第286話 ギルド内に響く子供の声



「いや、あの……周辺の人達から、苦情が来ていたらしいので、もうあんな事は……」

「あら、そうなの?」

「当然ですよ、ギルドマスター。無理矢理場所を取ったら、言われるのが当たり前です」

「まぁ、そうか。でも、リク君の勇姿をどうしてもしっかり見たかったからね……青い鎧を身に着けたリク君は、格好良かったわよ?」

「あはは、ありがとうございます」

「そういえば、今日はあの鎧を着ていないけど……もう着ないの? あれ、ワイバーンの鎧でしょ?」


 苦情が来た事を伝え、隣にいる受付の女性も溜め息を吐きながら言うけど、マティルデさんには堪えていないようだ。

 マティルデさんは、さすがギルドスターというだけあって、あの鎧を遠目に見ただけでワイバーンの鎧だとわかったようだね。

 確かに、あの鎧だけ他とは違って格好良かったし、見せた皆の評判も良かったんだけど……。


「んー、金属の鎧はまだ慣れなくて。動きやすい今の方が、楽ですね」

「まぁ、リク君ならそれで良いのかもね。他の冒険者なら、ワイバーンの鎧という高価な物を誇示したり、その性能を使って活躍する者だけど……リク君には必要ないのかもね」

「ははは、必要無いかはともかく……今の動きやすい革の鎧で十分ですね」

「Aランクになって、どこでも手に入るような鎧で満足してるリク君は、他とは違うわね……」


 話が鎧の事になって、苦情が来た事からは逸れてしまったけど、まぁこのくらいで良いんだろう。

 酷いようなら、城の方から直接何か言われるだろうし、俺が言ってもマティルデさんが聞いてくれそうにもないからね。

 というより、もうパレードなんてないだろうから、あまり気にしなくても良いのか……。

 無いよね?


「それじゃ、マティルデさん。また……」

「はーい。今度は依頼のためじゃなく、デートのお誘いでも……」

「リクさん、さっさと行くわよ!」

「ちょ、モニカさん?」

「あははー、警戒されてるわねぇ」


 マティルデさんに挨拶をして、部屋を出る時、向こうの言葉を遮ってモニカさんが俺を押してさっさと部屋を出された。

 マティルデさんがいつも言う冗談なんだろうから、そこまでモニカさんも気にしなくて良いと思うんだけどなぁ。

 少しだけ不機嫌なモニカさんに押されながら、来る時と同じように、受付の女性に先導され、ギルドの建物内を歩く。


「リク様、こちらで少々お待ちを。様子を見てきますので」

「はい、すみませんがお願いします」


 受付の女性は、そう言うと先に駆けて行った。

 俺達が、何も考えずにギルドの受付まで行ってしまうと、変な依頼をしようとしている人達に見つかって、囲まれてしまう事態になる事を避けるためだ。

 様子を見てもらって、大丈夫そうならササっと外へ出る……という事になってる。


「はぁ……それにしても、いつまでこんな状況が続くんだろう……?」

「……少なくとも、あと数日は続きそうよね」

「そうだな。……下手をするともっと長くなりそうだが……」

「人がいっぱいで面白いよ?」

「人が集まり過ぎるのは面倒なのだわ……」


 様子を見てもらってる間、モニカさん達と話す……というより、人に囲まれてしまう状況を考えて、溜め息を吐く。

 こんな事なら、叙爵と同じで、パレードも断れば良かった……姉さんが進んで推進してたから、断れなかったかもしれないけど……。

 唯一楽しそうなのは、ユノだけだ。

 ユノは好奇心旺盛で色んな人が見られるのが楽しいんだと思うけど……人の波に押されて、思うように動けない状況はちょっとね……。


「お願いします! お願いしますから!」

「ん? なんだろう?」

「何か叫んでるわね。子供の声?」

「ギルドに子供は、あまり似つかわしくないが……ユノを連れてる私達が言える事じゃないか」

「私なの?」

「確かに……でもユノは子供でも十分強いし、特別かな?」

「私特別なのー」


 通路で止まって話をしていると、受付の方から子供の叫び声が聞こえて来る。

 ソフィーの言う通り、ギルドに子供というのは、あまり似合っていないイメージだ。

 ユノは俺達が連れて来てるだけだから、特別だけどね。

 ユノ自身がギルドで何かするわけじゃないし。


 というか、パレードの時もそうだったけど、最近子供の叫び声に縁があるなぁ。

 そう言えば、あの時の子は大丈夫だろうか?

 姉さんがハーロルトさんに指示して、監視というか護衛を付けたみたいだけど……。


「お願いします! 何とかして下さい!」

「何かあったのかしらね?」

「そうだね……何か頼み込んでるようだけど……」

「こういう事は珍しいが……無いわけではないな」

「何かわかるの、ソフィー?」

「子供が何を頼んでいるのかまではわからないが……ギルドに来る理由は大体わかる」

「すみません、お待たせしました……少々問題がありまして、もう少しお待ち頂けますか?」


 離れた場所から聞こえて来る子供の声。

 パレードの時の女の子とは違い、今回は男の子の声だ……けど、段々と聞こえてくる声が泣き声になって来てるような……?

 俺達が首を傾げながら考えるように話していると、ソフィーには思い当たる節があるようだ。

 冒険者として、俺達より経験が深いソフィーだから、何かわかる事もあるんだろう。

 ソフィーにどういうことか聞こうとした時、様子見に行っていた受付の女性が帰って来た。


「問題って、さっきから叫んでる子供の事ですか?」

「……はい。依頼をしたいとの事で来ているようなのですが……」

「そうですか……それは受けられそうにないんですか?」

「まぁ……人情的には受けてあげたいのですが……子供なので、報酬や依頼の内容に問題のある事が多いんです。内容がしっかりしていても、報酬が用意出来ない事が多いので」

「ギルドは、人を助けるためにある組織だが……無償で奉仕するところじゃないからな……」


 受付の女性とソフィーは難しい顔だ。

 確かに、組織として運営するためには、報酬は大事な事だと思う。

 依頼を受けて、それをこなす冒険者の方も生活があるのだから、当然報酬を受け取らないと立ち行かない。

 ボランティアだけでは、組織も人も、回らないという事なんだろうなぁ。


「……んー、それじゃあ、俺が話を聞いてみても良いですか?」

「リク様がですか? ですが……お手を煩わせるわけには……」

「子供が泣きながら何かを頼もうとしているんです。余裕がある俺達が話を聞いて、手助けできるならしてあげたいじゃないですか」

「リクさんの言う事はもっともね。私達は、今特に緊急の依頼を受けているわけではないし、余裕もある。話を聞くくらいならできるだろうしね」

「冒険者として、私は賛成できないが……人助けという事で考えると、それで良いんだろうな。エルフの集落での事もあるし……無報酬を覚悟で動く事も、リクと一緒なら考えないといけないだろう」


 無報酬で……というのは冒険者として、間違っている事なのかもしれない。

 何かの問題に対処するため、お金を出して対処できる人を雇い、どうにかしてもらう……というシステムが冒険者とギルド、依頼者との関係の一つなのだろう。

 でも、本来は人を助ける事が本分でもある冒険者なら、困っている人を見かけたら、手を差し伸べなきゃと思う。


「……わかりました。では、騒いでいる子供を連れて行きますので、リク様達は先程の部屋へと戻っていて下さい」

「はい」


 俺の言葉に渋々頷いてくれた受付の女性は、マティルデさんのいた部屋に戻るように言って、子供のいる方へと向かった。

 俺達は、連れて来られる子供を待つために引き返して、先程の部屋へ。

 ……また来た、とかマティルデさんに言われそうだなぁ……。



「また来たの?」


 ほら、言われた。



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