第3話 ズコバコ。ダメ、ぜったい。

 2069年、日本人口は10億人を超えた。その要因としては、医療技術革新による癌の治療法確立や、DNA治療による老化の遅延技術が現れたせいで、平均寿命が150歳を超えてしまったからである。要は、人が死ににくくなってしまったせいで、急激な人口爆発が起こってしまったのだ。


 その後、慌てた日本政府は急きょ『少子化推進法』を制定。それは、いわゆる『子作り禁止法』とでも呼べる代物だった。結婚は許可制となり、全ての国民に避妊が義務付けられた。これは、これ以上新しく人口が増えるのを防ぐ為である。


 そうして、それらを取り締まる為に、新たに結成されたのがワタシの所属する少子化推進局だった。無許可の違法カップル達を摘発し、避妊具ナシの違法セックスを取り締まる。それがワタシという女に与えられた天職の仕事だった。ただでさえ、ワタシには恋人出来ないフラストレーションが溜まっているというのに、世の中の違法リア充どもは毎日のようにズコバコしているのである。それを知った時には、ワタシの怒りはもう抑えきれなくなっていた。怒りは原動力となり、ワタシの銃の腕もメキメキと上がっていったのである。そうして今では実力が認められ、隊長を任される地位にまで上り詰めたのである。


「どうする莉深(りみ)? こちらは例の廃ビル玄関前に到着したわ。このまま突入する? それとも部隊の到着を待つ?」


 ワタシがあれこれと世の中を憂いて考えているうちに、紗優(さゆ)からの無線が入る。先に廃ビルの非常階段を上って待機していたワタシはようやく行動を開始する事にした。


「突入よ。情報ではただの一般人カップルみたいだし、わざわざ大人数で押しかける必要は無いわ。確保するなら、ワタシ達二人だけで十分よ。ワタシは非常階段側から突入する。そっちは正面階段から回り込んで!」


「りょーかい。ったく、莉深(りみ)ってば本当に、違法カップルに対しては容赦がないんだから……」


 紗優の余計な一言を無視して、ワタシは非常階段の5F扉から廃ビルへの侵入を開始する。そうして手際良く現場の部屋前へと辿り着いたワタシは、ためらう事無く扉を蹴り飛ばして突入した。


「動くな! ヤリチンヤリマンども! ワタシは少子化推進局の者だ!」


「ヒッ! お助け……!」


 ワタシの姿を見た違法カップルの二人は慌てて飛び起き、男の方が女を庇ってベットの上で縮こまる。二人とも一糸纏わぬ全裸で、どうやらワタシが突入した時にはもう事は済んでしまっていたみたいだった。おそらくは後先も考えずに生でヤったのだろう。実に愚かしい光景である。


「ごめんなさいね……。楽しい楽しい合体はそこまでよ❤」


 ワタシは引きつった笑顔で二人の眉間に向けて容赦なく引き金を引こうとする。決して目の前のリア充にイラついたとかそういう訳では無い。断じてそうでは無い。あくまで、二人を暴れさせずに確保する為だ。


「なっ!?」


 しかし、ワタシは次の瞬間に現れた光景に驚愕する。目の前に突然、巨大な人の背丈ほどもある剣らしきものが飛んできて、床に突き刺さったからである。その光輝く剣は違法カップルを庇うように立ち塞がり、ワタシの放った銃弾を弾いてしまった。


「何者だ!?」


 咄嗟にワタシは周囲を警戒し、周りを見回す。そこでは、部屋の右側の窓がいつの間にか空いていて、カーテンがなびいている。どうやら既に何者かがどこかに侵入しているらしい。


「甘ェぜ、お嬢さん……」


 その時、どこからか男の声がした。実は、侵入者が潜んでいたのは、まさにその大剣の裏側だったのである。


「あっ……!?」


 ワタシが反応して銃を向けた時にはもう遅かった。周囲を見渡す為に一瞬、大剣の方から目を逸らしたのがいけなかったのである。いとも軽々と大剣を構え、目にも止まらぬ早さで突っ込んでくる侵入者に、ワタシの銃口はまるで追い付かない。次の瞬間に侵入者が剣を振るったかと思うと、ワタシの持つ銃の砲身は、両方ともあっと言う間に真っ二つへと引き裂かれた。


「ぐっ!?」


 続く第二撃。侵入者からためらう事なく放たれた斬撃は、ワタシの首すじへ向けて一直線に走る。


 ――ウソ……、ワタシこんなとこで死ぬの……?


 予想外の事態の上に、手持ちの武器を封じられたワタシはもう為す術もなかった。もうダメだと思ってその場で目を閉じてしまう。


「動くな」


「え……?」


 男の声がしてゆっくりと目を開けると、そこには大剣を構えて忠告する侵入者の姿があった。どうやらまだワタシは斬られてはいないらしい。大剣の刃先はワタシの頸動脈の手前で寸止めされていた。


 その青年の容姿は一風変わっていた。髪を後ろで短く束ね、全身には白衣を纏っている。まるで、さも医者ですと言わんばかりの恰好だ。よく見るとその大剣も巨大なレーザーブレードのようだった。持ち手の軸を中心に、巨大なレーザーの刃が展開されている。どうりで大剣の割には、軽々と振り回せた訳だ。


「あ、アナタは一体何者……!?」


「あぁん、俺か? 俺はDr(ドクター)『モス』。夜の街に舞う、『蛾』(モス)さ―――――」


 それだけ言うと、男はワタシを脅した状態のまま、後ろの怯えているカップル達へと声で指示を出す。


「オォイ、そこの新婚さんよォ! さっさと逃げろ! そこの窓にはしごが掛けてある。そこを降りたら、屋根越しに隣の建物へと移れる筈だ!」


「は、ハイぃっ!!」


突然の助け船にカップル達は驚きつつも、天の救いだとばかりにいそいそと自分の服を引っ掴んで、窓から脱出する。『Dr(ドクター)モス』と名乗る男に剣で脅されて身動きの出来ないワタシは、目の前で違法カップルが逃げていくのをただ黙って見つめる事しか出来なかった。


「くっ……、バカップルを逃がしただと……?」


 これまでのこの男の行動を見て、ワタシには一つだけこの『Dr(ドクター)モス』なる人物の情報に心当たりがあった。最近、他の班からもちょくちょく聞いていた目撃情報である。それは、どうも最近裏で違法カップルの逃走を助けている闇医者がいるらしいとの噂だった。目撃例は今だ少なく、確かな証拠は何も無い都市伝説のようであったが、もっぱら違法カップルの間で話題になっていた人物である。


「そうか、アナタが噂の闇医者なのか……。まさか本当に実在していたとはな……。この少子化推進法に逆らうレジスタンスめ……」


「そりゃーどうも。むしろ、若者たちを救う愛の医者と言って欲しいねェ♪」


 ワタシは軽蔑の眼差しをこめてDrモスを睨み付けるが、彼はさして気にもせずに屈託なく笑う。少子化推進局にとっての天敵が目の前にいるのに、何も出来ないこの状況に歯噛みするワタシだったが、その状況は遅れてやっとこさやって来た人物によって打開される事となった。


「どうしたの莉深! 今の音は!? あっ……!」


 部屋に突入して来て、ようやくこちらの状況を把握した紗優が、Drモスに向けて自動小銃を連射する。


「貴様っ! 莉深に何を!?」


「チィ……」


 反応の素早いDrモスは、剣を下げたかと思うと一歩後退する。そうして、恐ろしい手際の良さで銃弾をかわしながら撤退し、窓からあっという間に脱出していった。


「くはははは! いずれまた会おう! 愛に飢えたお嬢さん方よ!」


 その後に残ったのは、窓の外のDrモスの高笑う声だけだった。ワタシは慌てて窓から身を乗り出して下を見下ろすが、既にDrモスの姿はどこにも無い。ただ彼の高笑う声だけがワタシ達をあざ笑うように、夜の街へと響いているだけだった。



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