。思いっきり飛んでくれ!」
「わかったのだわー! 久しぶりの全力なのだわー!」
「全力なのー!」
俺が声をかけると、少しだけ姿勢を変えたエルサが、顔を下げるようにして移動を始める。
大きく声を上げて、意気揚々と出発。
方角はエルサの気分次第……どこに行くという目的もないからね。
はじめはゆっくりと移動を開始し、段々と速く……速く……速く。
ものの数秒で、ヘルサルに向かっていた時以上の速度になった気がした。
それでもまだ速く!
「もっともっと行くのだわ!」
「速いのー!」
周囲が暗闇なせいで、あまり速度の実感は得られないけど、隙間から入り込んでくる空気が感じられるようになり、それが強めの風となって頬に当たる。
小さい穴から入る空気だから、広い範囲で風が気つけたりする事もなく、息がしづらくなる事もない。
多分だけど、結界がなかったら姉さんの言っていたジェットコースターどころではなく、エルサにしがみ付こうとしても、風圧で乗っている人間は飛ばされるんじゃないだろうか?
「おぉー、ほとんど見えない地上だけど、景色が流れるのすらよくわからないなぁ」
「当然なのだわ! 景色なんて見せる程、甘い飛び方はしないのだわ!」
「甘くないの!」
景色を見るのが甘いというのは、俺にはわからない感覚だけど、ドラゴンからするとそうらしい。
まぁ、今は景色よりもエルサが速度を出すにあたって、左右それぞれ別々の動きをしながらも忙しない翼を見るのが楽しいからいいか。
エルサもユノも楽しそうだしね。
「ヘルサルを通過したのだわー! あ、センテだったのだわ? それも通過したのだわ!」
「え、もう?」
エルサはとりあえず、東へと飛んでいるらしく、数十分とかからない時間でヘルサルやセンテを通過したらしい。
そちらの方角にしたのは、最近往復したばかりだからだと思うけど……その時は片道一時間以上はかかってたはずなんだけどなぁ。
既にいつもの飛行速度からすると倍以上の速度が出ているらしい。
暗いのと速すぎるので、あまりよくわからないけど。
結界の影響もあるんだろうけどね。
高度計とか、速度計とか欲しいと一瞬考えたけど、エルサは機械じゃないから取り付けられないか……そもそもそんな計器がこの世界にはないだろうし。
「エルサ、ちょっと迂回しながらヘルサルの北に向かってくれるかー?!」
「わかったのだわ! ちょっと揺れるのだわー!」
「うぉっと……!」
「あはははは!」
ふと思った事があって、ヘルサルの北ヘ向かうようエルサに頼む。
すぐに方向転換をしたエルサの忠告通り、背中に乗っている俺とユノは揺れを感じてバランスを取った。
まぁ、ユノは楽しそうだったけど。
「ノッてきたのだわー! もっと速く飛ぶのだわー!」
「まだ速くなるのか?」
「もっと行けるのはずなのだわ! 今ならどこまででも飛べそうなのだわ!」
「もっと速く、もっと速くなのー!」
既にほとんど全力かと思っていたけど、まだだったらしい。
飛んでいるうちに気分が高揚してきたらしいエルサは、さらに速度を出した……というのは、頬に当たる隙間から入ってきた風でなんとなくわかった。
ユノはもっと速く飛んで欲しいようで、楽しそうに声を上げながらエルサを煽る。
うーん、ここまでとは思わなかった……。
「このまま行くのだわー! それーだわ! あ、なんか街っぽいのを通過したのだわ!」
「あー……まぁ、仕方ないか」
微かに街の明かりが見えるような……といったくらいのヘルサル付近まで引き返し、そこから北へ向かったエルサ。
数分程度で何やら街を通過したらしい。
俺にはわからないが、暗闇でも目がよく見えているであろうエルサだからわかったんだと思う。
けど……こんなに早く通過したうえに、俺がわからなかったんだったらこちらに向かった意味は、あまりなかったね……元々、あまり期待はしていなかったけど。
エルサに北へ向かってもらったのは、調査の依頼を受けた街や、集結しているように見える魔物を上空からでもわからないかなぁ……というだけの考えだったからね。
というか、地上がほとんど見えないくらいの高度と暗闇なんだから、わかるはずがないのになぁ……俺の馬鹿。
エルサの方は、全力で飛べて楽しそうだし……まぁいいか。
「山なのだわー! 合わせて高度を上げるのだわー!」
「あぁ、わかった!」
「もっと高くなのー!」
俺が思い付きを反省している間に、さらに北へ真っ直ぐ進んだエルサは、山へ差し掛かった事を報告すると同時、高度を上げ始めた。
地上との距離が変わらないように合わせているためか、俺にはそこに山があるかどうかはわからない。
でも山かぁ……ん? 街のさらに北で山って事は……?
「……鉱山、かな?」
「どうしたのだわ? 山を越えたから、高度を落として加速するのだわ!」
「あ、あぁ。なんでもないよ。このまま加速してくれ!」
「わかったのだわー!」
「おぉー!」
詳しい地理はさすがに覚えていないけど、大まかには頭に入っている。
それを考えると、今エルサが上空を通過した山はきっと、もう一つの調査依頼の目的地である鉱山なんだろう。
……やっぱり、高度と暗闇でよく見えなかったけど……これはまぁ、仕方ないか。
エルサになんでもないと伝えつつ、降下して加速する事を促した。
瞬間、ふわりとした浮遊感。
多少なりとも感じていた重力が、頭の先へ抜けたような感覚と共に、さらに速度が上がった。
高度を上げる時は感じなかったけど、速度が上がって急激に下降したために感じた浮遊感だろう。
結界があっても、さすがに限界近い速度を出して重圧を感じるようになった……というところかな。
「そろそろ国を越えるのだわー! このまま行くのだわ?」
「あー! 待て待て、さすがにそれは不味いだろ!」
「もっと行かないの?」
鉱山と思わしき山を越えて、さらにしばらく。
いくつかの山を越えたようで、高度を上げたり下げたりしていたようだが、そろそろ国境が近いと伝えて来たエルサを止めた――。
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