第272話 場所確保に必死なマティルデさん



「えっと、次の通りは……」

「次は、さっきの大通り程じゃないけど、十分大きな通りよ。りっくんには馴染みのある場所を通るわ」

「馴染みのある場所?」

「冒険者ギルドよ」

「あぁ、そうか。成る程ね……」


 頭の中に、ハーロルトさんが用意してくれた、書類に書いてあった事を思い浮かべながら、次の通りはどこかと考える。

 小さく呟いた俺の言葉に反応して、姉さんが小声で教えてくれた。

 姉さんは、しっかり通る道中が頭の中に入ってるようだ……さすがは女王様ってとこかな?

 これくらいの事を覚えるのは、お手の物って事だろうね。

 ……俺の覚えが悪いともとれるけど。


「マティルデさん、いるかなぁ?」

「マティルデ? 誰なの?」

「冒険者ギルドの、ギルドマスターだよ。確か……この王都や国の冒険者ギルドを統括してるって話だね」

「成る程ね、道理で聞き覚えがあると思ったわ。女性の名前だし、りっくんの気になる人かと思ったけど……違った?」

「そんなわけないじゃないか……。マティルデさんは年齢不詳だけど、今の姉さんより年上っぽく見えるから、俺なんか相手にされないよ、はは」

「わからないわよ? 結構、年下の男の子を好きになる女性もいるものよ」

「……そんなもんかな?」


 冒険者ギルドがある通りまでの間、姉さんと小さな声で会話する。

 今は小さな通りを進行中だから、人の数は少なく歓声も多くない。

 俺と姉さんの会話は多分、周囲に聞こえててもおかしくないと思うんだけど、聞こえないふりをしてるような雰囲気がある。

 皆に聞こえたら……と考えていた俺の心配って……。


 それはともかく、姉さんとのマティルデさんに関する話。

 マティルデさんは、妙に色気を出してるような時があるのは確かだけど、俺のような青二才を相手にするとは思えない。

 冒険者ギルドの統括マスターだから、他に屈強な人達を見て来てるだろうし……見た目の年齢的に、もうすでに良い人はいるんじゃないかとも思う。

 そりゃ確かに姉さんの言う通り、年下が好きな人もいるだろうけど……男でもそうだし……。

 何にしても、俺には縁のない話だろうなぁ。


「そろそろ、冒険者ギルドの前ね」

「そうだね」


 再び大きな通りに入ってしばらく進む。

 最初の大通りよりは小さいけど、ここも十分大きい。

 左右に兵士さん達が、進む道を作るための整理をして、その外側には人が溢れていた。

 ……この景色は、町に出てから全然変わらないなぁ。


 ゆっくりと進みながら、遠くを見ると、特徴的な建物が近付いて来るのがわかる。

 それは、どこぞの宮殿のような、丸くて黄色く、赤い線が何本か入った、とても目立つ装飾がのっかった建物だ。

 中央冒険者ギルドの建物って、改めて見ても、やっぱり目立つなぁ……。


「りっくん、何度か見た事はあるけど……やっぱりあれって、地球から来た人が建てたと思うのよね……」

「姉さんもそう思う? 俺も初めて見た時はそう思ったよ」

「そうよね……宮殿じゃないけど、宮殿みたいな装飾だもの……こっちの世界には無いセンスだわ」

「でも、そんな簡単に異世界からこっちに来る事って、できるのかな?」

「簡単じゃないだろうけど……実際に私とりっくんは、方法は違えどこうしてここに来てるわけだしね?」

「そりゃまぁ、そうだね……」


 そんな事を話しながら、建物の特徴的な装飾を見つめる俺と姉さん。

 姉さんの言うように、何らかの理由で昔、この世界に別の地球から来た人が作った……という可能性も捨てきれないのは確かだね。

 でも、この世界にいる人が、独特なセンスであれを作ったとも考えられる……この世界にないセンスとは言え、変わり者はどこでもいるものだしね。

 

 そんな事を話しているうちに、冒険者ギルドの近くまで来た。

 おや、冒険者ギルドの前に、見た覚えのある人がいるような……?


「何か……他とは違う集団がいるように見えるんだけど……?」

「そうだね。真ん中に空間を開けて、周囲を固めてる?」


 馬に乗っていて、視点が高いからその場所がよく見える。

 複数の何かしらの装備をした集団が円を作り、真ん中に空間を開けるようにして佇んでいる。

 真ん中には、女性が二人いるのがわかった。

 えっと、マティルデさん……かな?


「リク君~!」

「ははは、マティルデさんだね」

「あれがそうなのね。もう一人の女性は?」

「えーっと、確かギルドで受付をしてた人だね。何度か話した事があるよ」

「ふーん」

「こっち、こっちよ、リク君~!」


 マティルデさんは、集団の中でこちらに大きく手を振って、体を弾ませてアピールしている。

 隣にいる受付の女性は、そんなギルドマスターの姿に少し恥ずかしそうにしながらも、小さく手を振っているのが見えた。

 マティルデさん達の集団の前まで来た辺りで、こちらからも手を振り返しておく。


「……屈強な集団に見えたんだけど……もしかすると、皆冒険者なのかな?」

「そうかもしれないわね。冒険者を使って、周りを囲ませ、観衆に埋もれないようにしているんでしょう。職権乱用とも取れるけど……依頼として行ってるかもしれないから、何とも言えないわね」

「あははは。それだけマティルデさんが、このパレードを見たかったって事かもしれないね」


 近くを通る事で、マティルデさん達を囲む人達の事がよく見える。

 国の兵士達のように統一された装備じゃないけど、それぞれ鎧だとかを着ていて、普通の町民には見えない。

 武器を下げていないのは、パレードや警備に対して攻撃する意思がない事の表れなんだろうね。

 ……ナイフくらいは持ってるような人もいたけど。


「リク君~、またギルドで待ってるわよ~!」

「らしいわよ? 今度ギルドに行くのが楽しみね?」


 マティルデさんが叫んだ言葉に、姉さんが楽しそうにしてる。

 まぁ、待ってると言われてるんだから、またギルドには行こうと思うけど……そこまで楽しみでも無いかなぁ……?

 何故かマティルデさんと会うと、モニカさんとユノが警戒してる様子なんだよなぁ……ユノはモニカさんに何かを言われてるからだろうけど……。



「姉さん……そろそろ疲れて来たんだけど……?」

「我慢よ、りっくん。ほら笑顔、笑顔」

「……うぅ」

「パレードを見に来てる人達は、りっくんを見に来てるのよ? それなのに、疲れた顔をしていたらいけないわよ。りっくんにとってはずっと続いてる事だけど、見に来た人達にとって今のりっくんは初めて見るんだから、笑顔を見せてあげなきゃ」

「……頑張る」


 マティルデさんのいるギルド前を通り過ぎ、いくつかの通りを過ぎた頃、さすがに笑顔を維持しているのも疲れて来た。

 体とかは疲れていないんだけど、ちょっと笑顔が引きつってるかもしれない……。

 姉さんに言われて、気を持ち直して笑顔を維持するけど……そろそろ昼を大分過ぎた頃か……長時間笑ってるってのも、結構辛いんだね。

 姉さんは慣れてるのか、平気な顔をしてるけど……いや、ちょっと口の端の方が怪しい?


「姉さんも、結構……?」

「……それはそうよ。パレードなんて、即位して以来だし。人前に出る事はよくあるけど、これだけの時間観衆の前に出ている事はほとんど無いわ」



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