お好み焼き編
第15話 言葉の意味はわかんないんだけど
行きとは違うサービスエリアに立ち寄って、フードコートで晩御飯を食べた。慣れないことしたせいか思いのほか腹ペコだった私は、店長の奢りってこともあり調子に乗って、大盛りカツカレーに海老フライを追加トッピングして山盛りポテトフライも頼んで、食後にソフトクリームを食べ終わる頃には睡魔がすぐそこまで迫ってて、助手席に座ってシートベルトを締めたあとの記憶はなんにもなかった。
何時間寝ていたのかわからない。さっきから店長が、おい、起きろ。もう店着くぞって怒鳴ってるけど狸寝入りをキメてる。どうせなら私ん家までオレンジ号ごと運んでもらいたい気持ちだ。要するにすごくかったるいし胃も重い。
「赤ちゃんかよ。寝すぎだっつーの……あれ、お向かいさん工事してんな」
お向かいさん……? UFOのお向かいさんって……ああぁ! あれだ! はなさんのお店『お好み焼きはなまる』ができるんだった! もらったチラシに近日オープンって書いてあったもんね。
狸寝入りしたまま、ごく自然に頭だけ横に向けて、薄目を開けてみた。目がしぱしぱして街頭の明かりもぼやけまくってる。何度か目をぱちぱちしてやっと見えた路地に、はなさんがいた。灰色につなぎを着て頭にはタオルを巻いてて、どことなく男っぽい感じで額の汗を袖で拭っている。この人は冬なのにいつも汗を拭ってるな。ま、そこが勇ましくって輝いてていいんだけど。
「お店作りってこんな時間にやるんすね」
「お前、寝てたんじゃねぇのかよ」
しまった――。普通に喋ってしまった。寝言ってことにしてなんとか誤魔化したかったけどがっつり聞こえてたみたいでそうもいかない。あぁーくそ、家帰るの面倒だな。何時だかわかんないけどいつもよか遅いだろうし、やっぱ軽トラで送っていってくれないかな。なんだったら店に泊めてもらえないかな、あ、でも、癖になっちゃうと問題あるし、風呂上がりのモヒカンを見ちゃうことになるだろうからそれもなんだか心苦しいし、その前に私だって女だしさ。あぁー起きよ。
「運ぶの手伝えよ」
「はーい」
さっさと観念して車から降りる。
はなさんは施工業者の人たちと図面みたいのを見ながら話し込んでて、声を掛けるのは躊躇われた。気づいてくれないかなーって思って、視線を飛ばしながらレコ箱を運んでみたけどダメだったね。
最後の一箱を運び終えてカウンター席に腰掛ける。なんだか重力がすごい、身体がずーんってする。店内の掛け時計を確認すると二十三時を回っていた。疲れるわけだ。
「おし、やるか」
そういって店長は、運び終えたばかりのレコ箱を開けてノートパソコンを起動させる。
「まだ仕事するんすか、自営業は大変っすねぇ」
「なに他人事みたいにいってんだよ、お前の仕事もまだ終わってねぇっつーの」
「は? 女の子は二十三時以降働いちゃダメなんじゃ……?」
「人生ナメてんのか」
目の前におばあちゃん家から運んできたシングルレコードが積まれた。どれもこれも買取価格を記した付箋が貼ってるあるから、すでに買い取った分であることがわかる。LPレコードみたく厚紙のジャケットが付属してないこともあってかさばらないから、この小さな山でも膨大な枚数があるはずだ。ジャケットがないっていっても、レコード盤が剥き出しってわけじゃなくて、シングルレコード専用の紙封筒みたいなものに入れてある。それは無地だったり、当時のレコード会社のオリジナルデザインのものだったりするんだけど、そのど真ん中は丸くり抜かれてて、レコードの中心部に表記されてる曲目なんかを確認できるようになってるんだ。海外製の、とくに古いものだとこういう仕様が多いかも。正直、どれもこれも同じように見えるから音楽をろくに知らない私が見てもまったく楽しくもなんともない。
日本製のシングルレコードなんかだと、歌詞カードとジャケットを兼ねたペラ紙がちゃんと付属していたりする。LPレコードに比べるとミニチュア感がかわいい。
「このままじゃ販売できねぇから、まずプライスカード――値札を作るとこからだな。うちのは手書きだから時間がかかる。覚悟しろ」
レコードの横には名刺サイズくらいの紙が雑に積まれていた。これに販売価格やミュージシャンの名前、曲のタイトルを書いてからレコードジャケットに固定して、専用サイズのノリ付きのビニール袋で包んでやっと店頭に並べることができるんだ。
「そんで、これが買取価格に対する売価を一覧にした表だから。間違えないようにしろよ」
「もうやること前提じゃないっすか。拒否権は――」
「ない。黙ってやれ」
「……」
クソが。ご飯を奢ってもらった上に爆睡&狸寝入りしてたこともあってなんか言い返しづらい。そもそも、あのサービスエリアでの大盤振る舞いからして計算だったのかもしれない……知らずのうちに汚い大人モヒカンの術中にはまっていたんだ。なんてことを思いながら黒の細マジックを手に取った。
「誰にでも読める字で丁寧に」
一枚のレコードを差し出され、指示を受ける。
・Artistはこれ。
・Titleはここ。
・Priceはこれ。
知らない曲やミュージシャン名だと、どっちがどっちかわからないこともあるだろうし、その都度訊いてくれだってさ。テレコになってたらレコードショップとしては恥ずかしいらしい。ごもっともかも。
「誰にでも読める字で……」
英語に慣れてないこともあって、やたらと慎重に書いたらインクが滲んでしまった。とりあえずそのまま店長のチェックを受けてみる。
「ダメ。文字が潰れてる」
「ですよね」
さすがに厳しい。
もう一枚書いた。今度は勢いをつけて、でも丁寧に、かくかく角張った活字体で。んー、なんかぎこちない。書き上がったそれはすごく微妙な仕上がりだった。
「あれだな。読めるはするけど、小学生が書いたみたいでクソだせぇ。そしてどことなく垢抜けないイモっぽい」
「……自覚あるんでなんも言い返せないっす」
「まぁそのうち慣れんだろ」
そういって店長はプライスカードの余白部分になにか書き始めた。
それは一瞬だった。走り書きってやつ。値段の横に、great brazilian fusion!! ってラフな書体で書いてあった。言葉の意味はまったくわからないんだけど、かっこいい、字が。筆記体とはまた違った感じで崩してあるんだけどちゃんと読める……意味はわかんないけど! だいぶ悔しい! 言葉の意味はわかんないんだけど! くそかっこいい! モヒカンオリジナルの文字感!
顔を上げるとドヤ顔の店長がいた。
「いやぁなんていうのかな? 努力の賜物ってやつ? でもさ、毎日毎日イラストを描いてる環さんにはすぐ抜かれちゃいそうだなぁ。俺、宇宙人疑惑のとっぽいモヒカンだしなぁー」
ぷすぷすいって笑いやがった。こんな煽り方ってないって思いながらも私は、新しいプライスカードを手に取ってる。下手くそのままじゃ、おばあちゃんにもおじいちゃんにも合わせる顔がない。なによりモヒカンには負けてらんなかった。
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