九章 御子さま殺人事件(推理)

九章 御子さま殺人事件(推理)1—1

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《未来 顔なし2》



研究所に行った人たちは帰ってこない。


御子が本当に死んだのか、それとも助かりそうなのか知らないが。


顔なしは屋敷の外へ出ていった。


村では青年団の団員が、総出で不審人物をさがしていた。


でも、それをたしかめたかったわけじゃない。ただ、なんとなく外の景色が見たかった。


秋の夕暮れ。


どうやら、自分は、この風景を愛してるようだ。


とくに、屋敷の前の田んぼの近くを流れる用水路をのぞきこむと、なんとも言えない郷愁を味わった。


そういえば、御子も、よくこうして用水路を見ていた。赤い色の金魚をさがしてるのだ。


きっと、自分は御子のクローンだから(みんなが自分をカトレアだと言うし、たぶん、そうなのだろう)、御子と感性が似てるのだろう。


しばらく水の流れをながめていた。すると、水草のかげから、赤いものが、ひらりと泳ぎだしてきた。


目(眼球はないが、見えてるのは、なぜだろう)の錯覚だろうか?


ここで御子が金魚を見たのは、二万年も前ではないのか?


(繁殖したのかもしれない。あのときの金魚が適応して、この水路のなかで、子孫を増やしたのかも……)


そうか。よかった。あいつ、食べられたわけじゃなかったのか。


むしょうに熱いものが、こみあげてくる。


ふしぎだ。なぜ、こんなにも泣きたいような心地がするのだろう。


巨大な魚の腹のなかで、消化されていく金魚のイメージがふきはらわれる。小川を自由に泳ぐイメージへと変わる。


それが、こんなに嬉しいのは?


きっと、食べられたから。


僕は、御子に食べられたから……。


ぼんやりしてると、研究所のほうから、数人つれだって帰ってきた。猛たち、御子をのぞく全員だ。


「カトレア。こんなとこに一人でいるなよ。不審者が、うろついてるんだぞ。さあ、屋敷へ帰ろう」


猛に、うながされて、しかたなく邸内へ入った。


猛たちの会話から察すると、御子は今のところ、延命装置にかけられている。容体が持ちなおすかどうかは、まだ、わからない。


もとの別棟の八畳間に帰ったときには、龍吾やオーガスたちも集まってきた。


ふたたび、昼間と同じ人間が、全員、顔をそろえた。


どの顔も青いが、ことに春蘭は、ひどい。


部屋のすみで体育ずわりして、ひざの上に頭をのせている。泣いてるようだ。


長卓をかこむ人々をうかがいながら、タクミが言いだした。


「御子は、あきらかに殺されてましたよね。事故ではなく」


それはもう、はっきり殺人だった。事故ではない。


「屋敷の門には見張りが立ってる。部外者が侵入してくるとは、ちょっと考えられないんです。まあ、皆無ではないだろうけど……。


でも、屋敷のなかの誰かがーーつまり、ここにいる僕らのなかの誰かが、やったって可能性が高い……」


「そんなはずはない」と、水魚。


「いったい、私たちのなかの誰が、蘭を殺すっていうんですか? みんなが蘭を愛してる。蘭を傷つけることなんてできない」


「ほんとに、そうでしょうか」と、タクミは返す。


「僕はエンパシストだから、なんとなく感じるけど。この家、けっこう、愛憎関係で、ドロドロしてますよね? ユーベルも、そう言ってます」


龍吾がつぶやく。


「愛はともかく、憎?」


タクミはモジモジしながら、その龍吾を流し見た。


「それは、だって……そういう龍吾さんだって、猛さんに嫉妬してるじゃないですか。いつも蘭さんのそばにいて、誰よりも厚く信頼されてる。自分も、そうだったらなって」


カッとして、龍吾は長卓をたたいた。


「ああ、そうだよ! どうせ、二万年前から片思いだよ。だからって、そんなことで、おれは蘭さんを殺したりしない」


卓上に身をのりだすので、タクミは、あせった。


「わかってますよ。何も、あなたがやったとは言ってないじゃないですか。そういう、わだかまりが誰の胸にもあるんじゃないかなあ……と言っただけで」


「ぼくのタクミをいじめないで!」


「ああ、ユーベル。大丈夫だから、手は出さないでね」


ゴチャゴチャやってるバカップルが、小憎らしかったんだろう。


龍吾の舌鋒は、いっそう、するどくなる。


「そういう、おまえらだって怪しい。おまえらのオリジナルは、パンデミック前から蘭さんと親しかったわけじゃない。おれたちが苦労して国の体裁、ととのえて。そしたら、いきなり月から来やがったんだ。この村にも、地球にも、蘭さんにも、おれたちほどの愛着はないだろ。タクミは、かーくんの記憶、持ってるわけじゃないし」


「ええェッ……今、それ言います? 悲しいじゃないですか」


ぐすん、ユーベル。僕、龍吾さんに嫌われてたんだ——と、年下の恋人に、タクミが泣きつく。


それを見て、猛が口をひらいた。

猛はさっきから、いつもの、にぎりこぶしを口にあてるポーズで、なにやら考えこんでいたのだが。


「龍吾、すぐにカッとなるのは、おまえの悪いクセだ。タクミの言うことは、もっともだよ。おれたちのなかに犯人がいる。なら、そいつをあぶりださないと。まず、各自のアリバイを述べてみよう」


アリバイは、もっとも、しっかりしてるのが、タクミとユーベルだった。二人は、ずっと、この八畳間にいた。その姿は猛や水魚が目撃している。


水魚と猛は微妙だ。


水魚は蘭が出ていくのをろうかまで見送り、そのままキッチンへ行った——と、本人は主張している。


が、ただ見送ったわけじゃなかったかもしれない。あとをつけて蘭を殺害してから、キッチンへ行ったと考えられないこともない。


猛は第一発見者だ。


つまり、自分でやっておいて、何食わぬ顔で、倒れた蘭を発見したふりをすることができる。


猛が、そんなことをするはずは、まずないとはいえ。


春蘭、雪絵、菊子、蕗子の四人は、それぞれの部屋やキッチンにいた。


雪絵は晩ご飯の下準備だ。


蘭を見送ったあとの水魚と二人で作業していた。だから、このあいだの二人のアリバイはある。


そのほかの三人は単独行動だった。本来なら、アリバイはなしになる。


だが、ここで問題になってくるのが、別棟の特殊な造りだ。


別棟は、かつて、予言の巫子を幽閉するために使われていた。


だから、窓はすべて格子で、ふさがれている。玄関と呼べるのは、母屋と、ろうかで、つながれている出入り口だけ。


今は、ろうかの手すりを一部くずし、階段をつけている。そこから、ちょくせつ、庭へおりていけるように改築されている。


裏口はない。


別棟から外へ出るには、絶対に、この一つきりの出入り口を使うしかない。


ということは、単独でいても、別棟にいたメンバーには、ほぼ犯行は不可能だ。


犯行現場の中庭へ行くためには、居間になっている、この八畳間の前を通らなければならない。


八畳間のふすまは、その間、ずっと、あけっぱなしになっていた。


タクミやユーベルに気づかれずに、そこを通ることはできないのだ。


一方、母屋のメンバー。龍吾。オーガス。安藤。愛莉。池野。昼子。


このメンバーは客間に集まって、座談していた。


昼子は縁側をおり、外庭で遊んでいた。


この庭は、別棟とのあいだにある中庭とは、母屋をはさんで反対に位置している。


ほかの五人は、ときおり、トイレやタバコをふかしに席を立った。それ以外のときはいっしょにいた。

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