第18話:人気者
邪魔が入ったものの、ヨルドが去ってからは何事もなく散策を続けることができた。
その中でジルとメリが驚いたのは、リザの顔がものすごく広かったことだ。
通りすがりの冒険者から声を掛けられたり、同業者からも挨拶されており、仕事と全く関係ない人からも気安く言葉を交わしていた。
「リザ姉、すごいな」
「人気者なんだね!」
「スぺリーナでは五本の指に入る! って言われている鍛冶師だからね。私はそんなこと思ってないけど、おかげで仕事も順調だし顔つなぎをしておかないとね」
そう言いながらもまた冒険者から声を掛けられていた。
「でもそれって、やっぱり鍛冶屋を閉めちゃったのってまずいんじゃないのか? お客さんが来るかもしれないだろ?」
「こうやって散策するのも大事なのよ。それともジルは私に一日も休むなー! って言うの?」
「そ、そんなことは言ってないだろう」
「あはは、冗談よ」
笑い合いながら歩いていると、三人は冒険者ギルドの前にやって来た。
「……一応、話をしてこようかしら」
「「ダメ!」」
再び怒りがこみ上げてきそうになったリザをすぐに止めに入った二人。
「……じょ、冗談よー」
「絶対に嘘だね!」
「今のは本気だったわ!」
「……バレた?」
舌を出しながらごまかそうとするリザに対して、ジルが溜息混じりに口を開く。
「俺たちを受付してくれた担当さんはいい人だから、変な言いがかりは付けないでくれよ」
「あら? 何よジル、その人に惚れてるの?」
「ぶふっ! っんなわけないだろ!」
茶化すようにリザが肘で突っつきながら口にした言葉をジルが慌てて否定する。
「いやなーに? 慌ててるところを見ると図星? 図星なんだー?」
「い、いい加減にしろよ! いくらリザ姉でも怒るからな!」
「ごめんごめーん! もう、ジルをいじると面白いなー。そう思わない? メリ……ちゃん?」
突然言葉が尻すぼみになったリザに疑問を覚えながらジルは視線の先にいるメリを見る。
「……メ、メリ? なんで俺のことを睨んでるんだ?」
「……へー、ジルって、ピエーリカさんみたいな大人の女性が好きなんだねー」
「いやいや、違うからな? それはさっきリザ姉にも言っただろ?」
「ふーん……本当に違うの?」
「ほ、本当だって!」
「……本当?」
「だから本当だってば! もう、リザ姉のせいだからな!」
一切視線を逸らせることなくジルを睨みつけているメリを見て、リザは顔を引きつらせている。
ジルもこれほど怒っているメリを見るのは初めてだったのでどうしたらいいのかが分からない。
「……そう、ならいいの」
ただ、メリは自分の中で折り合いがついたのかしばらくしてあっさりと歩き出してしまった。
ジルとリザは顔を見合わせると、その背中を慌てて追いかけた。
しばらく無言が続いていたのだが、それでもリザへ声を掛けてくる人は多くいたので自然と気まずい空気は薄れていった。
メリも普段と変わらない様子で話し掛けてくれたので、ジルは思い切って何を怒っていたのか聞いてみることにした。
「な、なあ、メリ?」
「どうしたの?」
「あの、さっきはどうしてあんなに怒ってたんだ?」
「……なんでもないわよ」
この時だけはそっぽを向かれてしまったジル。
その様子を見ていたリザは苦笑するだけで何かを口にすることはなかった。
「あっ! ねえ、あのお店から良い香りがするよ!」
メリが指差した先には一軒の喫茶店があり、入口には入り切れていない人たちが並んでいる。
行列を見たジルは嫌な顔をしたのだが、振り返ったメリの満面の笑みを見てしまうと覚悟を決めるしかなかった。
「……行くか?」
「行くー! やったー!」
「リザ姉も大丈夫?」
「大丈夫よ。メリちゃん、お目が高いわね。ここって女性に大人気のお店なのよ?」
「本当ですか! うわー、楽しみだなー!」
最後尾に並んだ三人は世間話で時間を潰し、二〇分ほど待ってからようやく店内に入ることができた。
この時点でジルは疲れ切っていたのだが、メリだけではなくリザもワクワクした表情を浮かべている。
「なんで二人とも、そんなに元気なんだ?」
「「美味しい料理が食べられるからよ!」」
「……あー、そっか」
お腹に入れば問題ない、と思っているジルからすると並んでまで料理を食べるという感覚が分からない。
それでもせっかくここまで来たのだから、自分好みの料理があることを願うばかりだ。
「いらっしゃいませ。こちらがメニューになります」
メイド服を着た店員からメニューを渡されたジルは愕然としてしまった。
「……な、何を頼めばいいんだ?」
デザート系のメニューが上から下まで並んでおり、甘党でもないジルからすると完全に場違いな場所に来てしまった感は否めない。
それでも二人は早々とメニューを決めてしまったので、ジルは店員にオススメを聞いてみることにした。
「一番のオススメはシンプルに野イチゴジャムを乗せたパンケーキですね」
「じゃあ、それを」
店員が厨房へ下がったのを見計らったメリが不満そうに口を開いた。
「せっかく来たんだから、もっと美味しそうな料理を頼めばいいのに」
「いや、店員がオススメって言うんだから美味しいだろう」
「メリちゃんが言ってるのはそういうことじゃないのよ。季節のフルーツを使ったものとか、トッピングが豪華なやつとか!」
「……俺はシンプルなのでいいや」
しばらくして料理が運ばれてくると、メリとリザはお互いに食べ比べながら盛り上がっている。
ジルが頼んだ野イチゴジャムのパンケーキはシンプル過ぎるのか二人とも食べたいとは口にしなかったので一人で食べることになったのだが、一口食べてとても美味しかったことから実は大満足だったジルである。
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