昨日、犬が死んだ

 昨日、犬のリッキーが死んだ。

 散歩の必要はないのにいつものように目が覚めてしまい、せつなくなって僕は外に出た。玄関脇にある犬小屋に向かって僕は小さく呼ぶ。

「リッキー」

 すると、うぉんと鳴く声が犬小屋から聞こえた。

 まさか。慌てて僕は中を覗く。やはり誰もいない。しかし鳴き声は聞こえ続けている。

 犬小屋だ。犬小屋が鳴いているんだ。

 僕は怖くなって物置に駆け込みつるはしを持ってきた。それを犬小屋に振り下ろすと、声は止んだ。

 ほっとしたのもつかの間、今度は後ろから、わんという鳴き声。朝刊を吐き出して、ポストが鳴いているのだ。僕はまたそれを壊す。

 ポストが鳴き止むと、門扉が、ばうぅんと鳴いた。僕はそれも壊す。

 ブロック塀、敷石、ポーチの柱、傘たて。次から次へと鳴き出し、その度につるはしで壊した。

 玄関ドアに裂け目を入れたら声は止んで、僕は滝のような汗を流して倒れこんだ。

「くぅん」

 ため息の代わりに僕の口から出たのは鳴き声だった。

 仰向けのまま、つるはしを持ちあげようとしてやめた。僕は僕を壊せない。

「しかたない。散歩に行くか」

 僕がそう言うと、

「わんっ」

 リッキーは元気よく返事をした。

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