同窓会の窓は未知の窓

小石原淳

第1話 見知らぬ級友

(え? 何が起こってるの?)

 菱川光莉ひしかわひかりの頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていった。

(自分は六年五組の同窓会に来たつもりだったけれど、もしかしてここは……ちょっとだけずれた異世界、とか?)

 混乱する気持ちを表には出さず、笑顔を作る。幸い、演技ならここ最近で力を付けた自信があった。

「それで、今は何をやってるの、城ノ内じょうのうち君?」

 昔のことを持ち出されるとへどもどするのは目に見えている。だから、こちらから現状を尋ねる。

 城ノ内はグラスを傾け、少しビールを飲んでから答えた。

「今は役者の卵。菱川さんと近いと言えば近いかな」

 その返答を聞き流しつつ、菱川は起きた出来事を一時間ほど前から思い起こそうとしていた。


 ~ ~ ~


(ここだここだ)

 タクシーからこけつまろびつしつつも何とか無事に降りた菱川光莉は、ビルの看板でまず確認。建物に入って、エレベーター脇にあるフロア案内で再確認した。

 降りてきたエレベーターに乗ろうとするとが、集団が何人かぞろぞろ出て来たので、脇に避ける。

(やっぱり気付かれないなあ)

 菱川は内心落ち込みながらも、空になったエレベーターに一人乗り込んだ。5のボタンを押す。扉が閉まって、上昇を始めた。

 菱川光莉はタレントをやっている。芸名は本名をちょっとだけもじって、氷川光莉ひかわひかり。菱川姓はそこそこ珍しくて、悪くないのだが、サインを比較的書きづらいのと、ニックネームが“ヒッシー”イコール“必死”になる恐れがあったため、不採用にした。

 先程、一般の人達に気付いてもらえなかったが、菱川が全く売れていないわけではない。

 デビューは小学生の頃に遡る。町おこしを兼ねた映画に、通行人役のエキストラとして、大勢の町のみんなと記念出演する。それだけのつもりだったのが、ちょっとした運命のいたずらに見舞われる。

 映画の中でメインクラスではないもの、ヒロインの歳の離れた妹というそれなりに重要な登場人物にキャスティングされた子役が撮影当日、交通事故に巻き込まれて足を骨折。

 低予算作品であり、別の日の撮影は難しいし、今すぐに来られる新たな子役を選ぶ時間もない。

 窮余の一策として、エキストラの中にいた同年代の少女から一番イメージに合う子を選び、台詞を極力減らした台本に変更した上で、関連シーンを撮ってしまおうという運びになった。

 ここまでつらつらと書いたが、実際には五分以内にばたばたと決められた。その嵐のような雰囲気に、選ばれた菱川も一緒に来ていた母親も断るという発想は全然浮かばず、あれよあれよという間に、丁寧にメイクされ、服も衣装に着替えてカメラの前に立っていた。

 緊張するいとまがなかったのがよかったのか、突然頼まれた素人の子にしては、菱川はうまくやった。この分なら行けるんじゃない?ってな空気に変わり、台詞がどんどん戻され、最終的には元の台本通りに撮れたらしい。

 上映された映画がそれなりによい評判を取ったこともあり、菱川の緊急採用のエピソードは全国的に広まった。同級生に高石咲那たかいしさなという町長の娘がいて、彼女は元々町おこし映画で台詞のあるちょい役をもらっていたのだけれど、菱川のシンデレラぶりに霞んでしまった。美人度で言えば高石の方が圧倒的に上。彼女が代役に選ばれなかったのは、身長が高くてイメージにそぐわないという理由からだった。そんな背景があったので、菱川にスカウト話が来たとき、高石から無茶苦茶嫉妬された。

 でもまあ、小さな町のヒロインを埋もれさせるのは町おこし的にも勿体ないと、高石も含めて送り出してくれることになった。

 菱川は子役としてテレビドラマにちらほらと出た。小学校のPTAを舞台にした作品でその他大勢のクラスメートとか、二時間サスペンスで開始早々に事故で亡くなる女の子とか、クイズ番組中の再現ドラマで溺れかける役とか。番組自体が全国区で、数字を結構取っている物が多かったため、端役ばかりでも顔はそれなりに売れた。そこから大きくステップアップできなかったのは、地元の町のPR動画に出たのが一因とも言われている。ローカルなイメージが色濃く付いたキャラクターでは、普遍性の求められる一般の映画やドラマの大きな役には引っ掛からなかった。

 その後もちょい役やローカルコマーシャルの仕事をこなし、中学三年生の夏前に、待望のオファーが舞い込んだ。人気漫画の実写映画で、役柄は奇しくも町おこし映画と同じ、ヒロインの妹役である。

 問題はこの仕事を受けると、希望の高校に入るのはまず無理だろうという事実。迷い、悩んだ末に、菱川は映画を取った。経験することが難しいであろう方を選ぶのが、癖みたいなものだった。

 菱川のそんな決意とは全く無関係に、映画の方はこける。いわゆる爆死というやつで、頭に大は付かないまでも、原作漫画の人気からすれば非常に物足りない興収に終わった。

 原作とイメージが違う、主役のアイドル(女)の演技が下手、つられて相手役のアイドル(男)も台詞が棒読み、逆にうまい人が浮いてしまうレベルなど、お定まりではあるが散々な言われようだった。

 菱川個人に限って言えば、そんなに悪くはなく、原作のキャラとはむしろイメージが重なるくらいだったが、映画全体が低評価に終わったため、もらい事故みたいな形で自らの評価も落としてしまった。

 これに懲りたという訳ではないが、高校に通う三年間は学業に専念した。大学への進学はほとんど迷わなかった。はっきり言うと、仕事のオファーなんて全然なかったし、今さら復帰宣言しても事態は変わらないと判断できたから。

 中堅どころの大学に入り、キャンパスライフにも慣れて少し余裕が出て来ると、アルバイトがてらにテレビの仕事をちょこちょこやってみるようになった。昔取った杵柄か、勘所の分かっているタレントとして、需要が伸び始めたのが最近のことである。

(その割には、顔を覚えてもらえないなあ。結構忙しくしてるのに)

 今日だって、小学校時代の同窓会に小一時間遅れる程度には忙しかった。

(――時間掛かってる? たったの五階分、ううん、実際には四階分の移動にこんなに時間が掛かるものだったっけ。色々思い出していたせいで、時間の感覚が変になってるのかな)

 そんな想像を思い浮かべると同時に、エレベーターは五階フロアに到着した。

 控え目な音がちんと鳴って、扉が左右に開く。今度は確認するまでもなく、目の前が同窓会会場として指定されたお店だと分かった。

 よくある居酒屋ダイニングのチェーン店だが、菱川はこの系列店を利用したことはなかった。

 時計で時刻を見るのも惜しんで、店のドアを押した。

 通り過ぎる際、小型の黒板に白チョークで、○○小学校第※期卒業六年五組同窓会様と書いてあるのを間違いなく見た。

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